日付:2018年6月7日 

 木下惠介の「風前の灯」   ~戦後間もない頃の庶民の実像へ

 
風前の灯 『風前の灯』1958年。
監督・脚本:木下惠介、
出演:佐田啓二、高峰秀子、
南原伸二(宏治)、田村秋子。
 
 
 ☆ 吉本隆明
『 風 前 の 灯 』
 
 
 「二十四の瞳」、「野菊の如き君なりき」、「遠い雲」、「喜びも悲しみも幾歳月」など、近年、木下恵介が描いてきたものは、日本の庶民意識のなかの情緒的な部分を典型化することであった。もちろん、批判的に典型化することではなく、そのうえに、あぐらをかき、そのうえに多数者意識をよみとろうとしてである。
 
 わたしは、木下の意図などには無関係に、木下が、かなり巧みに、紋密に描いてみせてきた、庶民的多数感情に興味をもって、この系列の作品を、わりあいによく観察してきた。ときとして、そこに、庶民の泣き処を手玉にとって安心しているような木下の表情をよみとり、腹も立てないわけではなかったが、おおむね、これらの作品は、上の部の水準に達していて、わたしが、日本の多数者感情を観察するには、恰好の作品だったのである。
 「風前の灯」は、いわば、木下で主系列の作品でおさえてみせた庶民の泣き処が、どれほどの現実観察と現実把握のうえに立っものであるかを、はっきりと示した作品である。楽屋裏がのぞけるし、お手元が見透される作品である。
 この映画を、「花咲く港」、「カルメン」物の系列に入る。喜劇映画だというのは当っていない。喜劇などは、どこにもない。あるとすれば、ドタドタと、登場人物の誇張された演技と、誇張された人物の類型的な対照性のなかにしかない。たとえば、田村秋子の扮する「老婆」の強慾ぶりを描くにも、高峰秀子の扮する妻君の悪感情を描くにも、向いあっているときは、さり気ない風を粧い、ドアのかげや、独り居の部屋のなかで、舌を出したり、だまされんぞ、などといわせたりすることによって、辛うじて可笑しさを出しているにすぎない。いわば、喜劇性を、登場人物の内面から描き出すことが出来ないで、楽屋裏を描写することによって繋ぎとめているのである。
 情況設定でも、喜劇性は、すこしも描かれていない。一体、何が「風前の灯」なのか、わからない。二人の不良と、一人の田舎出が強盗をたくらむというところが、映画では、何の力にもなっていない。間借人のいざこざも、風来坊の前科六犯も、老婆と息子夫婦の対立も、喜劇的ではない。 しかし、木下が描きたかったのは、喜劇ではあるまい。彼の主系列の作品に登場して、観客の紅(?)涙をしぼらせ、文部大臣を感心させるところの善良な庶民たちもまた、映画以外のところでは、ざっとこんなものだ!ということを風刺したかったのだ。また、木下の作品に紅涙をしぼって感動する庶民達も家へかえれば、さてと、こんなものだ、ということを示したかったのだ。そして、最後に、いくらセンチメンタルな映画ぱかりっくっている俺でも、この位の洞察力はあるのだ、ということを木下は示したかっ先のであろう。わたしは、皮肉をいっているわけではない。
 
風前の灯  この作品を、目本の庶民杜会における「家」の縮図としてみるときは、やはり、相応の出来映えといわなくてはならない。老婆と息子夫婦は、木下的庶民であり、間借人の娘と大学生たちは、アプレ的庶民であり、いずれも目本の庶民杜会の産物であることには、かわりない。かれらは、この作品に登場して、根元はおなじ意識であることを暴露する。
 「喜びも悲しみも幾歳月」にとびつくのはお目出たいセンチメンタリストで、太陽映画にとびつくのはドライなリアリストであるなどと、かんがえるのは、それこそセンチメンタリストにすぎない。木下恵介的世界の庶民も、実生活ではすさまじいリアリストであり、太陽映画的世界のアプレも、実生活のセンチメンタリストであることができる。この日本の庶民杜会の実相は、とうてい、非情を標榜する単純な批評家の手に負えるものではない。手に負えない部分を、切り捨ててはならないのである。
 木下が意図すると否とにかかわらず、「風前の灯」は、目本の庶民的な「家」の悲劇をえがいてい る。その意味ではあまり、この映画をみて笑うことはできないのである。つまり、あまり喜劇ではな いのである。
 しかし、木下恵介は、この作品で、誤算をおかしている。なるほど、ここには、庶民的「家」のなかにうごめいていて、たとえば、木下的映画を見物に出かけて涙を流したすぐあとで、強欲張ってみせる老婆や、老婆が早く死ねば財産がころげこむと考えて、最後にどんでん返しを喰う息子夫婦がえがかれ、それに加えて、「アプレ」的青年がとびこんできて、なるほど、庶民意識の典型は一応登場している。
 しかし、ここには、庶民杜会のなかの「家」は描かれていない。杜会的情況の設定が、まったく出来ていない。今日、どこを探しても、「風前の灯」に描かれたような「家」の感情のなかで生活している庶民はいないだろう。昭和初年的感覚なのだ。
 庶民たちは、現在、杜会的情況のために絶えず風穴をあけられながら、危く生活の均衡を支えているのだ。それが、おそらく戦後の日本の庶民杜会のなかの「家」の特徴の一つであり、それこそ「風前の灯」なのだ。
 しかし、わたしは、別に、木下に社会的視野を要求しようなどとおもっているわけではない。それは、馬を火鉢で測るようなものだから。
 
      (「映画評論」昭和32年1月号。潮出版社、吉本隆明著「夏を越した映画」所収)
 
★木下惠介(1912年~1998年):映画監督。昭和8年入社。助監督として島津保次郎に師事。昭和18年「花咲く港」で監督に昇進。同じ年,黒沢明が「姿三四郎」でデビューした。好対照監督登場の年であった。
▲写真:左:高峰秀子、右:佐田啓二
 
 
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