日付:2021年10月13日 

 吉本隆明氏の「写生の物語」より、「『神の仕事場』と『獻身』」

 

鶺鴒(せきれい)  

 
 
『神の仕事場』と『獻身』
 
 
 岡井隆、塚本邦雄両家のあたらしい歌集をならべるようにして読んだ。その項が歌集の総題になっているところから二首ずつとりだしてみる。
 
 
 なにがなし春の林のふところの深きつめたさ 夕粥(ゆふがゆ)を煮る
 つきづきし家居(いへゐ)といへばひっそりと干すブリーフも神の仕事場
(岡井隆『神の仕事場』)    
 
 鶺鴒(せきれい)の卵の罅(ひび)のあやふさの世紀末まで四萬時間
 螢澤とは大阪の花街にていのちの果ての淡きともしび
(塚本邦雄『獻身』)  

 
 
 両方に共通した感想をいえば、言葉かおどろくほど自在になっているなあとおもった。ちょうどジャツクの豆の木のように、ある高さまではこれ位だとかこうなっているとか見える気がするのに、雲の上まで延びている部分になると見えない。何となくそんな部分に入っている感じで、何か言うよりも黙っている方が批評になると感じた。だがそれでは文章にならない。少しずつ言ってみようとおもう。
 岡井隆の近作を読んですぐに眼についたのは口語脈(というよりも街頭語脈)を定型のなかに入れようとしている印象だ。そのために定型がほころびそうになるときもあるが、それは本意ではなく、不可避のばあいのほか定型にかぎられているとおもえる。
 
 
 立ちかくれつつ居待月(ゐまちづき)ひむがしの空燃えそめぬ時間がないぞ
 日のぐれに朝をおもふは越ゆるべき山ありしゆゑか恐らくさうだ
 うすうすは知りてぞくだる碓氷嶺(うすひね)のおめえつて奴がたまんねえんだ
(『神の仕事場』「穏やかな応答」の項)  
 
 
 大切なのは「時間がないぞ」「恐らくさうだ」「おめえつて奴がたまんねえんだ」という街頭語的な表現にあるとおもえる。読みすすんでこの末句までくると、それ以前の上句は耳にかかわるかぎり、すっ飛んでしまうからだ。これはたとえば茂吉の「鼠の巣片づけながらいふこゑは『ああそれなのにそれなのにねえ』」と比べてみればわかる。茂吉のうたは「ああそれなのに」という流行歌を唱いながら鼠の巣を片づけているお手伝いさんの姿のイメージが浮かんでくるようにできている。岡井隆の街路にとびかう会話語の導入はまったくちがう。判断語の導入であって、それによって歌われている主体または作者自身が判断力のまにまに、それまでの句が表現している叙景や叙事を限りなく解放して歌の外に出してしまう作風になっている。たとえば引用の一首目の末句「時間がないぞ」は月の入りか日没かが間近になっているぞという意味にもとれるが、作者または主体が何か期するところが秘めてあるのだが、もう生涯の時間が切れてしまうぞという喩の二重性を背負っているようにもうけとれる。これは二首目、三首目の「恐らくさうだ」や「おめえつて奴がたまんねえんだ」もおなじだ。「恐らくさうだ」という街頭口語的な言いまわしによって「越ゆるべき山」が地勢としてひかえている山と形而上的にのり越えてゆくべき困難な山という意味の二重性を帯びてくるとおもえる。なぜかといえばこの街路口語的な言いまわしを導入したことで、ある解放感がもたらされ、それが空想や類推を一首の外に解き放つ作用をしているからだ。「おめえつて奴がたまんねえんだ」というのもおなじ用法におもえる。うすうす推察していながら碓氷嶺をくだろうとしているおまえがたまらないんだという意味と、ある事柄の本性がわからないうちにそれをよしとしてやってしまうおまえがたまらないという肯定と否定の入り交じった思いとが二重に呼び込まれている表現のように受け取れる。
 
 
(1)
 冬螢(ふゆぼたる)飼ふ沼までは(俺たちだ)ほそいあぶない橋をわたつて
 大島には連絡すると言つてたろ(言つてた)裏庭で今朝冬百舌烏(ふゆもず)が
 すまぬすまぬ表現の流れが気になつて(年だよ)帯(おび)文の冒頭の仮名(ルビ)
(「冬螢飼ふ沼までは」の項)   (2)
 ふりをして寄ればふしだら冬鵙(もず)の「思ひきり悪党になつてみせうぞ」
 ふりをしてグロスター公のふりをして横向いて言ふ「なにせ末世だ」
 大鍋にけちな讒訴(ざんそ)は投げ入れむ(あなたもか? いつ、あなたが? まさか?)
「リチャード三世の科白によせる即興」の項)  
 
 
 (1)の三首における(カッコ)のなかは、たぶん短歌でははじめてのものだ。オリジンは宮沢賢治の詩法だとおもう。賢治は主体または作者の意識の出どころの次元がちがった言葉を挿入するとき、しばしば(カッコ)を多様につけて区別した。詩ではこの手法は流れている意想を切断することになり、意識の次元や段階を区別すること自体がポエジーを構成するとかんがえないと、せっかくの気分の流れを、ぼつぼつと切断してしまうことになる。効果という意味では疑わしいことになる。賢治はもちろんポエジーの概念を同時代の詩人たちと別様にかんがえていたので、一向に意に介しなかった。岡井隆の(1)にあげた短歌は逆に、宮沢賢治的な(カッコ)の用法が二重の効果を発揮している。たとえばわかり易いから(1)の二首目を例にとれば、(言つてた)という(カッコ)のなかの言葉は上句の表出の意識と、異った次元の意識から出ているか、または別人の答えの意識とうけとれるが、同時にこの(言つてた)は下句の「冬百舌鳥」が(言つてた)という意味を自然にしめしている。これは誇張して言うと短歌の表現では、かつてなかった試みになっている。ほんとかねと考えるなら(2)のばあいの(小カッコ)や「カギカッコ」は茂吉の「ああそれなのにそれなのにねえ」と同じ効果、いいかえればただの異化効果で、鬼面ひとを驚かせる愉しさにつきるといえるものだ。ここでわたしは『神の仕事場』のなかのいい作品をどこにかんがえるか、あげてみないとまとまりがっかない気がする。例えば、
 
 
 枝を画(か)きて葉を書かざれば「あとがき」のなき本に似てさびし林は
(「ぎんなん林の絵」の項)    くだりゆくエスカレーター羅(うすもの)の多くなりたる売り場に映えて
「春の意地わる雪」の項)    ははそはの母を思へば産道をしぼるくれなゐの筋の力や
(「死者たちのために」の項)    時こそは死までの距離のあかるさに角(つの)振りすすめやよかたつむり
(「大盗は時をぬすめり」の項)    家はいまある境から荒野ですそこはかとなく馬が匂ひて
(「父の世代へのメツセージ」の項)    越の国小千谷(おぢや)へ行きぬ死が人を美しうするさびしい町だ
(「CDをとり出すときの」の項)    陽物(やうもの)を掴みいだしてあけぼのの硬き尿意を解き放ちたり
(「マイナーの鳥」の項)  
 
 
 これくらいでも『神の仕事場』で誰がみてもいい作品だというものがいくつか入っているとおもう。即物的で即エロス的な岡井隆の背骨が初期から一貫して通っているし、それは街頭の口語のように、永遠の場を断ち切って、現在を活性化しようと試みているようにおもえる。ここまできて塚本邦雄の『献身』の歌風について述べなくてはいけないのだが、特色よりも、岡井隆との類似性の方から入ってみたい気がする。岡井隆の歌風とおなじことが塚本邦雄の『献身』にも言えるとおもえてきたからだ。初期の作品と比べればすぐにわかるが、街頭語といえないまでも、いちじるしい口語化は岡井隆とおなじ挙動のようにみえる。ただ岡井隆と目立って異るところは、岡井隆が定型を守護しながら、避け難いばあいだけ音韻の余りや不足になっているとすれば、音韻が守護できるばあいでもそれを崩そうとしていることだ。
 
 
 情死には全く無縁の壮年を生きたるさびしさの花楓(はなかえで)
(『献身』「赤貧わらふごとし」の項)    雨脚急(きふ) ゆくさきざきも暖昧至極の日本のいづくに急ぐ
(「父を超ゆ」の項)  
 
 
 例えば勝手に択びだしたこの二首をみてもわかる。作者がこのままの言いまわしで定型におさめようとすれば手易いようにみえるのに、どうしてもそうしたくない韻の<さわり>が、いわば内在韻のかたちで作者に根ぶかく存在しているようにおもえる。それが塚本邦雄を老いさせないものでもあるとおもえる。これはもうすこしさきまで言えるかもしれない。
 
 
 観光外人チーズのにほひひきずって二條城遠侍(とほざむらひ)三之間
 棕櫚(しゅろ)に花、聴け「われの王たることは汝の言へるごとし」(以下略)
 天氣老獪にて百本の煽蝿(かうもり)傘のしづくがピカソ展曾場汚す
 ギリシァ語を修めプラトン讀まむとは空梅雨(からつゆ)某日のできごころ
 折紙つきの蕩兒と聞けりアルパカの上著のすその盗人萩(ぬすびとはぎ)
(「獻身」の項)  
 
 
 特徴がはっきり見えるようにおもえるので、最近作からあげてみた。これはどんな朗詠の仕方をとっても結句の終末に近づくにつれて抑揚のない平坦な散文読みになってしまうものだ。たんに定型を破ろう、定型になるまいとしている<さわり>からだけでなく、散文にしてしまおうとする意識的な、そして無意識的な願望が、こういうどっしりした散文のすわりにしているのだとおもえる。これが塚本邦雄のいちばん特徴的な変貌と言ってよいのではないか。この塚本邦雄の韻と破定型の変貌は何に由来するのだろうか。推測するよりほかに術がないのだが、わたしは塚本邦雄の短歌の想像力のなかに、日本語による普遍的な詩の<あるべきやう>が、意識的にも無意識的にも音韻と音数律のうえから模索されているのではないかとかんがえたい気がする。これは岡井隆が定型と音数律と表出意識の多様な試みによって、短歌の<あるべきやう>がどうなってゆくのかを模索していることと、おなじモチーフを秘しているとおもえる。ここにはちょっとやそっとでどうかなると言ったものでもない短歌の現在の問題が、ひたすら半世紀も実作線上を走りつづけてきた両歌人によって、あたりまえのようにそっと、だが大切に持ち出されている。
 
 もうひとつ塚本邦雄の作品で言ってみたいことがある。その歌作に秘められたモチーフの交叉する場で岡井隆の作品ととても似たものになってきたことだ。
 
 
 勝を誓ひて家こそ出づれぬばたまの夜店の金魚掬ひ大會
 ミラノより還りきたれば竹籠に飢ゑて相対死(あひたいじに)の鈴蟲
 能登牛島咽喉のあたりに春雷がゐすわりてわが戀歌成らず
 ダヴィデ姦通、そのすゑのすゑなほすゑの君が神父になる?御冗談
 理髪店「須磨」午後一時玻璃越しに赤の他人があはれ首の座
(岡井隆『神の仕事場』)    
 電話だから甘くくぐもる声なれどご批判大謝ぼくは服する
 うしろへ回つて卵焼く君の邪魔をする噫(ああ)明暗のさだまらぬ吾(あ)の
 押入れの上段にある春服の上衣をとつてくれたら、勝負!
 思ふてふ人と日暮れの街ゆけば玉菜の価(あたひ)天井知らず
 たとへばサ国家とぞいふ作品を粗くB4の線で消せる
(塚本邦雄『獻身』)  
 
 
 わたしにはこのあたりが岡井・塚本両家の作品が、等価にうつる場所だとおもえる。それは韻で聴いても声で聴いてもいい。韻の定型で聴けば両家の句の切り方がほとんどおなじようになっているようにおもえる。そしておなじようにおもえるところで、短歌は現在ではこうなるよりほかないというかたちで同調しているとおもえる。だが声の色合いでいえば両家の短歌はちがっている。それは話すときの言葉が第一に異っているからだ。岡井隆はつとめて街頭口語がひびき易い声を出しているし、塚本邦雄はできるだけ格調をくずすつもりで口語を混入している。ただ両家の声から色合いや抑揚を消してしまえば、あまり異らないようにすることができる。黙読したときのせき込みかたが、ほとんど等価になっているからだ。この等価の背景は共通した短歌の舞台(についての洞察)だとおもえるのだが、あえてそれを指さすとしたら短歌の表現を生活の地面に開くことで、表現の完結感を拒否しようとしているのだと言えそうな気がする。短歌のようないちばん連綿とした伝統歌の形式が生きながら、この転換期を耐えてゆこうとすれば、生活の地面の方に開くことで、どんなこの地面の変化にもついていけるようにするほかない。両家はじつに見事に無意識のうちに短歌の耐震構造ともいうべき方法をとって、それぞれの構えをこしらえているような気がした。
 
★ 『神の仕事場』岡井隆著。吉本隆明著『写生の物語』より「『神の仕事場』と『獻身』」より抜粋・引用させていただきました。  

※ 2020年7月12日5時00、岡井隆さんがご逝去されました。  

 
 
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