_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ --- Night Shift --- ◆作・演出□菅間 勇 ◆劇団卍・第十二回公演上演台本(一九八五年の秋の公演) _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ◆<あらすじ>   浮遊し、漂流する幻の家族の帰郷譚。 <場面構成>              <登場人物>  第一景 乞食             男1 小田  豊  第二景 夜の夢の中へ         男2 三田村周三(中村座)  第三景 天草への旅          男3 守安  凉(中村座)  第四景 夕陽の女           男4 千葉  亨  第五景 姉を慕う男          女  玉橋二三江  第六景 お米を乞う男         老婆 稲川実代子  第七景 ミス・ブランニュウデイ  第八景 鈴虫奇譚  第九景 砂浜  第十景 アシカ、鳴く  エピローグ アシカ・プール <舞台>  舞台中央に、大きなリヤカーが一台止まっている。  リヤカーには、タンスや布団等の家財道具のいっさいが山のように積み込まれている。  舞台装置は、それだけである。  だが、このリヤカー、しばらくは大きな布で覆われている。 <場所・時間>  上野公園ちかくのどこかの空き地。  一九八五年の真夜中にちかい夏の夜。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/        □ゆっくりと舞台が闇のなかへ沈んでゆく。         闇のなか、かすかな音楽が流れてくる。         舞台、ゆっくりと明るくなる。 第一景 乞食        □上手に、ひとりの男(1)が浮かび上がる。         男は、胸にノオトを吊していて、妙な機械(ビニール・ホースの両端に大         小の漏斗を装着したようなもの)で、地中の音を聴いている。         男は、何度も地中の音を聴いている。         男、舞台中央のリヤカーを通り過ぎ、下手へ移動する。         このときは、リヤカーは大きな布で覆い隠されている。         やがて舞台上手に、ひとりの乞食(男2)があらわれる。         この男の乞食、女物のスカートなどをはき、女装である。         乞食、両手に持てるだけの紙袋の荷物を持っている。         この乞食、さきほどの男1の行動を楽しそうに観察している。         男1、男2の存在に気づき、互いに眼を合わせる。         男2、笑う。         男1、無愛想。         男2、男1に近づく。         男1、退く。         両者、回り込みながら、立ち位置を逆転する。         見つめ合い、少し沈黙……。 男 2  (やがて、マッチ箱のようなものを、男1の前へ差し出し)ケムシ……。 男 1  ? 男 2  ケムシ……。 男 1  ? 男 2  ケムシ……。        □少し沈黙。 男 1  (ぶっきらぼうにタバコを一本、乞食へ) 男 2  (タバコを取る)……毛虫って、知ってる? 男 1  (乞食の手荷物をみて)……それ、なんだ? 男 2  (両手に持っている手荷物を少し上にあげ「これ」)……? 男 1  いつも、そんなもん、持って歩いてんのか? 男 2  (「手に持っている、この荷物」)……重いか、軽いか? 男 1  重過ぎりゃあ、持てないだろう。 男 2  …… 男 1  軽る過ぎりゃあ、荷物といえないだろう。 男 2  (微笑「あなた」)乞食に、好かれる。 男 1  (再度、タバコを出す) 男 2  (再度、タバコを取り)……この一本は、さっきの一本と意味が違うわネ。 男 1  (ライターを出す) 男 2  いんない。 男 1  …… 男 2  (「さっき」)なにしてたの? 男 1  ちょっと(「その荷物」)持たしてくれないか? 男 2  えっ? 男 1  それ(荷物)。 男 2  なんで? 男 1  なんでって? 男 2  どうして? 男 1  (「その荷物の」)なかに、なにが、入ってるか、当てたいんだ。 男 2  ずいぶんとお忙しい。 男 1  ダメ? 男 2  そう。タバコも、もらったことだし。……ナゾナゾ、解いたら持たしてあげる。 男 1  ナゾナゾ? 男 2  ナゾナゾ。 男 1  ナゾナゾ、苦手なの、なんで知ってるんだ? 男 2  そんなこと、知らない。 男 1  (「ナゾナゾを」)……出せ。 男 2  そんなに持ちたいの(「この荷物」)? 置き引き? 男 1  中身を当てたいだけだ。 男 2  (早口で)下は大火事、上は大水、なぁんだ? 男 1  …… 男 2  (微笑) 男 1  ……「お風呂」。 男 2  すごいじゃん。 男 1  (手を出す) 男 2  ダメ。(手をはたく) 男 1  痛い。なんで? 男 2  もう一問。 男 1  もう一問? 男 2  普通、三問、ナゾナゾは。 男 1  三問? 男 2  ゴチャゴチャいうひと、五問。 男 1  三問。……出せ。 男 2  一つ目小僧は、足が一本、なぁんだ? 男 1  …… 男 2  (微笑) 男 1  ……「針」。 男 2  三つ目小僧は、歯が三本、なんだ? 男 1  「ゲタ」。 男 2  ナゾナゾ、(「あなた」)ホント、苦手? 男 1  丸くていつも真ん中が濡れていて、まわりに毛が生えているもん、なんだ? 男 2  あたしに、ナゾナゾ、出す気? 男 1  ナゾナゾ、好きなんだろ? 男 2  どうぞ。 男 1  丸くていつも真ん中が濡れていて、まわりに毛が生えてるいるもん、なんだ? 男 2  ……? 丸くて、いつも、真ん中が、濡れていて、まわりに、……毛? 男 1  ……        □男2、いきなり男1をはがいじめにして、男1のアソコを握る。 男 1  ナニ、スルカ? 男 2  嬉しい? 男 1  嬉しい。 男 2  嬉しい? 男 1  嬉しい。嬉しい。 男 2  じゃ、放してあげる。(男1を放す) 男 1  バカッ。 男 2  アレでしょう、アレ。 男 1  なに? 男 2  丸くていつも真ん中が濡れていて、まわりに毛なんか生えちゃってるヤツ。(「オ      マンコ」と声を出さずにいう)。 男 1  なに? 男 2  (「オマンコ」と声を出さずにいう)。 男 1  えっ? 男 2  (「オマンコ」と声を出さずにいう)。 男 1  バカか、おまえ。なに、かんがえてるんだ、バカ。 男 2  だって? 男 1  マナコだよ。 男 2  マナコ? 男 1  だって、そうだろう。マナコは丸くて、いつも真ん中が濡れていて、まわりに、 男 2  毛? 男 1  そうだろう。 男 2  今夜から「マナコちゃん」って、呼んじゃおう。「マナコちゃん」。 男 1  タバコ、返せ。 男 2  (「あんたのこと」)好きになれそう。 男 1  その前に、ハッキリさせよう。 男 2  ? 男 1  男だな? 男 2  (男1の前で一回転して、じぶんの身体と衣装をみせる) 男 1  男だな? 男 2  どっちが、いい? あなたの、いい方で(「いいワ」)。 男 1  気持ち悪いなあ。 男 2  嬉チイ……、 男 1  荷物を持ちたいだけだ。 男 2  あ、荷物。 男 1  持たしてくれるか? 男 2  その前に、 男 1  まだ、なんかあんのか? 男 2  ちゃう(=違う)。さっき、おたく、なにしてたの? 男 1  さっき? 男 2  (さっきの男1の仕草のマネをする) 男 1  あ、仕事。 男 2  仕事? あれが? 男 1  そう。 男 2  なんで、こんな時間に? 男 1  今日は、夜勤なんだ。 男 2  「ナイト・シフト」。……なんの? 男 1  なんで、そんなことまでいわなきゃならないんだ。 男 2  「地球の医者」。そうでしょう? ……あなたは、地球の医者。それで(妙な機械)、      地球の、こう(男1のマネ)、心臓の音や血液の流れる音、呼吸の音。そう。大地      は、ひと知れず、夜中にひっそりと呼吸していて、それで、こうやって、盗み聴      きしている。地球の医者。 男 1  「詩人」なんだ。 男 2  地球だって、たまには医者にかからないと。 男 1  井戸を掘ってるんだ。 男 2  井戸? 男 1  井戸を掘り当てる方法は、なんといってもアメリカ・インディアンたちがもって      いる古い昔からの方法がいちばん優れていて、(腰から枯れ枝を出し、その両端      を持ち)……こうして両端を持ち、目をつぶり、気持ちを集中して、オマジナイ      を唱えながら歩くんだ。(……歩く)……そして、この枝が、クルリと回って下を      指す。不思議にも、その下には、水があるんだ。 男 2  へえ……。 男 1  やってみるか? 男 2  オマジナイ。 男 1  知らない。 男 2  じゃ、できないじゃない。 男 1  なんでも、いいんだ。気持ちが集中できれば。 男 2  なんでも、いいワケ。気持ちが集中できれば? 男 1  ああ。 男 2  やってみる。        □男2、枯れ枝を持ち、舞台を目を閉じて歩く。 男 1  どうだった? 男 2  下にクルッて、向かないのよね。 男 1  オマジナイ? 男 2  ナマコちゃん。ナマコちゃん。ナマコちゃん。 男 1  ふざけてんのか。 男 2  ふざけてないわよ。(枝を返す) 男 1  ふざけてる。(枝を受け取る) 男 2  お邪魔みたいだから。        □男2、去ろうとする……、 男 1  行くのか? 男 2  じゃ。 男 1  タバコ。 男 2  いんない。今度、逢ったとき、荷物、持たしてあげる。そいじゃ……。 男 1  ああ。 男 2  じゃ。 男 1  じゃ。 男 2  (舞台のハジまで行き)じゃ。元気で。 男 1  お前もな。 男 2  ありがとう。じゃ。 男 1  ああ。 男 2  (去らない) 男 1  …… 男 2  風の無い夜は、蒸し暑い。……ああ、蒸し暑い。……なんて、蒸し暑い夜なんで      しょう。 男 1  …… 男 2  もう少し、いようかしら。 男 1  …… 男 2  そうだ。誰かさんに、荷物、持たせてあげよう。        □男2、再度、舞台の中央へ戻り、男1へ荷物を差し出す。 男 1  お茶でも、飲むか? 男 2  いま、なんてった? 男 1  お茶でも、飲むか? 男 2  お茶、ご馳走してくれるの、このあたしに。 男 1  …… 男 2  行く、行く、行く。どこ? 松坂屋? どこ? 行く、行く。        □男1、リヤカーを覆っていた大きな布を取る。         家財道具が山のように積まれたリヤカーがあらわれる。 男 2  ……?        □男1、リヤカーより、ゴザを出し、舞台に敷く。         座布団、卓袱台等を舞台に並べ、お茶のセットまで置く。 男 2  ……? 男 1  (「坐れよ」と手招き) 男 2  (「あなたは」)イカレてる。 男 1  …… 男 2  パリのカフェ・テラス。じゃあ……。 男 1  …… 男 2  上野公園の大お茶会。嬉しい……。 男 1  …… 男 2  ねえ、なんか、話して。 男 1  名前でも、訊こうか。 男 2  うわあ、名前、訊かれちゃった。「孤独な子猫」。 男 1  ありふれてるな。 男 2  じゃ、「上野動物園のイルカ」。 男 1  「上野動物園のイルカ」? 男 2  そう。 男 1  どういうワケ? 男 2  ワケなんか、どうでもいいじゃない。 男 1  ワケなんか、どうでもいい。 男 2  「科学博物館のクジラ」。 男 1  「上野動物園のイルカ」が、いい。 男 2  「足の短いカンガルー」。 男 1  イルカがいい。いい名前だ。 男 2  どうしたの? 男 1  いま、お茶、いれるから。 男 2  「東京には空がないという。天の川さえみえないよう」。 男 1  (なにかを探している) 男 2  これで(リヤカーのこと)、どっか、行くつもり? 男 1  あたり。熊本。 男 2  九州の? 男 1  天草へ帰るんだ。 男 2  本気? 男 1  アッ。 男 2  どしたの? 男 1  水筒がない。(男2に向かって)水筒がない。 男 2  (じぶんの荷物を引きつけ)持ってません。 男 1  いつも、ここに、入れてあるはずなのに。ここが、水筒の置き場所なのに。 男 2  …… 男 1  あ、あった。 男 2  「記憶」とは「思い込み」の別名。あった? 男 1  (玩具のピストルを撃つ) 男 2  幾才? 男 1  (リヤカーに乗っているものを示し)タンス。テレビ。カセット。電熱器。茶筒。      茶こし。湯飲み。急須。この空間には、なにが入ってると思う? 男 2  象。 男 1  アタリ。 男 2  なに(リヤカーに積まれている荷物を指し)、それ? 男 1  これか(なにかを示す)? 男 2  ちゃう。そっち。 男 1  これか? 男 2  ちゃう、ちゃう。そっち。 男 1  あ、これか(古い壺)? 男 2  そう。ちょっと、みせて。 男 1  (壺を出し、男2へ渡す) 男 2  (受け取り)……うん。いい感じ。ちょうどいい重さ。 男 1  (「君なら」)なんに使う? 男 2  うむ。壺のなかに雨が降る。壺のなかに雪も降る。干ばつ、たまには暴風雨……。      「鉄鉢(てっぱつ)の中へも霰(あられ)」。 男 1  山頭火。インテリ。 男 2  (微笑)……つまり、壺に向かっていいたいことをいうワケ。魂の本音をいうワケ。      壺は、魂のストレス解消装置。だから、壺のなかは、いつも悲しい魂でいっぱい。 男 1  タンツボだ、魂の。 男 2  乞食だと思って、汚いいい方は、許さないわヨ。 男 1  ごめん。(壺を受け取り、壺に向かって)……オレは、結婚がしたい。ババァーと      二人は、イヤだ。        □二人、微笑。 男 2  けっこう、素直なんだ。 男 1  相手による。 男 2  …… 男 1  壺は、じぶんが、こんなふうに使われるなんて、夢にも思わず、生まれてきたろ      う。君の番……。(壺を渡すときに、男2の手を触る) 男 2  (壺を受け取り)なに? 男 1  いや、イルカの肌って、黒くて、濡れてて、ツヤツヤしてるだろう……、 男 2  黒くて、濡れてて、ツヤツヤしてんの、好きなのわかるけどサ。 男 1  悪い。 男 2  わたしは、わたしは……、ホントにいいたいことって、なかなかみつからないも      のね。……わたしは、わたしは、相手を殴って、殴られず、一度ケンカに勝って      みたい。 男 1  (「ケンカ」)弱いの? 男 2  強い、とは、いえないの。 男 1  毛虫って、なに? 男 2  あっ。毛虫。ちょっと、待って。(ポケットからさきほどのマッチ箱を 出し、      蓋を開け)……毛虫。……ね。 男 1  珍しい色。 男 2  珍しいでしょ? 珍しいから、とっといたの。誰かに、みせたくて。 男 1  くんない。 男 2  意外に、ひとなつこい。 男 1  …… 男 2  なにすんの? 男 1  殺すの。 男 2  (蓋を閉めて)どういう教育受けてきた? よく、そういうこと、いえる。 男 1  いや、毛虫を殺す新しい方法を発見したんで……。害虫だし。 男 2  もっと違ったもの発見したら、いい大人。 男 1  …… 男 2  聞いてあげる。聞くだけ。あげない。 男 1  納豆に付録で付いてくる黄色いカラシ、毛虫の上へニュウってかける……。 男 2  (想像してから)二つ、質問していい? 男 1  …… 男 2  その一。あなたの子供時代、年がら年中、両親はケンカをしていて、大変不幸な      子供時代を、あなたは過ごした。 男 1  そんなことまで、立ち入らないでヨ。 男 2  じゃ、これには、応えてちょうだい。その二。毛虫を殺すために納豆を買うのか? 男 1  …… 男 2  それとも、納豆を食べたくて納豆を買うのか? どっち? 男 1  …… 男 2  じゃ、毛虫を殺した後の納豆、どうすんの? 男 1  食べる。 男 2  食べる? 男 1  いや、だから、もちろん、カラシなしで。 男 2  納豆、カラシなしでなんて、食べないでヨ。ニンピニン。 男 1  だって、カラシ、そこで、使っちゃって、ないんだもん。 男 2  やだ、このひと。 男 1  や、タマゴは入れるんだ。それに、最近、チューブに入ったカラシ売ってるし、      それを使えば……、 男 2  だったら、はじめっから、それ、使えばいいじゃない。なんで、納豆のカラシな      んて、手のこんだことかんがえる? ああっ、アタマんなか、糸、引いてきちゃ      った。 男 1  …… 男 2  ちょっと、あたし、もう帰る。 男 1  (男2の荷物の中身を強引に調べる) 男 2  ちょっと、なにしてる。 男 1  (かまわず続ける) 男 2  ちょっと、やめて。 男 1  なんで? 男 2  「なんで?」って、他人に、こんなことされたら、やでしょうが。それとも……、      (リヤカーのタンスを開ける)? 男 1  なにすんだ? 男 2  アッ? 男 1  アッ。バカッ。 男 2  (引き出しを閉め)なっ、なっ、……なに、これ? 男 1  見たな? 男 2  化け猫映画みたいないい方やめて。        □効果音楽、流れ出す。         照明、暗くなる。 男 1  ああああっ……、 男 2  なに? なに? 男 1  遅かった。 男 2  なに? 帰ろう。 男 1  もう遅いヨ。 男 2  …… 第二景 夜の夢の中へ        □音楽、たとえばザンフィルの「蛇のバラード」。         照明は、まったく一景とは違った色になる。         効果音楽、高鳴るなか、男3に手をひかれ、ひとりの老婆があらわれる。         この老婆、リヤカーのタンスのなかからあらわれる。         やがて、老婆、中央まで……。         この光景を、呆然とみている男1、2……。 第三景 天草への旅 老 婆  いらっしゃい。お友だち? 男 1  …… 男 2  (危害は加えられないとかんがえたのか)……イルカです。 男 1  (「バカそんなこというと、大変だぞ」) 老 婆  イルカ? 男 3  イルカ? 老 婆  へえ。 男 3  へえ。 男 2  …… 男 3  (男2をこずく)……イルカ。……イルカ。 男 2  帰ろうかな。用事、思い出しちゃった。 男 3  イルカに、用事はない。 老 婆  (イルカを呼ぶ) 男 2  …… 男 3  危害は、加えない。 男 2  (老婆に近づく)        □老婆、イルカに触れようとする。         男2、老婆の仕草を避ける。 老 婆  あああっ……。        □結果、老婆がみっともなく転んでしまう。 男 1  あっ。 男 3  あっ。 男 2  えっ? 男 1  なんてことするんだ? 男 3  すごいナマイキなイルカ。 老 婆  どうしましょう? 男 2  えっ? だって……、 男 3  このヤローッ。 男 1  次の三つのうちから、じぶんで「罰」を選択できるんだ。一、額に×のマーク。 男 2  なに、それ? 男 1  二、じぶんで奥歯を抜く。 男 2  だから、なんだって? 男 1  三、鎖に繋がれ、みんなのいうことをきく。 男 2  四、謝って、みんなで楽しく過ごす。 老 婆  …… 男 3  …… 男 1  …… 男 2  なんか、いって? 男 1  乞食には、じぶんで罰を選択できる自由なんかホントはないんだ。今日は特別な      んだ。 男 2  (男1の腕をつかみ)……味方。……味方。 男 1  (男2を突き放す) 男 2  この指、とまれ……。 男 3  (黙って指を立てる) 男 1  (男2の指にとまろうとするが……)        □男1、老婆、男3の指にとまる。 男 2  こうみえても、ケンカ、強いんだかんね。 男 1  「相手を殴って、殴られず、一度ケンカに勝ってみたい」。 男 2  こんなこと許されない。あたし、ここら辺には、友だちいっぱいいるんだかんね。 老 婆  (咳払い) 男 3  一つ。 男 2  なんか、いって……、 男 1  三番が、いいと思う。 男 2  頼みません。 男 3  二つ。(妙な踊りをする) 男 2  ちょっと待って。いってみなさいよ。一番から三番まで。 男 1  一、額に×のマーク。二、じぶんで奥歯を抜く。三、鎖に繋がれ、みんなのいう      ことをきく。 男 2  無断でタンス、開けたから。 男 1  (「バカッ、余計なこと喋って……、」) 老 婆  タンス、開けた? 男 3  無断でタンス、開けたのか? おまえ……。これは……、 男 1  「石ツブテ」が加算されます。 男 3  (石を思い切り投げる) 男 2  ヨウシ。(着ていた服を脱ぎ、老婆に)……あげちゃう。……あげちゃう。 老 婆  (下を向く) 男 3  (男2を思い切り殴り)母は、乞食か? 男 2  わかったわよ。生爪でも奥歯でも抜けばいいじゃない。 男 3  ヨウシ。 男 2  アッ、紙くずが風に吹かれて飛んでいる、と思ったら、紙くずが花にとまった。      なんだ、モンシロチョウか。一番、お願いします。額に×のマーク。 男 1  実は、水筒もなくなってるんだ。 男 3  水筒? 水筒まで? 信じられないイルカ。 男 2  あったって、いったじゃない。 男 2  罰を回避できる方法が、ないワケでもないんだ。 男 3  兄ちゃん、中途半端な思いやりは、むしろ酷な結果を生むよ。 男 2  ワッ、ワッ、ワッ、ワッ(泳ぐような手つき)……、 男 3  なにしてんだ? 男 2  藁をもつかみたい。(それぞれに)お願いします。お願いします。お願いします。 男 1  簡単なコトでいいだ、みんなが楽しくなるような、なにかをすればいいんだ。 男 2  おもしろいコトなら、なんでもいい? ちょっと待って。(割り箸を出し、じぶ      んの舌をつまみ)……トロ。……トロ。 男 1  …… 老 婆  汚いひと。 男 3  (男2を思い切り殴り)汚いひと。 男 2  ごめんなさい。おもしろい話します。絶対におもしろい話。ええと、ええと、あ      れはダメだし、あれもダメだし……、 男 3  早くしろ。 男 2  アッ、あった。おもしろい話。 三 人  (拍手) 男 2  真っ白い一面の雪野原を、真っ白いウサギが走ってきます。「アッ、オモシロイ」。 三 人  (シラケる) 男 2  (じぶんの足で)……子持ちシチャモ。……子持ちシチャモ。 男 1  (「おまえ」)内面ないな。 男 2  (泣く)なんで、あたしだけが、こんな目にあわなくちゃいけないの。そうだ。取      り引きしましょ。取り引き。毛虫、あげる。荷物も持たしてあげる。取り引き……、 男 3  シィー。 男 2  (辺りを見回し)ヤツラか? 男 3  シィー。隠れろ。        □三人、リヤカーの背後に隠れる。         男2、逃げようか、隠れようか、ウロウロ……。         男2、男3のいるところへ隠れる。 男 3  アッチ行け。 男 2  はい。(男1のところへ)すいません。 男 1  様子、みてこい。 男 2  様子、みてきたら、罰、免除してくれる。 男 1  月の光で、キラリと光るモノをみつけたら、ヤツラだ。 男 2  なにが「キラリ」と光るんですか? 男 3  そんなこと、イルカは訊かなくていい。 男 2  コッチのひとと話してるんですからね……。 男 3  ヤローッ。(なんか投げようとする) 男 2  「窮鼠、猫は、ハムが好きって」、知らない? 男 1  (男2をはたく) 男 2  痛い。 男 1  大声出すな。みてくるのか、こないのか? 男 2  罰、なし。        □男2、恐る恐る舞台中央へ……。 男 2  誰かいますか? 誰かいますか? 誰かいますか? ……誰もいませんね。        □舞台には、なんの異変も起こらない。 男 1  ウフッ、罰、なし。 男 1  魚臭くないか? 男 2  魚? (匂いを嗅ぐ)クン、クン……。そういわれれば、うむ、……魚臭い。 男 3  兄ちゃん、ヤツラだ。 男 1  うん。 男 2  ヤツラって? 男 1  仕方がない。 男 3  だって? 男 2  仕方がないだろう。やるか。 男 3  ……        □男1・3、ゆっくり舞台中央まで……。         二人、大声でなんか歌う。         「ヤツラ」が消えていく……。         男1・3、安堵する。 男 2  それをやると、ヤツラは逃げるんですか? 男 3  シィーッ。 男 1  母を連れて、天草へ帰るんだ。 男 2  ……? 男 3  手伝ってもらいたい。 男 2  手伝う? 老 婆  あなたの力を、ぜひ、お借りしたいんです。 男 2  なにを? 男 3  一緒にリヤカーを、押してもらいたい。 男 2  (リヤカーをみて)……ええっ? 男 3  他に、仲間もいるんだ。 男 1  あれは、よそう。 男 3  兄ちゃん、ちゃんと説明した方、いいよ。 男 1  おまえに、「兄ちゃん」と呼ばれる筋合いはない。 老 婆  ちゃんとした方がいいわ。 男 3  ホラッ。 男 1  おまえこそ、ちゃんとしろッ。 第四景 夕陽の女        □リヤカーの背後より、女、出てくる。         女、男1の側へ……。 男 1  …… 女    (男1へ)優しさって、優柔不断のことよ。周りを傷つけまわってるのよ、あなた      は。わからない? ……あたし、もう身体が破れそう。        □女、男1の身体に雪崩れ込む。         男3、男2の尻を蹴り、リヤカーの背後へ連れ込む。         老婆は、そのまま坐る。         女、男1より離れる。 女    「夕陽、沈みそうね。 男 1  「賭けようか、オレはあれが沈みきるまで、息をとめていられる。 女    「いいわよ、息なんかとめなくても。昔はもっと素敵なことをいったわ。 男 1  「どんな? 女    「あの夕陽が沈むあたりは、どんな街だろう。かんがえてごらん。行ったふりし       て。住む楽しさを。 男 1  「忘れたな。 女    「どんな街だったの。行ってみたんでしょ。ひとりで。 男 1  「ふつうの街さ。 女    「運河があって、長い塀があって、 男 1  「古びた居酒屋があった。 女    「そこで、お酒飲んでたのね? 男 1  「飲んでたら、二階からあの男が、降りてきたんだ。 女    「だれ? 男 1  「黒い外套の、おれの夢さ。おれは、思わず匕首を抜いて、叫んじゃった。船長、       おれだ。忘れたかい? 女    「ほんと? 男 1  「ほんとさ。 女    「……沈みそうね、夕陽。        ◆辻征夫著「落日……対話篇」より。 男 1  (リヤカーより書類を持ってくる)……ポイント方式なんだ。送ってみようか、二      人の名前で? 女    なに? 男 1  「都営住宅申込書」。 女    (受け取り、読む)……「あなたのお住まいについて、あてはまるところは○をつ      けて、数字を記入してください。一、現在の住宅は? 借家・木造アパート・一      時収容施設。 男/女  (微笑)……一時収容施設。 女    「二、隣に住んでいるひととの部屋の境が、襖とかベニヤ板で仕切られていて、       話し声が筒抜けです。 二 人  (舞台を見回す……) 男 1  境がない。 女    「三、部屋の床が傾いたり、陥没したりしていて、住むのに支障があります。 男 1  …… 女    「四、柱や梁が傾いたり、土台が腐ったり、壊れかけています。 男 1  …… 女    「雨が、著しく吹き込みます。五、飲み水として、井戸……、 男 1  もう、やめよう。やめない。バカバカしい。 女    あっ、ちょっと待って。「現在、住んでいる住宅に、寝たきりの病人、あるいは      痴呆老人がいます。 老 婆  (微笑) 女    猫じゃないんだから、いつまでもそんなところで、背中丸めて坐ってんじゃない。      何度いったらわかる? 老 婆  …… 女    年寄りは、ひとに好かれるようにしなくちゃダメ。……汚いんだから。……死ん      じゃえ。 老 婆  (玩具のピストルで、女を撃つ) 女    (水鉄砲で老婆を撃つ) 老 婆  (ビショ濡れになりながら、音の出る風船を女に向けて鳴らす) 女    (新しい音の出る風船を出し)……ヨシタミさん。 老 婆  ? 男 1  (風船を受け取り、老婆に向かって鳴らす) 老 婆  (号泣) 女    (リヤカーから、枕を出し、老婆へ)……寝れッ。 老 婆  (男1をみる)? 男 1  寝れッ。        □老婆、寝る。 女    (「今夜の」)ゴホウビ。(じぶんのスカートをたくし上げ)……触ってもいいのヨ。 男 1  …… 女    触ったら……。 男 1  (触ろうとする) 老 婆  (「あたしが」)触ろうか? 女    (いきなり老婆の首を絞める)……死ね。 男 1  やめて。(……女を老婆から放す) 女    …… 老 婆  …… 男 1  怒られると、息をとめて、相手を困らせるんだ。子供の頃、そうやって母を困ら      せた。いまは、逆に困らせられている。 女    なんで、こんなことが、毎日、繰り返されるの? 男 1  (「ごめん」) 女    家を建てるのなら、世田谷あたりがいい。閑静で、表通りに面していない、少し      奥まったところに家を建てましょう。庭も造りましょう。庭には、柿、桃、梨、      みかん、梅、無花果、柘榴、枇杷……、実の成る樹を植えたい。        □女、リヤカーの背後へ消える。         男1、老婆をしばらくみている。         やがて、男1もリヤカーの背後へ消える。 第五景 姉を慕う男        □老婆、男1が去ると、砥石を出し、包丁を研ぎはじめる。         男3、リヤカーの背後から出る。         男3、砥石に水をやる。         二人、微笑。 老 婆  どう? 男 3  まあ……、 老 婆  亡くなった亭主が、あなたによく似てて。 男 3  死んだ姉が、あなたに似てて。        □二人、甘納豆などを食べ合う。         老婆、眼をつぶり、唇を出す。         男3、あたりをキョロキョロ。老婆に長ーいキスをする。 老 婆  (男からやっと放れ)ああああっ……、 男 3  (急に泣き出し)ああああっ、ごめんなさい。今日は、姉ちゃんの命日。 老 婆  いいの。いいの。 男 3  (泣いている)ああああっ……、 老 婆  (リヤカーの仏壇より「チン」を取り出し)これ、使うんでしょ? 男 3  (泣きながら「チン」を鳴らす。以下のセリフ泣きながらいう)……姉は裏切られる      ことを知っていて、その男を愛したのです。男は、子供のぼくの眼からみても、      だらしない男でした。でも姉は、家族の忠告など寄せ付けず、結局は、男と駆け      落ちしてしまいました。そして五ヶ月、姉は、お腹を大きくして帰ってきたので      す。冬、冬だというのに、夏物の白いブラウス、……一緒に買いに行ったの、そ      のブラウス、ぼく、姉ちゃんと。だから、憶えてんの。……その白いブラウス一      枚に、素足にサンダルを引っかけ、玄関に立っていました。そのとき、サンダル      からはみ出した姉ちゃんのしもやけの親指、憶えてる。寒そうに立ってた姉ちゃ      ん。父は、なにもいわずに、母にお風呂道具を持たせ、母と姉をお風呂へやった      のです。夜中になると、戦争の後遺症で騒ぎ回る父でしたが……「あッ、敵だ。      敵だ。敵襲。敵襲。全員、配置に付け。」……そのとき、はじめて、偉いなと思      いました。お風呂から帰った姉を、キレイだと思いました。……姉ちゃん、そっ      くり。(……再度、老婆へキスを試みる) 老 婆  (拒み)お姉さんは、それで? 男 3  死にました。子供を連れて。ああああっ、美しかった姉ちゃん。        □男3、老婆に抱きつき、半ケツを出し、イッ(射精し)てしまう。 老 婆  (チン) 男 3  (「チン」を持ち、リヤカーのところまで行き)これ、ここですよね。 老 婆  (頷く) 男 3  (「チン」をリヤカーに置き、去る) 第六景 お米を乞う男        □男4、男3と入れ替わるようにリヤカーの背後より出る。 男 4  (小声で)……花ちゃん。花ちゃん。花ちゃん。 老 婆  …… 男 4  そっち行っても、いい? 老 婆  断っても、くるんでしょう。 男 4  メゲナイ、あたし……。今晩は。 老 婆  …… 男 4  あいつ、臭かったでしょ? 老 婆  …… 男 4  おたくも大変ね。若い嫁にはイビラれて、じぶんの息子にゃ嫌われて、おまけに、      あんな化け物抱えて。これも、なにかの因縁か。 老 婆  今日は、なんでしょう? 男 4  これ。(なにか、記念品を差し出す) 老 婆  ? 男 4  形見。 老 婆  形見? 男 4  取っといて。 老 婆  一緒に天草へ行ってくれるって……。どうして……? 男 4  ハイッ。        □効果音楽、入る。         たとえば、「悲しい酒」の一番を歌う。 男 4  (一升ますを出し)……悪いけど、また(「お米を」)都合してくれないかしら。「い      え。あたしは、いいの。あたしは、どんなに貧しくとも、あたしより世の中には、      もっともっと貧しい人たちがいるんですもの。あたしの貧しさなんて」……けど、      けど、あの、精神だけでは、生きていけない。人間て、辛いコトよね。 老 婆  大袈裟ね。 男 4  (十字をきる) 老 婆  いいわよ。少ししかないけど。 男 4  気持ちがうれしい。量なんか……、 老 婆  (お米を渡す「天草へ」)……一緒に行かないの? 男 4  (お米をもらい)ありがとう。あたしがいたんじゃ、足手まとい。こんな身体じゃ。 老 婆  じゃ、どうすんの? 男 4  伊豆辺りの温泉で降ろしてもらえるかしら。そこで、身体、少し休めて。 老 婆  お医者さんに……、 男 4  そんなお金ありゃしない……、 老 婆  じゃ、伊豆の温泉までは一緒に行きましょう。 男 4  ありがとう。ホントにありがとう。        □男4、リヤカーの背後に消える。 第七景 ミス・ブランニュー・デイ        □老婆、カセット・テープをかける。         サザン・オールスターズの「ミス・ブランニュー・デイ」がかかる。         老婆、ひとりで静かに音楽を聴いている。      「夢に見る姿の良さと美形のBlue Jean       身体と欲でエリ好みのラプソディー       Oh,Oh,Miss Brand-New Day       皆同じそぶり       Oh Miss Brand-New Day       誰かと似た身なり       意味のない流行の言葉と見栄のIllusion       教えられたままのしぐさに酔ってる                  (サザン・オールスターズ) 第八景 鈴虫奇譚        □男2、リヤカーの背後より出てくる。 男 2  三番、選んじゃった。(手が紐で結ばれている)……結わかれて、みんなのいうこ      とをきく。 老 婆  大雨のとき、鈴虫なんかは、どうするんだろう? 羽、濡れちゃったら、困るだ      ろうな。 男 2  やっぱり雨宿りするんじゃないんでしょうか。 老 婆  どこで? 男 2  葉っぱの下とか、縁の下……。 老 婆  どういう風に? 男 2  いや、あの……、 老 婆  みたことあるよ。 男 2  鈴虫の雨宿り? 老 婆  夜、雨が降って、雨がやんで、水たまりができて、鈴虫が水たまりのなかで一匹      溺れてた。痙攣して。鈴虫の羽って、リーンリーンって鳴くから、さぞかしキレ      イとおもうだろうけど、アブラムシの羽と同じ色だった。うすい油紙みたいな色      だった。 男 2  なんで、そんなもの、みてたんですか? 老 婆  …… 男 2  いや、水たまりのなかで溺れている鈴虫をみつめているご婦人の後姿を想像しま      して。 老 婆  …… 男 2  つまらないこと、お喋りしました。 老 婆  …… 男 2  あの、これ(「この状況は」)、どういうことなんでしょうか? 老 婆  ? 男 2  いえ……、 老 婆  「スイカ」ってなんで「スイカ」っていうの? 男 2  はじめにスイカをみたひとが、あんまりスイカがデカイんで、「ス(スゲェー)」、      スイカを割ってみたら中身がいっぱいなんで「イー」、 老 婆  「カ」は? 男 2  中身を全部食べてしまって軽くなったから「カー」……。 老 婆  おもしろいひと。 男 2  これ(リヤカー)で、九州の天草、行くんですか? 老 婆  …… 男 2  行けるとおもいます? 老 婆  …… 男 2  汽車とかで行けばいいじゃないですか? 老 婆  …… 男 2  これで行くことに意味があるのか。……いや、行こうとおもえば、行けるか。で      も、スゴイな。 老 婆  どこの生まれ? 男 2  どこだとおもいます? 老 婆  南。 男 2  アタリ。 老 婆  九州でしょ?        □男1、リヤカーの背後より出てくる。 男 1  (二人をみて)……楽しそうじゃない。 男 2  …… 老 婆  ……        □男1、リヤカーより、なにかを取り出す。 老 婆  (リンを鳴らし)……それは、あたしのソーメン。 男 1  そういうこと、いい出したらキリがないぞ。        □男1、去ろうとする。 老 婆  「夕陽、沈みそうね」。 男 1  ちょっと外してくれないか。 男 2  こういうときは、他人がいた方が……。 男 1  これ(ソーメン)は、おれが買ったんだ。 老 婆  そう。 男 1  世間には、ひとまわりくらい歳の違う女房もらう例はいくらもある。 老 婆  カレーライス、キライ。 男 1  「好き嫌い」、いい年して、いうんじゃない。 老 婆  あたしを殺そうとしてる。 男 2  えっ? 男 1  (「なに、いうんだ、バカッ」) 老 婆  (「これ、みろ」)        □老婆、リヤカーの引き出しを開ける。         引き出しより、カレー粉がたくさん転がり出る。 男 2  なんですか、これ? 老 婆  (「カレー」)キライ。 男 1  悪いけど、片づけてくれないか。 男 2  はい。 男 1  「好き嫌い」いうんなら、勝手にじぶんで作って、喰え。        □再度、男1、去ろうとする。 老 婆  鈴虫に蠅をやったのは、だれ? 鈴虫は、蠅は食べない。 男 1  なんで、あいつの履き物、隠したりするんだ? 老 婆  物の置き場所を、勝手に変えないで。 男 1  あいつの枕に、針が、入ってた。 老 婆  …… 男 1  洗濯物のたたみ方まで、強要するな。 老 婆  …… 男 1  (別の引き出しを開けようとする) 老 婆  触るな。 男 1  (老婆を殴る) 老 婆  (倒れる) 男 2  なにするの、お年寄りに。 第九景 砂浜        □男1、引き出しを舞台中央まで運ぶ。         引き出しのなかには、いっぱいの砂が入っている。 男 1  また(「砂が」)増えてる。アイツと集めてきたのか? 老 婆  ……        □男3、リヤカーの背後より出る。         男3、ポケットから砂を出し、引き出しに入れる。 老 婆  ……        □男1、引き出しの砂をバケツに回収する。 男 1  やめろとは、いわん。だが、こんなことして、どうするんだ? 男 3  (微笑) 男 1  笑うな。 男 3  泣こうとしてるんだ。 男 1  ……        □老婆、引き出しの砂のなかから、位牌を取り出す。         老婆、位牌に手を合わせる。         この光景を、呆然とみている、男2。 老 婆  あたし、イルカと泳いだことがあるんだ。親子連れのイルカだった。「沖の方へ      は出ちゃいけないよ」、父にはよくそういわれてたんだけど、夏の盛りの畑仕事      の手伝いがイヤで、海へ遊びに行ったときのこと。イルカの親子は近寄っては離      れて、いなくなったとおもったら、深いところから急に顔を出したりして。少し      怖かったけど、うれしかった。子供イルカの口は、買ったばかりのゴムマリみた      いだった。 男 1  …… 老 婆  天草、いいところだ。 男 1  …… 第十景 アシカ、鳴く        □女、リヤカーの背後より出る。 女    なにか、聞こえません?        □全員、聴き耳をたてる。 女    アシカです。        □再度、全員、聴き耳をたてる。 女    アシカが、鳴いているんだわ。 男 3  アシカだ。アシカが鳴いてるんだ。 女    お母さん、アシカ、みに行かない? 老 婆  …… 男 2  だって……? 男 1  上野動物園が近いんだ。 女    塀なんか、みんなでよじ登っちゃえばいいじゃない。 男 3  行こう。決めた。        □男4、リヤカーの上から顔を出し……、 男 4  守衛は寝ている。いまなら、西口通用門裏側の塀のところからなら、アシカのと      こまで忍び込める。 男 3  花さん、行こう。 男 1  行こう。 女    行きましょう。 老 婆  行きましょう。 男 3  アシカ、みに行くよ。 男 2  行く。 老 婆  行きましょう。 男 2  (うなづく)        □男2、男4を残して、全員、舞台下手へ去る。 男 2  (男4へ)勝ちゃん、でしょう? 男 4  (下手へ去ろうとしていたが、立ち止まり)…… 男 2  関越自動車道の勝ちゃん、でしょう? 男 4  知ってたよ、キミちゃんだって。 男 2  東北自動車道のキミコ。あの、クルマに跳ねられたって……、 男 4  助けてもらった、このひとたちに。これは(リヤカー)、ぼくの新しい家族。 男 2  家族? 男 4  一緒に行かない? 先、行ってる。 男 2  ……        □男4、舞台下手へ去る。 男 2  (リヤカーを見回し、なにかを取り上げ)……これ、もらっとこ。……そう。アシ      カ・プール。あたしも、アシカ・プール、行ってみようかな。        □男2、舞台下手へ去る。         効果音楽、たとえば「行進曲」が、鳴り響く。 エピローグ アシカ・プール        □下手より、水着に着替えて、全員、行進して出る。 男 3  第一のコース。森君。神奈川県@@市出身。58キロ。高田中村座所属。38才。      ドルフィン泳ぎ。趣味、レコード鑑賞。よろしく。 男 1  第二のコース。山口君。熊本県@@市出身。65キロ。花月園所属。36才。抜      き手。趣味、切手収集。よろしく。 男 4  第三のコース。勝ちゃん。北海道@@出身。59キロ。卍所属。27才。クロー      ル。趣味、なし。よろしく。 女    第四のコース。山口文子。福島県@@市出身。45キロ。卍所属。23才。平泳      ぎ。趣味、読書。よろしく。 老 婆  第五のコース。山口花。熊本県天草市出身。50キロ。卍所属。犬かき。趣味、      カラオケ。よろしく。 男 2  第六のコース。イルカ君。不忍池出身。61キロ。湯島困民党所属。38才。背      泳ぎ。趣味、段ボール回収。よろしく。 男 3  全員、位置について。        □全員、仮想のスタート台に立つ。 男 3  ヨーイ、ドン。        □暗転。        ■おわり。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/