日付:2016年4月25日

 流山児祥さんに「お前は、孤独が浅い!」と怒られた 馬鈴薯堂通信のこと

 

左寄せの画像  かなり昔ずっと以前、劇団「卍」をやっていた頃のことで、その当時、アングラ芝居も衰退期に入っていて、世代の芝居の実相もだいぶ迷路の真ん中にいて、互いになにをやりたいのか、やっているのか、わからないままに芝居を作っていた。相互に、このままではダメだと思い定めていた時期で、そんな風が吹いているなか、今後のじぶんたちの芝居の展開、方向を自力で探ろうという試みのつもりで「卍」通信というパンフレット不定期に出しはじめた。「卍」通信のコンセプトは、「楽しくて、安くて、タメニナル」パンフレット作りで、じぶんたちの作っている芝居の表現に「言葉」をなんとか与えていかなくてもうダメだなというものだった。ある夜、流山児祥さんが、その頃旧「中村座」の故金杉さんよりお借りしていた大崎中村座にフラリとぼくたち「卍」の芝居を見た来てくれて、その帰りの呑み屋でぼくの差し出した「卍」通信を読んだ。だが急に「こんなコンセプトはウソでダメだ。楽しくて、安くて、タメニナラナイ」、そういう覚悟がないから「お前らの「卍」通信も、お前の芝居もダメなんだ。お前は、孤独が浅い!」と怒られた。実はその彼とのその情景は、いまでもはっきり憶えていて、流山児祥さん怒っている顔と笑っている顔がない交ぜになったその顔と言葉は心の底に残っている。
 
 彼、流山児祥さんの芝居は、昔から時として「全共闘崩れのオルグ芝居」みたいなものもやっていたが、その場合でもいつも芝居のその底には「タメニナラナイ、面白ロケレバソレデイイ、芝居ナドイイ暇ツブシデイイノダ」という<恥ずかしいことや、偉そうなことは、やらないし、できない>>いう男の流儀というか、生活意識みたいな彼特有の真骨頂が基層音として流れていて、台本上の理念をすばやく吹き飛ばしてしまう役割を果たしていた。彼の芝居に一過的な出来不出来はあったとしても、ぼくなど一目も二目もおいていた。
 確かにそううなんだ。馬鈴薯堂通信は「楽しくて、安くて、タメニナラナイ」ことをモットーにして出したいと思っているし作ろうとしている、芝居もまったく同じだ。けれども、まだぼくには生臭さが残っていて彼の境地にはとても立てていない。「タメニナルことなどやめて、タメニナラナイケド、面白イネ、イイ暇ツブシになったネ」そんな通信も、そんな芝居ももだぼくの遙か遠くにある。
 かれは、ぼくを怒りとばしたことなど、すっかり忘れてしまっているに違いない。