日付:2019年6月20日 

  金杉忠男氏著:台本「竹取物語」より抜粋 ~超えられない深さ・Ⅰ~

 

諏方神社横の地蔵坂に棲んでいる隻眼の三本足の野良猫。実に静かな猫で、可愛がられている。  

 

 
     こういう台本が大好きだ、という自分の好き嫌いの判断から
 
 
 
 故金杉忠男の「竹取物語●本田小学校篇:1980年8月初演:品川中村座」は、わたしの大好きな台本のひとつで、物語の進行役兼主人公の電気湯(守安 凉)と助六堂(三田村 周三)との、楽しくも密やかな会話、そこへ敵役の浪川(篠塚祥司)があらわれ、場面は華やかになる。少し長くなるが、引用させていただく。

まだ(※思いでの小学校の)廊下に立っている電気湯と助六堂。  
電気湯  (助六堂からはなれる)
助六堂  (追って)便所の事件、あの……。
電気湯  便所? 急になに甘納豆から便所って。
助六堂  閉じ込められたでしよ、四年生のとき。あんたも、あたしも。同じ日の夕暮れに。
 
二人、すっとしゃがみ込む。  
電気湯  そうおッ? ……そうだ。(ぱっと立つ)あった。あったよ便所へ、ねッ。
助六堂  閉じ込められちゃった。
電気湯  うん。便所の戸が開かなかった。あかなかったんだ、どうやっても。(しゃがむ)
助六堂  ねッ。あったでしょう。そ-だ。六月の梅雨で。雨だった。あの夕暮れは。昭和二十三年。
電気湯  そんなことまで覚えてんの。お婆さんみたいね。クッ。
助六堂  これっきり出られないんじゃないかって、小さな胸いためて。時々夢にみて、今でもゾッとする。
電気湯  腹のなかのもの吐きそうになっちゃった俺ァ。
助六堂  便所の窓から裏庭を眺めると、アジサイが咲いてた。今を盛りと咲いてて……シーンとして。かなしくもないのに、なぜなのかしら、涙が流れてきて。
電気湯  どうして大声出さなかったんだろ。きみもぼくも。不思議だな。
助六堂  雨にうたれるアジサイと、あの小使さんが頭の隅っこにこびりっいて消えないのね。いっも黙って働いてた。あの親爺。
電気湯  そういやァ、くっちゃべってんの見たことねえなあのジジイ。しかし、どうやって出たのかな。便所から。覚えてる? 覚えてないかね。
助六堂  大勢の子供にかこまれて黙ってしーんと働いて、アジサイみたいに生きて、くたばっちゃった。子供ごころにあァもうたいがいのことはどうでもいいや、などとかんがえたりしてた。
電気湯  便所でそんな哲学かんがえてたのか君は。偉いんだなァ、しかし、どうして小学校の便所ってああ暗いんだろうね。暗かったなあ。小学校の便所って暗いんだよね。あれ、わざと暗くしてあるのかね。ねッ。
助六堂  ちょっとまってて。考えごとしてんだからぼくも。
電気湯  なにか理由でもあるのかなァ。ねェ、便所さ。
助六堂  暗くなるような電気の配線ではなかったんではないですか。
電気湯  なに考えてたか分かる? 暗い便所のなかでぼくが。
助六堂  たいした思考はやってないでしょ、あんたは。
電気湯  「桃の木の家」の婆アのことずうーとかんがえてた。
助六堂  キチガイ婆ア。古川ソ回バン塾の前の。
電気湯  桃の木があったろ玄関とこの前に、大きな桃の木が。あの桃の木、青々と葉っぱをつけて。それをね、ずうーと思い浮かべてたぼくは。だけど、なんで、あの婆アの家の桃の木なんか思い浮かべてたんだろう。ね、なんでかね。分かる?
助六堂  わかんない。
電気湯  誰だか知ってる?
助六堂  なにをです?
電気湯  俺たちを便所に閉じ込めた奴だよ、わかんねえな!
助六堂  すぐそういう顔。それだ、あなたが社会の上層に浮かび上がれないのは。
電気湯  (つきとばす)俺ァずいぷん捜査したんだあの事件を。
助六堂  (耳もとで)子供の頃には探求心はあったわけね。
電気湯  (胸ぐらをつかみ)黙ってきけ! 殺すぞ。
助六堂  黙ってききます。
電気湯  テッテイ的に全力をあげて俺ァ取り組んだ。
助六堂  はい、はい。
電気湯  他の組の野郎まで虱潰しに調べたんだが時効の時がやってきた。
助六堂  どういうこと。
電気湯  便所で哲学するほどには頭よくないなお前は。結局、犯人はみつからなかった。未解決の問題が山積みだな人生は。後になってアッと声をあげそうになったぜ。
助六堂  叫んだの?
電気湯  叫びそうになったの。わからん奴だな。
助六堂  ごめん、殺さないで。
電気湯  話の腰を折るなよ。どうも、先生じゃないかと思うんだぼくは、うん。
助六堂  先生!? どうして。
電気湯  小学校ほど恐ろしい場所はないよ君ッ。おめえとうんこしてた時、足音が響いてきた。コッコッ……ありゃ、大人の足音だ。何で気がつかなかったんだ。え、おい。あれは、大人の足音だよ。
助穴堂  ……。
電気湯  校庭からは運動会の練習のざわめきと音楽が流れてきた。と、足音がコッコッ….俺ァちようど桃の樹の家の婆アの笑顔を思い浮かべた…、あ!
助六堂  だれ、わかったの犯人?
 
かすかに音楽
遠い日の行進曲を聴く二人。  
電気湯  おい、あれは秋の運動会の頃だったろ、便所に閉じ込められたのは。六月の梅雨の時ではなく。
助六堂  いや、確かにあれは、六月の梅雨の雨の夕刻だった。
電気湯  いやッ、だって運動会の音楽が流れてきたぞ、暗い便所に。
 
行進曲たか鳴る。
便所で二人はじッと動かない。  
電気湯  あッ。おい、浪川だ。
助六堂  どこ。どこに。どこにです。
電気湯  むこうの道路。ホラ、浪川だんべ。
助六堂  浪川君だ。
電気湯  門倉を捜しまわって今年もきやがった。
 
運動会の行進曲にのって浪川……
妙ちきりんな行進で花道に姿をあらわす。  
浪 川  ウヘヘヘヘェ。よッ、手塚。ダッチョの具合はどうだい。
電気湯  己れに心配してもらわなくても結構だ。
浪 川  俺ァ昔っからてめえのダッチョが心配でよッ。
電気湯  なにしにきゃがった。気のきくヤクザは立石なんぞウロチョロしねえや。
浪 川  門倉はどこだ! 下手にかばうと片腕の二、三本へし折るぞ。
電気湯  ここにはあらわれねえよ門倉は。
浪 川  うるせッ。ささやきの浪川に大きな声出させるねい。ウヘッ、ウヘッ。
助六堂  門倉君は青砥のケンカで左腕おとされてから原っばには来ません。はい。
浪 川  今夜ぐらいは原っばに面出すはずだ。
電気湯  ヤクザになっても己れのような三下と身分が違うよ門倉は。
助六堂  なんと言っても門倉君は勉強ができたから。
浪 川  カサブランカの浪川をナメやがって! 生かしちゃおかねえ。
 
ドスを抜いて二人を追いまわす。
助六堂、早々と揚幕の奥まで逃げるー  
浪 川  やめようか。やめた! 今日はあの人の命日だった。ふた親のところへは面みせるっていうじゃねえか、門倉はよ。
電気湯  戦争中の、疎開先での件を今更なんだっていうんだ。
浪 川  あの事件で俺の一生は狂ったんだ。
助六堂  (客席を通っていつの間にか戻って)食べものもろくすっぽない山ン中でお腹すかしているぼくたちに食べさせようと門倉君は盗んだんでしょう。
電気湯  それも、こんな小さな筍たった四本だ。
浪 川  四本の筍でも盗みは盗みだ。あの筍は兵隊さんが食べる筍だ。
電気湯  兵隊さんがなんだ! 学童疎開のガキ共が水ッ腹かかえていたんだろ。
浪 川  欲しがりません勝つまでは。俺たちはそうたたき込まれた。盗みを発見した俺がなんで副級長おろされなきゃあなんねえんだ。不合理だ。
電気湯  門倉だって級長おろされた。
浪 川  当たりまえでしょう! 供出の筍盗んでみんなに喰わしたのは門倉だ。
助六堂  先生に告げ口したりして裏切者!
浪 川  俺ァ立派にご奉公した。御国を裏切ったのはお前らだ。門倉ばかりに人気が集まっちゃって。東京に帰ってからもコッチは下降線をたどるだけだ。鎌田以来ことごとくぼくにつっかかってきや がってあの門倉め。
助六堂  つっかかっていったのは君の方でしょ、いつも。
電気湯  チンピラの頃、ひどくやられたって話じゃねえか、え、女のことでよ。
浪 川  黙れ半かぷち野郎。俺のドスは伊達じゃねえんだ。クッ、また大声、出しちゃったい。俺ァささやきの浪川だ。ウヘッ、ウヘッ。ところで、いま、ふと、憶い出したんだが、話は変わるがよ。ケットバシ屋の、土井さんちの、和子ちゃんの、パンツ下ろして、いじくったろお前ら。ちょっとタンマ。あれは……確か、大水の次の夏だ。上田さんちの裏で……いじくったろ。あッ。
助六堂  知りませんよ。そんなこと。
電気湯  いじくったって何を。
浪 川  そんなこと、はずかしくっていえるかい。想像を働かせろ。おおよそさっしがつくだろうバカ ヤロー。土井さんのオジさんにゲンコッでなぐられたんだぞ。おめえたちだ、なッ。
電気湯  知らねえよ。
 
手帳を出して何か調べる。  
助六堂  なんです、手帳しらべたりして。
浪 川  (調ぺながら)玉岡君、元気?
助六堂  おかげさまで。
浪 川  おぱあちゃん達者?
助六堂  元気でやってます。
浪 川  そりゃ残念だ。いいこと教えてやろうか玉岡。
助六堂  はい。
浪 川  おばあちゃんの駄菓子屋から何時もキンカ糖かっぱらったのはこのダッチョの手塚だぜ。
助六堂  あ、君かキンカ糖ばかり盗むタチの悪いのは。(むしゃぷりっく)
電気湯  必ず何か買ってから盗ったぼくは。
助六堂  ドロボっ! おばあちゃんのオイハイにあやまれ!
電気湯  親友じゃないのかぼくたちは。
浪 川  乳くり合ってんじゃねえ玉岡。人間の記憶ほどあてにならないものはないんだぞ。菊田一夫は言ってるだろ。忘却とは忘れさることなり。ところで話は変わるが、あの人の難題みつかったかい。
電気湯  おめえの方はどうなんだい。
浪 川  ……「フェンディのミンク」だ。こいつは難題中の難題よ。まァ、中学に入って、ミンクは解明したがな。ところがだ。よろこんでくれ。とうとうフェンディとは何か知る時がきた。ビスコンティの映画「家族の肖像」を観て、それがローマで有名な毛皮屋だったんだ。
二 人  毛皮屋!?
浪 川  知らなかったなァ。せめて、命日にはフェンディのミンクをこの原っばの墓の前にささげたかったが、ローマは遠いよ、口ーマは。さて、てめえらと遊んでても銭にゃならねえ。こっちから出張って門倉を捜し出すか。今夜こそ半殺しだぜあの野郎。それでは、アデュッ。
 
と、花道に真紅のドレスの女1……  
    そこに、原っぱの風に吹かれて佇むのはカサブランカの浪川さんッ。
 
三人、ポカン……  
    ボギー! あたしのボギー!
浪 川  俺の名をよぷのはどこのスベタだ。
    忘れちゃったの。あたし。カサブランカの為子!
浪 川  カサブランカの為子? そんなオバさんはいねえや俺ァ。
    忘れないあたし。あの土曜日の晩を。雨にうたれながら奥戸橋であんたの来るのを待っていると、夜明けにカサも差さずにやって来て、あたしの耳もとでささやいたわ「ネバー、オン、サンデー」そう一言だけ言い残すと、あんたは坂を下りていっちゃった。そして、あの晩からあんたの姿は立石から消えちゃった。あたしをおっぼり出して何処の性悪女と乳くりあってたんだ。バカヤロー。
浪 川  やめてくれッ。真紅のドレスのひと。去っていった時は男と女の肩にゃ舞戻っちやこれねえ。
    思い出してよ思い出を。耳もとで生温かくささやいた愛のことばを。
浪 川  さようなら。真紅のドレスのお嬢さん。昨日のことは覚えちゃいねえ。
    何処ぞへ流れて傷をつくるのね、またひとつ青い乳房になおらぬ傷を。
浪 川  明日のことは南の空へ飛んでゆくあの雁にでもきいてくれ。流れ者ンにや女はいらねえぜ。
    踊ってちょうだいカサブランカの名前を知っているあなたッ。あたしと一曲踊って。
浪 川  他人が見てるぜ。
    かまやしない。田圃のカカシと思ってお願い!
 
電気湯、助六堂、片足でカカシになる。
タンゴ……
情熱的に踊る女……  
浪 川  (女を抱いて)おッ、真面目にやれ。きっといつかはお前たちもモテる日がくるぜ。じや、モア・ベター。後刻。
 
浪川、女、去る。  
電気湯  おい、また妙なのがやってきたぜ。
助六堂  あッ、サック屋の岡本君。
電気湯  今日もドレスァップしちゃって、のってるなァ。
助六堂  相変わらず二枚目でいいなあ彼は。
電気湯  あれがか。
 
「ランナウェイ」にのって黒い顔が花道へ……  
張作霖  (踊っている。舞台に登場したら他の役者のことなんぞかまっていられない。熱演……)イエッ。いや、や、やァ。元気か、おい! (客席にも)イェッ。元気か、元気ッ。イェイッ。(とキャンディなんぞまき散す)
二 人  石かなにかひろって投げっける。
張作霖  ヤロー。ぼくの素姓を知ってて石なんか投げやがって。お父さんに言い付げてやっからな。ブァキャロが、このグキッキャッ。(終わりは何を言っているのか不明)
助六堂  同級生がこうだと世間様にはずかしい。
電気湯  早いこと線香あげて帰れサック屋。
張作霖  戸塚君の一番の親友だぞぼくは。君たちに言われるまでもない。そのためにやって来たんだ。中川で溺れ死んじゃってかわいそうな戸塚君ッ。(今度は泣きじゃくる)
 
 
台本・演出 金杉 忠男
この場の出演俳優
電気湯 (守安 凉)
助六堂 (三田村 周三)
浪 川 (篠塚 祥司)
女   (後呂 良子)
張作霖 (間山 憲三)
 
★1983年/而立書房刊:金杉忠男著「竹取物語・本田小学校篇」より抜粋・転載させていただきました。)
 
 
 
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 ここに挙げた「便所の事件」は、当然金杉のそのままの体験的な事実と考えることはできない、けれど芝居的なフィクションとして断じてしまうのは、なにかとても大切なものを切り落としてしまう気がする。こういう場面は、「フィクションであるかどうかとかかわりなく、こういうことは事実でなくても真実の体験、つまり体験的な真実だと思えるんです。つまりつまり作者はここで、事実でもなくフィクションでもないひとつの体験的な真実を語っているわけです。---吉本隆明講演集10「詩はどこまできたか」<若い現代詩>について(90頁)」
 1970年代後半から、そしていまも金杉忠男の心酔者であるわたしには、彼の台本表現や演技表現について正確に批評的・論理的に記すことはできない。けれども、心酔者の視点からなら与太話を交えてなら、なぜわたしが彼の心酔者になったのかその理由は述べることができる。アトランダムに記述してみる。
 
 (1) 彼の書いた台本は、かなり閉ざされた局所的(葛飾区立石)な物語世界なのに、なぜか彼の台本の特有なセリフや舞台上の俳優の無頼性から深い開放感と安堵感を受け取ることができた。
 
 (2) 彼の台本の作り方の基底は、近代心理劇ではなく、むしろ古典的な歌舞伎に近い平面的な<遊び>の部分に、わたしじしんの生活感性からみて、とても感情移入がしやすかった。しかし登場人物たちの交わす会話の転換ははめまぐるしく、立体的である。
 
 (3) 彼の登場人物の彫刻の仕方には、文学的な初源性ともいっていい部分があり、もともと文学とはこういうことを言いたかったために、その作品は生まれてきたんたんだよな、ともいうべき優れた自己表現の破格な倫理性が存在している。
 
 (4) もう一つ、金杉台本には、金杉自身でさえ気づかなかった台詞や演技表現に埋め込まれた固有の造型力の謎があると思われる。
 
 
 
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