日付:2022年3月 

   故太田省吾さんの文章(2) 

 

転形劇場の故太田省吾さん     

 

 
   演劇はだれが見るのか
 
 
   おもしろさ以外の期待
   舞台射る「生存」問う目
 
 
 「男四十すぎになって、純文学など読むのを見られたら恥ずかしいものだ。まして、詩集など本屋でもとても近づけない。お前のやっている芝居だって同じようなものだ。歌舞伎とか、会社の慰安会で行けるようなものなら助かるんだがね」
 たまたま二十年ぶりで出くわした友人は、軽い酔いの顔でこんなふうなことを言った。私は「正論ばかり言って、死ぬ時になって後悔するなよ」と、彼の不遠慮げな調子の尻馬に乗って毒づいた。「俺(おれ)の方は逆の後悔に気をつけなくちゃならんがね」と言いそえればよかったと、言葉の足りなさを悔いながら、ついにそれを補えぬまま別れた。
 
        
 
 彼の言うところは、明治以降の社会の正論であり、その社会を歩む者のずばりとした感覚だと思える。妻や娘に、「まったくうちのお父さんは散文的なんだから」といわれて男なのである。
 経済活動という大道のどこかに身を置き、そこに足をつけて生きる者は、芸術という余計なものに無関心であることによって腹のすわった者、つまり〈男〉なのである。言いかえれば、芸術は、この経済活動を中心とする社会に自分の位置を確定できないでいる若年者や女のもの、女子供のものであり、それに近づくことは、腹のすわっていなければならないはずの〈男〉としては〈恥ずかしい〉のである。
 だが、芸術から離れていられても、彼の生きる時間の四六時中を、社会の大道を歩むものとしておけるわけでは、むろんない。
 目覚めの時に訪れる、かならずしも身体のものと言いきることのできないだるさや、通勤電車の車窓や仕事揚の窓からのぞく、理由のさぐれぬ不安や、帰り道でふりはらえなくなる空虚といったものが動いていないわけはない。社会化されない感覚や言葉が、大道から逸(そ)れてあらわれるのだ。
 これまで〈男〉は、こういった逸れる足を大道に戻し、健全に死ぬことができた。いや、だれもが、つまり〈女〉も女の生き方でそうしていられたと言っていいかもしれない。そうして、この社会が形づくられてきているのだから。〈男の社会〉とは、〈女〉も〈男〉だということを意昧しているのだろう。
 
        
 
 だが、現在のわれわれには、こういうふうに逸れるものが身の内にあらわれる頻度が増し、それが消失するまでの時間が長くなり、ひきずるようになっていはしないか。たまたまあらわれる気の病や魔として放置できないものとなり、歩むその足に力がこもらぬようにするなにものかに包まれているように感じるのだ。
 なにかを見る。すると、それへ向ける自分の目よりも先に、それは多くの言葉で意昧づけられていて、自分の目を働かせることが難しい。広範囲のものごとがそうだ。社会化されているということだ。
 自分の目を働かせて身のまわりのものごとをしっかりと見て暮らすことが、地についた生活ということであろうが、その目が自分の目と言えるのかと思えてしまう。その目は、自分の身のまわりに焦点が合っていない。もっとどこか広く遠いところに合うものとなっている。自分の生きる姿が相対化されるということだ。自分が生きるということと、生の時聞をまぎらすということの差異を見つけるのに苦労する。
 
        
 
 文学は、読者の顔を直接見ないでいられるが、演劇は毎晩顔を見るという生々しさがある。そのせいで、そこにいない人々も見えてしまう。たどえば、あの友人は私の芝居にはほば不在であるといっていい、といったことが見えるのだ。彼が観客となったらと考える。いや、彼だけではない。もっと他の理由で演劇を避ける人々もいる。いや、今日そこに来てくれている観客自身がそうなのだ。観客は、常にそういう目、いわば二つ目の目をもっている。演劇に沿おうとする目と、それを射るような目である。
 観客を、〈おもしろい〉ことを待つ者であると考えるのは演劇人の騎(おご)りのようなものかもしれない。それは、〈意昧あること〉を知らす対象であるとすることと同じく、演劇人の狭い枠へ閉じこめることにすぎないのかもしれないのである。
 おもしろくも、意昧もないかもしれぬが、触れる価値のあるもの……二つ目の目は、われわれの現在の生存仕方に沿って、そういうものへの期待をひそませた目であると言えないだろうか。
 〈芸能〉という、演劇の太い道筋の豊かさを知らぬ者の言い方だとわれながら思う。だが、現在のわれわれの生存は、〈芸能〉でまきらすことができない、という見方もありうるわけだ。演劇は、そういう目で見るものでないと言えない。
 
 
※1984年7月20日(日):朝日新聞:夕刊に掲載。
 
(劇作家)
故太田省吾(おおた・しょうご)一九三九年中国済南市生まれ。学習院大学中退。現在、劇団「転形劇揚」を主宰。「小町風伝」で岸田戯曲賞受賞。演劇の身体性と哲学的な志向を融合させたユニークな舞台づくりで知られる。七五年以降、ヨーロッパ、豪州への海外公演も多い。主な著書に『老花夜想』『裸形の劇揚』『動詞の陰翳』など。