日付:2020年5月1日 

 演出ノオト  ~吉本隆明氏の「心的現象論・本論」より「身体論」~ (1) 

 

縄文中期(約4800~4200年前)、青森市「三内丸山遺跡」より出土、板状土偶。縦14.5×横14   

 

 
 いまから40年ほど前、世田谷でアパート暮らしをしていた頃、代々木上原駅で電車待ちでベンチに坐って雑誌のコピーを読んでいたとき、転形劇場の太田省吾さんに「こんなところで、なにを読んでるのか?」と声をかけられたことがある。
 「ああ、雑誌のコピーがようやく手に入ったんで、吉本隆明さんの「身体論」を読んでいます」と応じた。
 「そんな難しい本を読んでるのか?」
 「ただ読んでるだけです。難しくて内容はまったく判りません。なにが書いてあるのか、どんな意味あいが流れているのかさえたどれません」と応えたことを憶えている。
 40年ほど前でアングラ演劇の活躍期で、「身体」についての論争が方々で華々しくよくおこなわれいた時期だった。多少でも身体(像)論とは何か、どんなことが論じられているのか、さわりだけでも知っておきたい、そんな思いで国会図書館まで行って雑誌のコピーを依頼し、読みはじめていた。
 
 日々の生活のなかでじぶんの身体についてつまずくとき、ああ、オレには身体があるんだなと強く思うことは、歯痛とか胃痛とか転んで膝をすりむいたり、近親者に病気が訪れるときぐらいだ。ことさら芝居が好きでやっているからといって、身体について考えたことはほとんどなかった。吉本隆明さんの「心的現象論・序論」は読んではいたが、「言語にとって美とはなにか」とか、「共同幻想論」ほどには判らなかった。というより難しすぎた。じぶんの理解力を遙かに超えている書物だと思い、その後本棚の奥へしまいっぱなしにしてあった。
 最近、「心的現象論 本論」の頁をめくるようになり、いまでも理解できない難しい本だという感想は少しも変わらないが、ほんの僅かずつでも読み進めてみようと考えている。
 
 前後が入れ替わるが、興味が惹かれる「身体論」の「身体論の起源」からはじめてみたい。
 
 
 
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     身 体 論 <21>

 
 
 
     身 体 像 の 起 源 (1)

 人間はどのようにして、またどのような像として人間自身の身体を把握するか。あるいは、ある個体はどのようにして、またどのような像として自己の身体像を形成するのか。ひとつひとつの場合についていえば、それぞれの個体によって、身体像の把握の仕方はすこしずつちがっている。しかしその背景に、事物にたいする人間の〈受客〉と〈了解〉の仕方の現在の水準を想定すること、はできる。あるいは、人間の空間認識と時間認識の、現在的な水準が、背景を構成している、といいかえてもよい。
 
 このばあい、人間の身体にたいする認識と、身体像の形成は、二重の経路をもつとかんがえられる。ひとつは〈自体識知〉あるいは〈自体像〉ともいうべきものである。かれは、かれの〈胃〉や〈心臓〉を、あるいは肺臓を、自己の外に対象的に移して識知するのでなく、〈胃がもたれる〉とかく〈胃が痛む〉とか〈このあたりにある胃〉だとか〈この結滞する心臓〉とかいうような形で、直接に認知し、その像を形成する。もうひとつの経路は〈対象化認識〉ともいうべきものとなる。かれは、ひとたび、じぶんの〈胃〉や〈心臓〉を、じぶんの外にある〈胃〉や〈心臓〉の、流布されている概念、知識、解剖像などになぞらえることによって、自身の外に観念的に対象化し、対象化された像を、じぶんの〈胃〉や〈心臓〉がかくあるものだ、というように把握する。間接的な認知あるいは対象化して自已の外にある像として、あらためて自己認知するという経路をたどる。この二重の把握によって、人間は自己の身体像を形成するとかんがえればよい。
 この〈自体識知〉と〈対象化認識〉との二重性は、もちろん、じぶんがじぶんの身体の認識の座である〈身体〉を、自己把握するという(矛盾した)ばあいに、はじめて明瞭に露呈されるもので、はじめから、自己の外に、客観的に存在する事物にたいする把握では、明瞭に起こらないことはいうまでもない。しかし、本来的に、この種のばあいに起こることは、〈自己が自己を外におく〉という経路をともなうものだといいかえれば、対象がどのような状態にあるかということとはかかわりなく人間に固有なものだ、ということはできるだろう。
 
 〈自体識知〉あるいは〈直接識知〉において、その空間性と時間性はどうかんがえられるべきであろうか。たぶん身体の生理的な空間識知と時問識知の延長線に想定されるべきものとかんがえることができる。この〈自体識知〉の空問性と時間性が、〈対象化認識〉の空間性と時問性と二重化するときに、たとえば、じぶんに聴こえているじぶんの声と、他者に聴こえているじぶんの声とが、聴覚において微妙に二重化するということが起こりうるし、またじぶんが把握しているじぶんの容貌像が、じぶんにとって揺動する仕方と、他者に映っているじぶんの容貌像が、揺動する仕方のあいだに、ずれや重複化を与えるということにあったりする。
 
人間の知覚作用が、自已の〈身体〉を把握するときにだけ明確にあらわれる〈自体識知〉と〈対象化認識〉との二重化は、たぶん、未開の時期の人間が〈自画像〉(人間の身体像)を表出しようとするとき、まずはじめに困難に出あった。すべての表出行為が、対象的行為であるとすれば、原初の人間が、自己の身体像を表出しようとしたとき、〈自体識知〉による人間像の把握の仕方を、強烈な(すくなくとも文明時代における人間よりも)度合いで混融せざるえなかった。この時期の人間たちにとっても、人間像の表出は対象化行為であったにはちがいないが、この対象化行為きわめて大きな度合いで〈自体表出〉の行為にささえられていた。かれらは、たぶん、旧石器時代のあまり早くない時期に、人間の像を表出するときに、あたかも〈自体識知〉によって把握された自己像もとにして、造型せざるをえなかったにちがいない。かれらは、じぶんの姿も、〈他〉の人間の姿も、眼によって対象的によく視ているにもかかわらず、あたかも〈眼〉が対象的には盲いているかのように、あるいは視覚も触覚に近いようなかたちで行使するほかなかった。触覚における空間識知は、身体の空間の延長化である。そこで、人体像は、〈変形〉を受ける。単純化と関心のある個所への過剰な強調とが、この原初の人間が表出した人間像となるほかない。それはすこしも写実的にはならず、人体の関心のない部分は省略され、関心のある部分だけが誇張される。描線(あるいは刻線)は、直線、点線、凹の突き線、凸または凹の空孔、または盛りあげが用いられる。関心がなければ、頭部も手足の指も、胴も、肩も、簡略に描かれるだけである。全体も身体の起伏になぞらえられたひとつの塊りであるといったほうがよい。この種の身体像のもっとも初原的なものは、いくつか挙げることができる。
 
 たとえば、ラ・フェラッシー地区で発見された三角状の墓石に人工の孔を穿ったもの(ムステイエ期)や、人工の孔を多数穿った石灰岩(オーリニャック中期)や、セリエ岩陰(オーリニャック期)の人工孔と女陰の象徴を刻んだひとつの長方状のの石灰岩である。  わが国では、縄文早期の花輪台(茨城県)貝塚出土の土偶、縄文前期の一王寺貝塚(青森県)出土の土偶、縄文前期の枚畑貝塚(東京都板橋)出土の土偶、縄文中期のサイベ沢(北海道)遺跡出土の土偶、縄文中期の最花遺跡(青森県)出土の土偶、縄文後期の赤坂(青森県)遺跡出土の土偶、縄文後期の広袴(東京都町田市)出土の土偶、綾部出土の土偶(東京都鶴川町)、縄文後期ー晩期の橿原公苑出土(奈良県)の土偶、縄文晩期の寺下遺跡(青森県)出土の岩偶などに典型をみることができる。
 これらの原初的な身体像がみせている特徴は、いくつかに集約することができるが、その根源にあるものは〈触覚〉的な造形法ともいうべきものである。いいかえれば、〈視覚を触覚のようにつかっている〉像であるということである。眼で視て、つくるのではなく、また眼で視たものの記憶の痕跡によってつくるのでもなく、眼を閉じて、手触りでつくったかのような造形が行なわれている。このことは、やや論理的にいい直すことができそうだ。本来、自己の身体像も他者の身体像も、対象化して、眼で〈受容〉し、〈了解〉し、そこで得られたパターンによって強調や省略が行なわれるのに、これら原初的な身体像ではく〈自体識知〉が圧倒的であるために、対象化は、眼で対象を視るという回路を通らずに、手触りや手ごたえだけによって量も形体も直接表現されるものとみることができる。
 このために、共通にいくつかの特徴があらわれる。
 
 (1)頭部は欠けるか省略される。またあっても、ただの小さな凸塊であったり、首が無くて直接に胴に結びつけられる。
 (2)肩がなく、手と胸部が、脚部が直接に結びつけられる。
 (3)凸部、凹部は突起または、くぼみで表現されるだけである。指、足、手などは、ただの凸塊または二三の凸塊につけられた刻線によってあらわされるだけである。
 (4)したがって全像の身体像は、人体らしい形をした一塊の岩土塊である。極端なばあい胴に眼や口が埋め込まれ、そのすぐ傍に凹または凸状にあらわされた乳房や陰部があってもさしつかえない。
 (5)触覚によって識知されるか、〈自体識知〉によってつながりがあるとみられれば、骨格も内的関連も、刻線によってその部分をつなぐことであらわされる。
 
 たとえば、わたしたちは、いまでも、頭痛のときは、こめかみの奥のところに意識を集中し、胃が痛むときは、胃のあたりに意識があつまり、動悸がするときは心臓だけに身体意識を重ねるということをやっている。原初の人々の身体像は、これに似た方法で、強調や省略や無視をやっているとみてよい。けっして、正確な身体像を表出しようとして、技術が幼稚であるためにできないということではない。この〈自体識知〉は直接的であるという理由によって、対象の空間性を身体の外延性に(いいかえれば擬触覚の空間性に)よって把握し、その時間性を、身体のクロナクシーの内包性によって、いいかえれば擬生理的時間性によって把握した表出とみることができよう。
 
 文化科学高等研究所発行(2008年) 吉本隆明著「心的現象論 本論」より抜粋させていただきました。
緑の彩色は、菅間が着けました。

 
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      ★ この稿、続く。       ★ aboutの頁へ戻る。