日付:2020年12月7日 

  小休止です。新型コロナの春夏の深夜に何度か観た映画

 

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老いたシャーロック・ホームズ役(イアン・マッケラン)と仲良しの少年役(マイロ・パーカー)  

 
 
 今年70歳になるので、やはり昔に見た古い映画がなぜか懐かしく、大好きだ。
 松本清張の『ゼロの焦点』(野村芳太郎監督:鵜原禎子役に久我美子)や川端康成の『雪国』(大庭秀雄監督:島村役:木村功、駒子役:岩下志麻)は毎年のようにくり返し夜中に観ている。観るのはたいてい古い映画ばっかりだ。
 
 PC上の新しい技術的なことを憶えたりすることがとても面倒臭くなってきて、確かに足腰も弱くなったし、これが耄碌(もうろく)のはじめらしい。この映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』は古い映画ではなく2015年の新しい映画だが、なによりものんびりとした物語の展開、老人と子供、家政婦、養蜂のミツバチの取り合わせが醸し出す小さなエピソ-ドがコロナ禍のなかで萎縮し暗くなってゆく気持ちに開放感と慰安を運んでくれた。こんな感じを与えてくれるのは外国映画のヴェルナー・ヘルツォーク監督の『フィツカラルド』くらいで、できたらもう一度見てみたいと思っている。
 
 
 話は変わるが、【Eテレ】の2020年8月27日(木) 午後10:00~午後10:45。トライアングル 特別編▽『コロナの中で ナニ考えた? ~尾崎世界観と26人の高校生』。毎回高校生たちのホンネを尾崎世界観が引き出すトーク・ドキュメントで、今回は特別編。「不透明な状況の中で大人以上に? 考え込んでいた高校生の心の声は」、面白かった。
 司会は、尾崎世界観さんと中川安奈アナだ。
 
   友達と連絡をとらなくなったそのワケは?
   (学校)行事開催が二転三転、僕らはどこに気持ちを持っていけばいい?
   親と過ごす時間が増えて良かった? 困った?
   私たちの部活動(スポーツ部や文化部)って不要不急なの?
   大人は子どもの思いをどう考えてるの?
 
 「日本各地9つの高校の生徒たちとオンラインで結び複雑な思いの丈を聞く。文化祭、運動会、親との関係、受験、進路、社会への不満、提言、コロナで変わった人生観まで。2020夏の記録」だ。
 
 我が家では起きているときはTVはつけッ放しだから、偶然にこの番組を見たのだが、大変に面白かった。テレ・ワークの画面のなかで本音に近いじぶんたちの意見を語る高校生たちの表情がとても清々しくて、そして高校生たちの清々しい表情を巧みに引き出しすことに成功している尾崎世界観さんと中川安奈アナの司会が抜群のセンスだなと思って、少し驚いて見ていた。高校生諸君の意見をよく引き出し、聞き入り、決してじぶんの意見を高校生諸君へみだりに押しつけたりしない姿勢にとてもナイーブな感じがした。尾崎さんの喋りの文体は、ちょっとマネができないほどよかった。
 尾崎世界観さんの繰りだす高校生諸君への質問は、たぶん番組の製作者たちが捻り出したものに違いないだろうが、尾崎さんの会話の呼吸にムリはなく、質問に応える高校生諸君たちの応答ぶりもそれぞれの若い人たちの悩んでいることの喋り言葉と顔の表情がとても初々しく、つい見入ってしまった。
 
 たとえば演劇部に所属している高校生が
「じぶんがやっている演劇って、不要不急なんですか? でも、ぼくには演劇が必要なんです、じぶんじしんのために」、
「情報は氾濫しているけど、なんとかブレないように努力しています」、
「コロナ対策で、政治家の話す意見とお医者さんの言う意見が違うと思うのだけれど、相違した意見でも聴きたいから、両者にじぶんたちの意見の姿勢をもっと話して欲しい」、
「コロナ禍で、以前のように友だちとの頻繁に逢わなくなったの、そこいらへんは?」と司会に訊かれて「以前のようには逢えなくなった」、
「インターネットでコミニュケーションを採るの?」、「そうです、以前より、ネット使う回数がだいぶ増えました」、「ネットの会話は、楽しいですか?」、「楽しいです」。
 
 わたしには、とても元気をもらえた番組だった。で、わたしはというと、一ヶ月に数回も逢っていた近所に住んでいる友人とほとんど4月~9月にかけて逢わなくなってしまった。逢っても無駄話しかしないのだけど、無駄話がどれだけ楽しくて大切なのか、そんな友人が<近傍>にいてくれることが、しみじみ大切なものだと思い知った今日この頃だ。
 
 
 
 ある未解決事件をきっかけに、現役を引退し地方の村で養蜂を愉しみ、世間へ出ることを拒んでいる少し痴呆の入ってきた93歳のホームズ、ホームズの養蜂や未解決事件を解決に結びつけるお手伝いをする仲良しの少年、ホームズの家政婦役の俳優ローラ・リニー、その三人の心温まるヒューマンドラマで、そこへ真田広之も流暢な英語と生真面目な演技で出演好演している。
 
 物語といえるものはただそれだけで、ほとんどなにも起こらないのだが、ではどこがいいのかというと、それを言葉にできない。けれども1年に2回ほどこの映画を深夜に一人で愉しんでいる。少し前に観た元CIAの役で出演している俳優のリーアム・ニーソンの「96時間」は逆に手に汗を握る展開の速さとこれでもかとやってくる乱闘、銃撃戦、カーチェイスのシーンも大好きだが、これが高齢、演じている俳優も、観ている観客も高齢、そういうことによるものなのだろうか。ゆったりとした映像の流れと、シャーロック・ホームズ役の高齢のイアン・マッケランの頭も身体も、じぶんの思うように動かない感じの演技のリズム感が、観ている側でも手が届くように感じられ、そこがいいのかもしれない。わたしのなかでの名作の部類に入ってくる。
 しいていえば、イギリスの田舎の草原に吹く乾いた風と貧しい食卓の風景、その二つが心にとどまっている。海の向こうのイギリスは異国でありながら、どこでも生活の実質は貧しく、毎日毎日同じことをくり返しているんだなあ、日本も同じだなんだよなあと感じさせられるところが気に入ったのかもしれない。
 魅入ってしまうということは、観ている側の無意識の内部へ侵入してくる何かが、演技と映像のリズム感の強弱が意図され内蔵されているからで、でもそれを「ここだ」とを言い当てることはできないが、とても大切な無意識の振動(顔や声、身体の表情、そして風景の表情)が空気の波動のように映像を通して心に伝わってくる。映画も芝居もそういうものがもっとあってもいい気がする。
 国立博物館へ行くと縄文時代の炎で焼けた焦げた焦茶色の妊婦の埴輪が展示されているが、女性の子を宿したふくよかなお腹をどう言い表して良いのか、よく解らない。それと同じように、この映画が何故老齢の身に心地よいのか、自分にも他者にも伝える言葉を持てない中途半端なところにわたしは立っている。
 
 
 
   ★ 現在、改稿中です。すいません。
 
 
 
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