日付:2018年3月25日

   映像のなかの大杉漣さんの力業は、見ていてとても励みになった。

 

 

左寄せの画像  俳優の大杉漣さんが、2018年2月21日午前3時53分、急性心不全のために急逝された。享年66歳だった。大杉さんには、わたしの若い頃に大変にお世話になったことがあり、遠い場所からだが回想して哀悼に意を表しておきたい。
 
 大杉さんの所属していた転形劇場が30年ほど前に、氷川台の倉庫に中規模な新しい劇場を作り、どういうわけかわたしどもの馬鈴薯堂の前身の劇団卍に白羽の矢がたち、その新しい劇場で卍の芝居を上演してみてはどうかという話になり、その折り大杉さんは転形劇場の渉外・制作担当で、わたしども芝居の企画の段階からからいろいろと細々とした制作上の具体的な仕事を率先していただき、上演するすることができた。
 以来、転形劇場が解散して、大杉さんとはお付き合いがなくなってしまったが、TVや映画の表舞台で大杉さんの姿を見るようになって、大杉さんの姿は遠い場所から見ていた。
 映像のなかの大杉漣さんの演技の力業は、見ていてとても励みになった。相変わらず頑張ってるな、そう思えたからだ。ごく少ない限られた範囲のなかだが、大杉漣さんの出演した映画・TVのなかでなにが一番面白かったかと問われたら、わたしならテレビ東京で放映された三池崇史監督の「パートタイム探偵(2002年放映)」だと即座に応える。これは、自宅のビデオに撮って、いまでも思い出すように見ている。最近の作品では、NHKスペシャル『メルトダウンFile.07 AI徹底分析 原発事故全記録』の再現ドラマだ。
 
 映画は好きだが、最近は公開時からちょっと遅れた映画をレンタル屋さんでDVDを借りて見るぐらいで、映画館へ行くは年に2、3回になってしまった。TVは大好きで、でもよく見るのは昼の時間帯に再放送されている2時間ドラマで、それを録画して夕食後に夫婦で楽しんで見ている。でも偶然のように見た大杉漣さんと松坂慶子さんの「パートタイム探偵」は初放映時にみた。久々に手放しで2時間枠のサスペンス・コメディを堪能できた作品だった。わが家ではその年一番楽しめたTV作品でのアカデミー賞作品となっている。原作も台本(田辺満)も監督、音響さんも生き生きとして、出演俳優さんもじぶんたちに配役された役を本気で愉しんで演技しているいるみたいに、茶の間の一視聴者であるわたしには感じられた。本筋のミステーにはあまり関係のないが、ヒロインの家庭思いのがんばり屋の妻役に松坂慶子さん、その旦那役の大杉漣さん。いまではすっかり威厳など喪失してしまったいる父性の奪回を祈るように、子供たちの前では空疎に威張り散らす父親役を、大杉さんは実に楽しみながら演じていた。ドラマは、スリラーの本筋の謎解きから離れても、家庭生活内での夫婦関係、親子関係のちぐはぐさの小ドラマがコミカルに描かれていて、実に楽しいドラマになっていた。NETで放映日をみると2002年12月9日とあるから、いまから約16年ほど前の作品で、大杉さんの50才の時の作品ということになる。
 「パートタイム探偵」は、特筆すべきは松坂慶子さんで、中流下層の少しあわてんぼの奥さん像を楽しそうに演じていた。また旦那さん役の大杉さんも家庭では威張っているくせに、会社では実直で融通のきかず、周囲に辟易されている空気を読もうとしない不器用な五十男の悲哀を実に見事に大杉さんは演じきっていた。
 サラリーマン人生に翳りが見えだし、同時に家庭の財布の先細りを自覚した父役の大杉さんが、冷蔵庫にしわくちゃな千円札を貼り「今日からは、これが一日の食事代だ」と家族に向かっていい放つ話すシーン、子供たちに「親の意見と茄子の花は、千に一つも仇はない」と早口でうそぶくシーン、赤身のまぐろではなく中トロのまぐろの刺身が食卓にのぼったとき、その中トロのまぐろを箸でつかんで見詰め「おい、これは、中とろじゃないか」と大杉さんの驚きの表情、(私立探偵の)パートに出ている妻に代わってエプロンを掛けで子供たちの食事の支度をする大杉さん等、数え上げればきりがないほど、どこの家庭にもある日常生活上の相互の行き違いやちぐはぐさがみごとに描かれていて、長いあいだ転形劇場の舞台をみてきたわたしには、ああ、この硬く、ぎこちない演技が大杉さんの真骨頂なんだよなと思えて、ほっとした。
 わたしたち一般視聴者は、現在のTVドラマ作製の時代的な趨勢や作り方の詳細な部分はわかりようがないが、台本作家たちが苦労していることは予想がつく。メインのストーリーは、誰が作ったところで現在の行き詰まった社会では天井が見えいるから作りようがない。とすると、脇のストーリーに、台本作家はじぶんの生活実感や感受性の個別的な多彩さを流露するしかない。また実際に現在のTV作家たちは、それを愉しんでいるように思える。そして、その部分だけは、<終わり方>が見えている現在のスリラーの謎解きから一般視聴者は解き放たれて、じぶんの生活感性を自由に遊ばせることができる。
 わたしの知らないあいだに、大杉さんは、馬の眼さえ抜くような芸能界で、だれでもが立つことが難しいそんな特異の<場所・役>に立つことを自力で獲得した。大変な苦労があったことだろうと推察する。わたしには、ひとがいうようにカッコ書きの芝居(演技)など上手くなる必要などどこにもないと思う。演技(表現)者そのひとの人となりの篤さと深さ、そして矛盾し孤立し揺れ動く心を、そのひとなりに精一杯露出させることができれば、視聴者としては我が身を省みるようで愉しいのだ。生活する視聴者は、ちゃんとした眼を持っている。
 2018年3月17日(土)に放映されたNHKスペシャル『メルトダウンFile.07 AI徹底分析 原発事故全記録』で、大杉さんは吉田昌郎所長役を演じたが、大杉さんの表情、演技は、一段と深まりが増していたように思う。極端いいかたをしてしまえば、彼はもう<役>を演じていなかったようにみえた。原発事故を、本当に怒り、恐怖し、おののき、困惑し、じぶんの<声>と<表情>で<普通の一生活者>の吉田昌郎所長役を演じていた。声の奥行きが一段と増していた。役を演じるという意識をも解体していた。<力価>とでもいう力(演)の場所を、彼は実に開放的に作りだしはじめていた。これからだというときに、わたしのようにいつとは明示できないが彼のファンに自然になっていたものには、彼の死は残念で仕方がない。なぜなら、彼がだれにでもやってくる老齢にどう反撥して、どのように馴染んでゆくのか、それに挑む彼の姿が見たかった。
 
 最後に、大杉漣さんとはたった一度だけの短いお付き合いだったが、大杉さんがこんな話をしてくれた。「芝居では生活ができない。マイナーな映画でもどんどん出て生活を立て直し、それがダメだったら田舎へ帰ろうと思ってます。」と。
 大杉さんは、演技の極限の一形態を見せてくれた俳優さんで、それは転形劇場の故太田省吾さんの導きもたぶんにあったと思われるが、彼自身が彼自身を導いったのだ。多くの人間は器用になど生きられない。心に残る誠実で不器用で、滑稽で哀しい俳優(表現者)さんで、俳優として稀有な光を放っていた。彼の写真を見るたびに、わたしの心のなかでは、「また散ったか」と淋しい風がまだ吹きはじめる。
 大杉漣さん、あなたの映像のなかの演技の力業は、つまりなにに向かって演技をしたらよいのか、その一典型を見るこができて、とても励みになりました。
 
 合掌。