日付:2018年6月2日 

 ★~ 第三回 荒川区とその周辺の製麺所をママチャリで探してみた(4)

 

即席ラーメン

我が家の<チープな即席塩ラーメン>の昼飯。 でも、即席麺は独自のジャンク味をもっていて美味しいんだ   

 

 
  ★ 十一軒目 【三松☆三河島店】へ行ってみた 
 
 
三松 三河島店左寄せの画像  ☆ 食べた日:2018年5月30日
 ☆ 食べたそば:天ぷらそば(¥390)
 ☆ 所在地:荒川区西日暮里1-6-8
 ☆ 目印メモ:JR「三河島」駅の改札口を出て
   すぐ左に交番、その横にある。
 ☆ 営業時間:毎日早朝6時30分~21時
   休業日はわかりません。
 ☆ メニュー:トンカツ定食\550
   アジフライ定食\500とろろ定食\450
   冷や奴??? 冷やし中華\680
   壁に貼られた多彩な定食メニューに気をと
   られて、そばの値段はすべて忘れました。
   ★ネットの情報等では「かけ\250」と書い
   てあるが、現在の値段は違ったと思う。
 
 
 
 「佐奈田堂」さんのご意見から、
 
    天ぷら(掻き揚げ)が意外と白く、そしていい感じに汁を吸います
    味については、世の中にはやはりこの手が好きな方が案外いて、
    それぞれのブログで分析されているので、ここでは特に深くは触れませんが、
    個人的にはまぁーソレナリって感じでw
    多分蕎麦粉は1割も入ってないんじゃないかな、蕎麦風味の冷や麦のような麺です
    汁はササヤカに旨いって感じですね
    でもここは、何よりお店の場末臭がイカしてます!
    一体いつごろからやっているのか解らない年期がそこかしこに感じられる店内!
    お店のオバチャン二人もワリと無愛想でステキだー!
    まるで海外SFモノに出てくるような雰囲気(´∀`)
    更に場所がコリアンタウンの三河島駅界隈というだけあり、
    その独特の裏さびれた空気も、味に一役買っているんではないでしょうかね
 
 
 「軽み」があって美味しかった【かみむら】は京成線「新三河島」駅近、今回はJR「三河島(2016年:1日の平均乗車人数11,093人)駅近の【三松】。期待を膨らませる
 昼飯時に店に入ってしまったので、店内は7人~8人のお客さんで混んでいた。客は近所の商店主や建築現場で働く小父さんたち。小父さんたちは、中瓶ビールを四人がけのテーブルで美味しそうに呑んでいる。カウンターはすべてイス席で10席ほど、4人がけのテーブルが2つ。店内は意外と広い。店員は白髪短髪のおばさんで、汗を額に浮かべながら一人で客たちの注文をこなしている。調理場はガス台や天ぷら鍋、カレー粉や調理し終わったばかりのフライパン、茹でそば等で混み合っている。期待できるかもしれない。
 カウンターの端に坐ったが、隣りの若い男性の客は豚肉のショウガ焼き定食を食べている。壁を見ると、一面に貼られた手書きのメニュの多彩さに少し気をとられた。そば・うどんはもちろん、ラーメン、さまざまな定食等、酒のつまみまで書いてある。かき揚げ天ぷらそばを注文した。
 先のお客さんたちの注文がたくさんあってちょっと待たされたが、出されたかき揚げ天ぷらそばは食べる間に合格点の70点だ! そば・汁・天ぷら、すべてライトな感じでOKだ! 「難をいえば……」などといってはいけない。「難」はオレの方にあるに決まっている。
 隣りのショウガ焼き定食の若い男性が食事が終わったので立ち上がったとき、「思った味と違っちゃって、ごめんね」と小母さんは声をかけていた。ここは「立ち喰いそば屋」さんというより、むしろ街中の値段を気にしないで済む安価な定食屋さんみたいなもんなんだ、客はそう認識してこの店ののれんをくぐるのだ。
 
 ここまできて当たり前のことに気がついた。そばの味の吟味だけでいいはすなのに(吟味にもなっていないが)でいいのに、店の雰囲気、店員さんの感じ、店に漂っている空気感、なぜ書き手は、それらの情報の記述を必要不可欠と感じるのだろうか?
 
 JR「三河島」駅の隣に、佃島に建っているような高層マンションが、平屋建て街に場違いみたいに建っている風景がなぜかいい感じに映った。
 
 
  ★ 十三軒目 地元町屋の【 有限会社 善當製麺所 】へ食べに行った
 
 
善當製麺所  ☆ 食べた日:2018年5月29日
 ☆ 食べたそば:天ぷらそば(¥410)
 ☆ 所在地:荒川区町屋3-22-2
 ☆ 目印メモ:住宅街の中にあるので見
   つけにくい。尾竹橋通りの荒木田交
   差点近くのコモディ・イイダが目印。
   GoogleのGPS機能必携
 ☆ 営業時間:毎日早朝6時~18時
   日祭日:休み
 ☆ メニュー:かけそば\300
   天ぷらそば\410
 
 
 「佐奈田堂」さんのご意見から、
 
    ここは製麺所直営のお店なんですが、
    ・・・なんというか、蕎麦の香りが全くしないなぁ、
    そして湿気た作りおきの天ぷら類や、そもそもの蕎麦自体の、妙な柔らかさが気になります
    単に茹で過ぎなんじゃね? マジで(;´∀`)
    値段は、ガテンで下町な荒川区にしては高めですね、
    これで味が文句なければいいんですけどね
 
 
 15年ほど前に住んでいた荒川区東尾久6丁目から善當製麺所は近くにあるはずなんだが、その場所に製麺所があるなんて知らなかったので一度も行ったことがない。改めて地図を頼りにお店を探したがとちょっと見つけにくかった。GoogleのGPS機能を使った方がてっとり早い。
 「佐奈田堂」さんの仰せの通り。【有限会社 善當製麺所】の天ぷらそばはそんな感じでした。<製麺所>というからかなり期待して臨んで行ったんですが、ちょっとがっかり! <製麺所>巡りに暗雲が立ちこめてきたな。
 
 でも「佐奈田堂」さんは、言いにくいことをズバッとはっきり言う。ここがいい!
 「佐奈田堂」さんにとっては必要不可欠の覚悟の記述だ。その記述がなければレポートになりえない。いいかえれば「佐奈田堂」さんの記述の背後には、「佐奈田堂」さんとそれを食べている一般客の<沈黙の生活>がひかえている。大々OK! わたしも可能な限り見習うことにする。
 
 「夏目漱石論」で有名な、1999年7月に自殺した故江藤淳さんは、漱石の奥さんの鏡子さんを「人殺し」だと書いていました。鏡子さんは、漱石が激高して子供たちや鏡子さんに無茶なことをしたりいったりする前に、顔が赤くなるのを永年連れ添ってよく心得てたので、食事に少量のヒ素を混入し漱石に出していたらしい。江藤さんは、それは「緩慢な人殺し」じゃないのかと書いていました。江藤淳さんは死の間際まで筆を緩めてはいない。
 
  そば  硬いんだけど柔らかく歯ごたえなし。
  汁  出汁の香りをほのかに舌で感じたかな。
  かき揚げ  六枚切りの食パンみたいに小麦粉が厚く、汁に溶けにくかった。
  かき揚げ天ぷら、汁、そば、三点、特筆すべきももの無し。満足感無し。ハッキリいって高い!
 
 同じ町屋の立ち喰いそばを食べるなら、京成線・千代田線の町屋駅前の「八起そべ」を食べる。
 
 
 また同じ問題をくり返すが、またじぶんのバカさ加減を露呈するが、
 <美味しい>から、だれでもが<好き>になるわけではない。
 <不味い>から、だれでもが<嫌い>になるわけではない。
 <美味し>くても<好きになれない>という嗜好もあるし、<不味>くても<好き>になる嗜好もある。
 けれども<味の水準>には、だれでも解るような一般妥当性の水準もあるのではないか。
 もし「味の一般妥当性の水準」がありえるとすれば、永年にわたってそばの<味>の修練を積んできた職人さんなら、たちどころに「味の一般妥当性の水準」を了解できるし、その水準に到達できるのではないのか?
 わたしは、日暮里の【一由そば】、【六文そば-2号店】のかき揚げ天そばは<不味い>思う。だが<嫌>ではない。そこには職人たちの抜き差しならない意地のようなものを<味の背後>に感じるからだ。
 この考え方は、途方もない感傷にすぎないのか?

   ★★★★★★★★★★★ ☆ ★★★★★★★★★★ ☆ ★★★★★★★★★★★
 
 吉本隆明著「食べもの探訪記」より ~甘味ということ~
 
左寄せの画像  甘味について一番はじめの記憶は、と問われたら母親の乳汁の甘味と、恥ずかしそうな表情で正直に答えるほかないとおもう。それも乳児としての記憶ではない。弟が生まれて母親の乳房にしがみついていたころ、うらやましがって拗ねていたからどうか覚えていないが、ただ母親がおもえも飲んでみなという意味の方言を口にし、父親は冷やかし気味の方言をはたでつぶやき、わたしのほうは赤ん坊がえりのような恥ずかしさで、言ってみればはじめて自覚的にお乳を吸い、乳汁を口にした。
 大きなくせに何だといった恥ずかしさと照れくささで、すぐに母親から離れてしまった。そのときじつに微かに甘いというか甘いといえば甘いといえるような、甘味が口の記憶にのこった。甘いという無意識に叶う味で、牛乳に砂糖をくわえているというような、意識的な甘味と違う。それとなく甘いとおもえば甘いといった、言ってみれば甘いかくし味がしてある薄白色の液体という感じだった。わたしの記憶では恥ずかしさ照れくささと一緒に、無意識にだけ届けられたような甘味だったと記憶する。
 ところで一、二年まえ脳生理学者の三木成夫さんの本を読んでいたら、乳汁の味についてのエピソードが記されていた。奥さんのお乳が張って痛みがでて仕方がないとき、友人の医者にどうしたらいいかと尋ねたら、バカ! おまえが吸ってやればいいんだと言われて、照れながら細君のお乳を吸ってやった話が書いてある。
 何となくほのかなエロスを感じさせるいい話じゃないかとおもったが、肝腎なのはそのあとに書かれた乳汁の味についての感想だった。三木成夫さんは甘かったと言ってなかったと記憶する。何となくこれはいかん、禁忌の味だというように感じたことが書かれていた(この本で確かめて正確を期したのだが、奥のほうに入っていて見つけるのが大変で、このままにしておく)。
 それを読んで、ああ、これはじぶんと違うひとの乳汁の味の体験だとおもった。そしてさすがにひとの身体生理の専門家らしい鋭さだとおもった。甘味があるとは書いていない。それぞれの母性で乳汁の味に個人差はあるにちがいないが、この人が意識的に吸ったのは奥さんの乳汁だということが(いいかえればエロスの感じをともなうことが)禁忌の味を感じさせたにちがいない。
 なぜならこのばあいの体験はじぶんの子どもとおなじ位相で、子どもの代同物を演じているのだから禁忌の感じを伴ったのだとおもった。三木さんがじぶんの奥さんでなく、じぶんの母親の乳汁の体験だったら全く別で、やはりかくし味のように薄い甘味を感じたのではなかろうか。
 甘味についての思い出はここからとんで、学童期前後のことになる。記憶は三種類の甘味だ。
 ひとつは鉄砲玉と呼んでいた球状の飴玉の外側にザラメ砂糖をまぶした一銭で二個の飴玉の味。
 もうひとつは現在の七五三の長い袋に入った不透明な棒飴。断面の模様が変わらなければ金太郎飴。この類いの飴にはヴァリエーションがたくさんあって、いちばん華やかなときは、縦長の大型リヤカーを改造して、木製にブリキ板を張って小さく区切って、さまざまな色合と形をもった飴玉をそれぞれの箱に入れ、二人か三人のおじさんたちが鉢巻とタスキをかけ、尻はしょりで、小太鼓で歌などうたいながら、街路の要所要所で、留めて賑やかな客引きをやった。面白いから集まって子どもたちも歌など聴いているのだが、子どもには飴をくれと五銭や十銭を出して、飴を歌につれて紙袋にいれてもらう雰囲気ではなく圧倒された。
 大人が小さな子ども連れで銭を出すと、それごとに歌がはじまる。歌にっれてそれぞれの箱から異なった飴玉を一つずつ紙袋に入れて回って、はい終わりとなると歌をやめて、紙袋を客にわたす。別の客が銭を出すと、また歌がはじまり、紙袋に異なった飴玉が入れられる。調子のいい歌で、「味わいが変われば色合もかわります」といった歌詞をおじさんたちは唄った。しかしこの種の飴は甘味が単調だから子どもたちは段々手を出さなくなった。
 やや異なった味としては、グリコや森永のキャラメルやドロップのブリキ缶があった。これは四銭か五銭で、わたしの家などの小遣い銭では、二日か三日何も買わずに我慢しなければ買えなかった。でも時々はキャラメルのおまけ欲しさに我慢して、買った。
 飴のなかに甘味の濃淡以外にミルクやレモンを混入する技術が発達したのだとおもう。一時期のグリコキャラメルや森永キャラメルの甘味やわらかさと塩をすこしかくし味に入れたのではないかと感じられるミルク味の甘味は、群を抜いてわたしらを魅了した。
 甘味とは構造的に何か、わたしは知っていない。人体のなかの代謝機序で単純化していえば、炭水化物(澱粉質)は胃のなかの酸(塩酸)の働きで糖分に変化し、この糖分はインシュリンのような糖分解ホルモンの作用で分解され、燃焼のカロリーに変化する。甘味はこの体内の化学反応の途中でできるものとおなじだ。
 だけどサッカリンやズルチンのように糖分と似ても似っかず分解されてカロリーにもならない化学物質が甘味をもつのはどうしてだろうか。この擬似糖分といえるものが甘い理由を、怠惰な化学徒たるわたしは説明できない。
 わたしたちが甘いものが欲しいなと感じるのは、疲れて血糖値が足りなくなったときの生理的欲求であったり、甘味がもつ心理的な寛解感や、ゆったりとした心理的な解放感が結びついて欲しい感じになるのだとおもう。でも辛味が心理的な凝縮感と、甘味が解放感とつながっていて、この逆はありえないのはどうしてだろうか。いつか説明してみたい気がする。
思春期初葉から壮年期にいたるまで甘味を、菓子、あんこ入りまんじゅう、大福、おしるこなどの形でことさら欲求したことがなかった。たまたま欲にまかせて食べると胃がもたれ、胃酸(塩酸)の過多で酸っぱい液がこみあげてきて、これはいかんということになった。
 それにもかかわらずときどき甘味欲求に見舞われることがあった。ことに戦時中の食糧難でいつも少しだけ空腹だというときには、山形県米沢市の街に一軒だけお金さえあればおしるこを食べさせる店があって、いつでも満杯で学生服に満ちていた。お椀に五、六杯ならいつでも食べられる感じだった。
 戦後復興が日に倍してくるにつれ、わたしたちの甘味にたいする趣向は、食生活が豊かになり、欠乏したカロリーを補うためという意味は失われてしまった。それと一緒に抑制されて、しかも複雑な甘味が、和菓子、洋菓子、まんじゅう、おしるこなどで上等なことの象徴になってきたと思う。
 敗戦直後の甘味なら何でもいい、またサッカリンやズルチンのような擬似甘味剤を造るのにじぶんでも加担したりしたのに、まるで復興と高度成長のシンボルででもあるかのように、甘味にたいする欲求は高度になり、むしろ抑制された複雑甘味は含水炭素、蛋白質、脂肪などの栄養素とビタミンやミネラルのような体内の代謝反応の触媒類のバランスさえよければ、カロリーは過剰にならないほうが健康によいという、現在の保健医学の思想の主流とも合致することになっている。いまではわたしも医者のいうこの考え方に従っている。  甘味はもう現在では食における遊びや趣味のほうに傾きつつあるといってよい。わたしは界隈の和菓子屋や洋菓子店を荒らしてあるいたことがあるが、うまいという洋菓子はどうしても抑制された甘味で、しかもわたしのような素人には、この甘味はいったい何と何を融合したのか見当もつかないといったような複雑さをもっていて、最後の瞬間に思わずうなるほど微妙な複雑な甘味を舌にのこすものが良いと思えるようになった。おれもこういう甘味がわかるようになってしまったのかとかんがえるとさまざまな思いが湧いてくる。
 そして甘味の将来に予測をたてるとすると、母乳のような無意識のかくし味に近づいたときが、極隈の上等さということになるのではないか。わたしの近所のいちばんうまい洋菓子屋さんで、いちばんうまい甘味の菓子とおもえるのは、いまのところドルメンと名づけた球状の白い外皮のなかに茶色のかたいあんこの入った半分干菓子的な小型の菓子だ。
 なぜドルメンという名なのかかんがえたが、ドルメンに敷かれた玉石の意味かという気がする。ときどき買うことがある。

   巡ったお店のおそばの価格表。(2018年5月現在)