日付:2016年5月20日

 2016年3月の末、旧「中村座の」の中村直太郎さんが亡くなった。

 

左寄せの画像  今年(2016年)の3月末、旧「中村座の」、旧「金杉アソシエーツ」の中村直太郎さんが71歳で、自宅で亡くなった。
 死因は血腫(血瘤)の破裂だったという。
 直太郎さんのお父は、わたしたちの世代なら映画やTVでよく見知っている「歌舞伎役者の松本染升」さんです。
 直太郎さんの演技(芝居)の特徴をひとことで語れば、じぶんの見せ(立ち)方やものいいに、歌舞伎や新劇、西洋流の見せ方のや台詞回しを独学で持ち込みながら、自力で新劇や西洋流のバタ臭さを排除し、日本語を喋っているわたしたちの生活感性に根ざした演技や喋り(リズム、抑揚、呼吸)の文脈を自力で新しく作りだし、現在に生きている日本語としての演技空間を独自に押し作り上げた俳優さんだった。
 こうした演技表現の革新の動きは、中村直太郎さんだけにとどまらず旧「中村座」の俳優さんたち、中村直太郎(座長)、守安涼、三田村周三、篠塚祥司、金杉忠男(作・演出)等5人の男優人が等しく、尻に火がつきはじめた小劇場運動のなかで孤独に静かに熟成させていったたぐいまれな業績であったと思う。
 1970年代後半から80年代前半に起こったアングラ・小劇場運動と呼ばれたの新しい演劇運動の発生の心理的要因はハッキリしている。個別の演劇運動の旗印はそれぞれ新しい運動の担い手たちの数だけ存在するが、十把一絡げにいってしまえば旧来の演劇(新劇の大劇団)の舞台表現、特に演技表現に、次代の演劇人たちが表現としての迫真性(リアリティ)を感じられなくなったことに尽きる。現在を生きていることの意味や不安へにじり寄ろうとする表現を新劇の舞台から感じられなくなってしまったのだ。
 だが新劇(前世代)への否定だけでは、演劇表現の根拠たりえない。