日付:2019年10月13日

 哀 悼 じょじ伊東が、2019年10月8日の夜の6時過ぎに逝ってしまった。

 

 

 馬鈴薯堂vols.35「踊り子」に出演中の じょじ 伊東
じょじ伊東

 俳優のじょじ 伊東さん、本名:伊東孝さんが、奥様に病院で看取られながら逝ったとの知らせを寄越してくれたのはタテヨコ企画の舘智子さんだ。死因は癌で、享年56だったらしい。
 
 じょじさんは、なぜかいつもわたしの近くにいてくれて、稽古場にじょじさんがいない夜はないくらいだった。とくに音楽に関する知識が広く深く、ここ5、6年の馬鈴薯堂の音響効果音作りのほぼすべてを彼に任せっぱなしだった。
 記憶している限りでいえば、役者のじょじさんの舞台をはじめて見たのは、タテヨコ企画さんの公演の坊主シリーズの第17回公演~ 宇宙ノ正体シリーズその5 『アメフラシザンザカ』 作・演出:横田修、2009年1月14日~20日だったと思う。
 じょじさんは不倫をしているやさ男の役で、不倫がばれても甲高い声で早口でまくし立て、そそくさとその場を逃げ出してしまうダメ男を演じていた。それ以降、じょじさんとの交友がはじまったわけだが、なぜ彼とわたしが親しい仲になっていくようになったのか、その経緯と理由を何度も思い巡らしてみるのだが、不覚なことにまったく思い出せない。気がついたら、とにかく公演というと彼がいつもそばにいてくれた。それが馬鈴薯堂の公演時の常態となっていた。
 
 じょじ伊東さんには、馬鈴薯堂の公演に二回出演していただいている。
 「鮭(2011年11月)」と「踊り子(2016年10月)」だ。もっと彼には出演してもらっているはずだと思い調べてみたのだが、やはりその二つしかない。
 彼に演じてもらったのは二本とも男としても人間としても最低のクズの役で、鉋クズのように風に吹かれればどこへでも飛んでいって消えてしまう役だ。
 「鮭」は芥川龍之介の「妖婆」を本所深川から場所を墨田区荒川に移した話で、じょじさんの役は、街の酒場の女給の何人かを騙し、金銭を貢がせ、ヒロポンを買って来いと命じ、女給の買ってきたヒロポンを二人で打ち上機嫌になり、気が大きくなりすぎて荒川土手を大声で叫び回る男だ。
 「踊り子」は、川端康成の「伊豆の踊子」を第二次世界大戦後期へ時代を移し作ったものだが、やはり彼に演じてもらったのは、踊り子たちの用心棒兼荷物運び役で、リーダー役の踊り子を騙し色女にし、やはり金銭を貢がせ、あわよくば踊り子の一座を抜け出し、もっといい女を捜し、遊び暮らそうと考えているダメ男だ。小心者の<小悪党>と呼ぶにふさわしい役をじょじさんには演じてもらった。
 映画的なリアリズムでいうと、小心者の<小悪党>はかよわい女の前で怖い貌を見せ「殺すぞ」と凄んだりするものだ。彼も同じように女の前で怖い貌で凄んで「てめえなんか、殺しちゃうかんな」といったり、叩いたりもするのだが、彼の舞台上の演技表現には明るく開かれた<孤独>ともいうべき心棒が備わっていて、彼の孤独や虚無感でさえ舞台では笑みをたたえた脱力性として表出されていく。彼にはなにか深い諦めのようなものがあったのだろうか。
 彼の口癖は『菅間さんがぼくに与えてくれる役のように、ぼくはどうしようもない最低のダメ人間じゃないですよ。酒は好きでたくさん呑むけど、もう少しまっとうに男として生きています。ぼくが演ずる役は菅間さんの分身でしょう、違いますか?』。はい、まったくその通りです。
 不思議に思うことは、彼の演技表現がリアリズム特有のタチの悪い陥穽に落ちないところだ。リアルであることのダメさつまらなさに陥らない演技を自覚的な宿命の眼によって捉えていることだ。それが、じょじ伊東の演技表現の心棒だと思う。
 通俗的な意味で、演じるじぶんにとっても、彼に脅される相手役にとっても、観客にとっても、彼の小悪党らしさの演技が完備される直前に、彼は疾風のように瞬時に街角を90度曲がり戻って来て、いままで演じていた小悪党らしさをすべて消去し、人なつこい不思議な笑みをたたえた貌へ変貌している。
 それは、彼のもともとの宿命という名の資質だったのか。それともバカらしくてくだらないこの地上を生きるうえで獲得した自力の思想の感受性のだったのか。謎は謎のまま残された。
 
 じょじさんとの楽しい想い出はいくらもある。西日暮里で稽古をしていたときのことで、じょじさんが、
 「日暮里に超有名な立ち喰い蕎麦屋さんがあるんですけど、稽古を少し早めに終えて、酒の前にみんなで蕎麦でもどうすか? 美味しいんですよ」
 稽古を早めに終えてじょじさんの案内でその立ち喰い蕎麦屋さんへ行った。お酒を呑む前に蕎麦なんか食べたらビールが不味くなるというので女性陣は来なかったが、男性陣はぞろぞろとじょじさんに付いて行った。
 「ここの名物はジャンボゲソ天で、一番のお薦め。」
 ジャンボゲソ天蕎麦をみんなで頼んだ。
 出てきた丼のなかをのぞいたら、みんなちょっとたじろいた。真っ黒の汁の上に男の堅く握りしめた拳を思わせる、揚げ過ぎて焦茶色になったジャンボゲソ天がドカンとのっていた。普通の立ち喰い蕎麦のイメージを遙かに超えていた。天ぷらがとても堅そうなのだ。
 じょじさんは立ち喰い蕎麦を食べながら、「美味しいそうでしょう?」
 美味しいというか、この立ち喰い蕎麦屋には二度と来るまいとわたしは思った。このジャンボゲソ天蕎麦の景観は度を超してジャンクだ。
 ところが、いま仕事が西日暮里駅周辺となり昼飯はたいてい立ち喰いの蕎麦屋かうどん屋で過ごしている。このジャンボゲソ天の店にわたしは足繁く通っているのだ。他の店にはないこの店の特有の、ジャンクさが麻薬みたいになって毎月二、三回は通う。紅生姜天などジャンボゲソ天を超えたジャンクさだ。紅生姜天を崩すと焦茶色の天ぷらが黒い汁に混ざり合って一瞬紅生姜で暗い赤色になり、これ、食べたら病気にでもなっちゃうんじゃないか。やめられない、これがこの店に惹きつけられる理由だ。
 彼は、ジャンクな食べ物のなかにもその店しか持っていない安価ななかにも尋常ではない<力価=独自の味への力業>みたいなものを感得して、わたしたちにそれを紹介してくれたのかも知れない。
 本当は芝居もそうかも知れない。
 蕎麦汁を味わえば判るのだが、この立ち喰い蕎麦屋さんだもどこにでもあるような普通の立ち喰い蕎麦を作ろうと思えば作れるはずだ。それくらいこの店の蕎麦つゆ美味しい。けれどもその味の美味しさを拒否して、独自のジャンクな立ち喰い蕎麦を作っている。
 わたしたちの芝居は、普通の蕎麦汁の味を守ろうとして、毒にも薬にもならない普通の古い芝居を作って安住していないか。
 まさかそんなことまで考えてじょじさんが、そのお店を紹介してくれたとは思わないが、芝居も蕎麦も「使用価値」ではなく、「交換価値」を勝負する時代に突入して久しいが、この店を紹介してくれたじょじさんの動機をいまではわたしはそんな風に感じている。
 当然、いまでもその店にわたしは通っている。けれどももう何年も通っているからその店で注文するのは「天かす少な目のたぬきね」、「天かす少な目ね、240円です」だ。それで、充分にその店独特の味を堪能できる。芝居もそんな風になりたいなと思い、思い悩んでいる。
 
 じょじ 伊東さん、そんな俳優さん、金の草鞋を履いても探しきれるものではありません。
 56歳とは、早い人生だが、彼の残した宿題は、わたしにはあまりに深くあまりに遠すぎる。
 さようなら、大好きだったじょじ 伊東さん。
 お疲れ様でした。またどこかで酒でも呑みましょうね。
 
     合 掌
                          菅間馬鈴薯堂  菅間 勇