_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 菅間馬鈴薯堂・第十九回公演上演台本(二〇〇六年の初冬の公演) ちっとも売れない演歌歌手/影山ザザ・シリーズW 夜明け舟(決定稿) _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 作・演出◆菅間 勇  照明◆石田 道彦  美術◆西山 竜一  音響◆関口 敦史 劇場◆王子小劇場    日時◆十二月七日(木)〜十日(日) <場面構成>           <登場人物>  第一景 小樽「グランド劇場」   @影山 ザザ(売れない演歌歌手)  稲川実代子  第二景 高倉と朝子       A三枝 和輝(ザザのマネージャー) 大塚 秀記  第三景 三枝と朝子       B城之崎美枝(ストリッパー)    坂本容志枝  第四景 掛川と安藤@      C風間 朝子(ストリッパー)    やおいたまさこ  第五景 ザザの<淡い夢>     D掛川 三郎(北海道警の警官)   大間 剛志  第六景 掛川と安藤A      E安藤 芳美(北海道電力の社員)  渋谷 真和  第七景 朝子と梅本とザザ    F梅本  肇(ザザの元亭主)    竹廣 零二  第八景 城之崎と三枝とザザ   G博多のヤクザ三人組(高倉健吾・滝沢孝則)  第九景 掛川と安藤B      H    ゝ    (茶嵐茶羅男・大間剛志)  第十景 旅立ちの朝       I    ゝ    (沈元斎・渋谷真和)  エピローグ 北の邦へ <時間・場所>  二〇〇六年の初冬、十二月初旬の幾日か。北海道・小樽の街はずれのストリップ劇場。 <舞台>  舞台装置(美術)は、田舎のストリップ小屋の内景で、舞台と観客席と両方が設えてある。  古風なストリップ小屋の舞台は、粗末なベニヤの板敷きで、観客席はゴザ敷きだ。  板敷きの舞台には、ストリップ劇場らしく<デベソ>があり、観客席に迫り出している。  客席には、座布団、イス、照明器具、碁盤、火鉢等、様々な雑多なものが置いてある。  また、客席の端に不釣り合いな一台の大きなピアノが置いてある。  登退場口は、ただ一つ。舞台の下手奥だ。  ※とにかく小樽は<寒い>ということを、<衣装>として楽しく遊びましょう。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 第一景 小樽「グランド劇場」        □場内、薄暗い。         登退場口より、サングラスに、パリッとした身なりの博多のヤクザ三人組         が、入ってくる。三人、ゴザ敷きの<客席>に着く。         三枝、カツラ等を身に着け、はじまりの「ブザー」のモノマネをする。         舞台上の<舞台>と<客席>、暗くなる。         三枝に、淡くスポットが当たり、司会役の三枝の「場内挨拶」だ。 三 枝  本日は、お忙しいなか、当「小樽グランド劇場」にご来場くださいまして、ありが      とうございます。それでは、当劇場が誇ります、夜の女王、あなたの友だち、あ      なたの遠い故郷、ファンキー・城之崎、登場です。拍手でお迎えください。拍手!        □全員、拍手。         坂本冬美の「夜桜お七」、流れ出す。 三 枝  出ます!        □再度、全員、拍手。         ストリップ照明が眩しい。<小樽グランド劇場>のストリップのはじまりだ。         ファンキー・城之崎、<舞台>にあらわれ、「夜桜お七」で、しばらく踊る。        「赤い鼻緒がぷつりと切れた  すげてくれる手ありゃしない         置いてけ堀をけとばして  駆けだす指に血がにじむ         さくら  さくら  いつまで待っても来ぬひとと         死んだひとと  おなじこと         さくら  さくら  はな吹雪  燃えて燃やした肌より白い花         浴びてわたしは  夜桜お七         さくら  さくら  弥生の空に  さくら  さくら  はな吹雪」 三 枝  ……ア、ヘッ! ……ア、ヘッ!        □元斎、静かに<デベソ>に立ちあがる。 城之崎  (元斎の足元をぶつ)        □元斎、効果室とおぼしき楽屋へ……、 元 斎  音楽、やめろ! 三 枝  ? 茶羅男  音楽、やめろ……、 三 枝  ? 元 斎  音楽、やめろ! 茶羅男  聞こえねえのか。音楽、やめろってんだ……、        □音楽、少し小さくなる。 三 枝  お客さん……、 元 斎  消せ、音楽!        □城之崎、手を挙げると、音楽、消える。        ◆舞台、急速に明るくなる。 三 枝  アレでしたら、お帰りいただいて。お代は、お返しします。 茶羅男  引っ込んでろ、上海ブタ。 三 枝  いやがらせか! 城之崎  (三枝に)やめなさい、三枝ちゃん。こういうひとたちの「手」なんだ。(男たちに)      お客さん。あたしら、踊り見ていただいて、なんぼの商売……、 元 斎  (城之崎へ)How Old Are You? (幾才だ?) 城之崎  二十三。(前に出て) 茶羅男  ……なんだ? 城之崎  小樽グランド劇場は、善良なストリップ劇場です。(微笑) 元 斎  What Is Your Name? (名前?) 城之崎  ファンキー・城之崎! ご贔屓に。 高 倉  (ゆっくり立ち上がり、城之崎に)ローカルって、いいですねえ。……(三枝に)師      走の小樽は、噂通り、思いのほか、しばれますね。(周囲を見回し)いい劇場だ。 三枝達  ? 元 斎  小樽の名物は? 「ファンキー・城之崎」、なんていったら、承知しねえぞ。 三 枝  「石原裕次郎記念館」。 城之崎  「渡哲也の水」。 茶羅男  売ってんのか? 城之崎  三百円。 高 倉  ちょっと黙ってろ。 茶羅男  (頷く) 高 倉  (懐中より封筒を出し、舞台の上に置く) 三枝達  ? 高 倉  些少ですが、ご祝儀の替わりです。受け取ってください。(札入れより千円) 城之崎  (「ご祝儀」を受け取る) 高 倉  (ピアノを見て)ここは、歌も聴かせてくれるんですか。(元斎を見て微笑む)……      少し、遊ばせていただいたら……、 元 斎  ヘッ。……(携帯電話のスイッチを入れる)        □クレイジーケン・バンドの「タイガー&ドラゴン」、流れる。 元 斎  (三枝達に)……借りるよ。(<舞台>へ上がる)        □三枝たち、<観客席>の端に移動する。         元斎、クレイジーケン・バンドの「タイガー&ドラゴン」を、歌う。 高倉達  「トンネル抜ければ 海が見えるから そのまま ドン突きの三笠公園で       あの頃みたいに ダサいスカジャン着て……」 高 倉  もういいだろう……、 元 斎  (歌をやめ)……はい。 茶羅男  「前座芝居」は、ここまでだ。 元 斎  ここからが、本題だ。 三枝達  ? 高 倉  三枝さん、お久しぶり。        □博多のヤクザ三人、サングラスをとる 三 枝  「博多天神組」の、高倉・健・吾・さん……、 城之崎  え? 茶羅男  知ってるよな、茶嵐茶羅男(チャラ・チャラオ)。 元 斎  (じぶんの頭を殴り)「……痛ェーッ! ヒァーッ! やったなあ!」。……沈元斎      (チン・ゲンサイ)。……博多男、廻りっくどいは、スカンぞい! 茶羅男  単刀直入に、訊くばい。 高 倉  朝子が、ここにいることは承知しています。朝子を、返してもらいたい。 元 斎  ここにいるのは、ちゃんと調べがついてんだ。 茶羅男  かくまっとるのは、わかっとっとよ。 高 倉  朝子を、返してください。 三 枝  …… 高 倉  (坐り、頭を下げ)この通りです。 元 斎  兄貴が、頭下げて頼んでんだ。 茶羅男  頭下げて頼んでんだ、兄貴が。 元 斎  朝子姉(ねえ)さん、かくまったって、ムダとよ。 三 枝  「男なら、力尽くで奪ってみろ」。 城之崎  やめなさい、三枝ちゃん! 元 斎  なに! 茶羅男  この(胸になにかを隠している)膨(ふく)らみは、ダテじゃねえぞ! 高 倉  オモチャは、しまっとけ。 茶羅男  ヘッ。 三 枝  (城之崎に)大丈夫。(高倉に)あの、明日の晩、出直してきていただけませんか? 元 斎  兄貴の「姉さん」寝取っといて、ヒョーロクダマ! 茶羅男  ぶんぶく茶釜。 三 枝  逃げも隠れもしません。お願いします。 高 倉  三枝さん、そりゃ、無理だ。博多男は、気が短い。 元 斎  朝子姉さん、早く出せ! 茶羅男  早く出すんだ。 三 枝  お願いします。 元 斎  ヤロウッ……、        □突然、影山ザザ、旅行カバンを持ち、<客席へ>入って来る。 ザ ザ  高倉さん! ……三枝が、なにをしたんでしょうか? 三 枝  ザザ……、 城之崎  ザザさん……、 高倉達  影山ザザ……、 ザ ザ  アタマを下げて、(「三枝が」)「明日、出直して来てくれ」って、お願いしてします。      無理を承知で、あたしからも、お願いします。また明日、出直してきてくれませ      んか。この通りです。お願いします。 元 斎  「温泉歌手」が……、スッこんでろ! 高 倉  影山の、ザザさん、その節は、 茶羅男  お元気そうで、なによりです。 ザ ザ  あたしの出る幕じゃないことは、重々わかっています。でも、今夜のところは、      なんとか、お引き取り願えないでしょうか。明日、出直して来ては、いただけな      いでしょうか。 元 斎  そういうワケには、金時計だ! ザ ザ  そこを、なんとか、お願いします。 茶羅男  そこの、中性脂肪が、朝子姉さん、連れ出して、ここに、かくまっとっとよ。 ザ ザ  朝子さん? ああ、高倉さんのいいひとだった……、すいません。 高 倉  いえ。その朝子の居場所を、やっと見つけ出しました。 茶羅男  「組の面子(めんつ)」の問題なんだ。 ザ ザ  三枝ちゃん、あんた、朝子さんを、無理矢理、連れ出したりしたワケ? 元 斎  手に手を取って、駆け落ちだ。 ザ ザ  駆け落ち? 茶羅男  「二枚目」、気取りやがって、タコ男……、 ザ ザ  高倉さん、 高 倉  はい。 ザ ザ  そのとき、この三枝や朝子さんが、高倉さんの、なにか大切にしていたものを、      たとえば、お金を持ち出した、そんな悪サ、したんですか? 三 枝  してません。 ザ ザ  あんたは、黙ってなさい! 高 倉  ザザさん、そんな物騒ぎなことじゃないんだ。ただ……、 ザ ザ  ただ? 高 倉  こちらとしては、素直に朝子を返してもらえれば、博多へ大人しく帰ります。 元 斎  年寄りは、寝る時間だ。スノゴノイワズ、朝子姉さん、早く出せ。 ザ ザ  待ってください。 元 斎  待てねえんだ! ザ ザ  高倉さん、あの、それ、おかしいと思います。それじゃ、話の筋が通らないです。 元 斎  (ザザの胸グラをつかもうとする)コラッ……、        □三枝、元斎の動きを遮断する。 城之崎  三枝ちゃん! 元 斎  (うれしそうに)いま、なにした? 高 倉  大人しくしてろ! 元 斎  はい。 ザ ザ  ありがとうございます。……三枝が、嫌がる朝子さんを拐(かどわ)かしたワケで      もない。無理矢理連れ出したワケでもない。高倉さんの大切にしているなにかを      盗み出して、悪サしたワケでもない。朝子さんは、三十を超えている大人でしょ      う。なんか、おかしいと思います。 元 斎  (「コラッ」と、立つ) 高 倉  (元斎を、ジロリ) 元 斎  (座り直す) ザ ザ  好きあった大人同士が、だれにも迷惑をかけず、北海道の小樽で静かに暮らして      いる。それは、以前、朝子さんは、高倉さんのお世話になっていたひとかも知れ      ません。けれど、二人の気持ちも聴かず、「朝子を返せ、朝子を返せ」と脅かすの      は、ちょっと、それは……、 元 斎  黙って聞いてりゃ……。ババァ、寝言は、寝ていえ! 高 倉  黙ってろ! 元 斎  はい。 ザ ザ  わたしが、二人の襟首、捕まえて、逃げも隠れもできないようにしておきます。      こちらにも、もう少し時間をください。高倉さんのお「顔」に、傷をつけるような      マネは、いたしません。お願いします。        □少しの沈黙。 茶羅男  額に、ゴザの痕、着けろ。        □ザザ、茶羅男のいう通りにする。         三枝、城之崎、ザザと同じことをする。 高 倉  ……わかりました。騒ぎを起こすために、北の土地へ来たワケじゃありません。      「いま、すぐ、返せ」、そんな無理なことは、いいません。三日、待ちましょう。 ザ ザ  ありがとうございます。        □ザザたち、これで、ひと安心だ。 茶羅男  (「オレは」)承知できねえ。 高 倉  ……なに? 茶羅男  博多から、ガキの使いに、来たんじゃねえ。 元 斎  ガキの使いじゃねえんですヨ。 高 倉  …… 茶羅男  元ちゃん、そのピアノ、明日、燃えるゴミに出すんだって。ゴミ袋に、うまく入      るように、小さくたたんであげな。 元 斎  ピアノだけに、「音(ね)」を、あげますかね……、「ピー、アー、ノー」。        □城之崎、三枝、ピアノへ駆け寄る。 城之崎  ピアノは、やめて! 三 枝  やめてください。 ザ ザ  高倉さん、 元 斎  三ベン廻って、ワン。        □三枝、やろうとする。 元 斎  トンチキ! 手前が、やってどうすんだ。        □元斎、「ザザさんにやってもらいたい」とザザを睨む。         ザザ、「ワン」をやる。 元 斎  犬が、立って歩くのかヨ……、        □ザザ、四つんばいで、「ワン」をやろうとすと……、 茶羅男  (ザザの「ワン」を数える)ひとーつ……!        □<舞台>へ、朝子(ストリップの衣装)、静かに出る。 高 倉  (朝子を発見し)朝ちゃん……、 朝 子  (微笑) 元 斎  ヒヤァーッ! 茶羅男  朝子姉さん……、 茶・元  お久しぶりです! 朝 子  小樽、寒かと? 元 斎  小樽、メッチャ寒かと、 茶羅男  メッチャ寒かと、 朝 子  (うなずく) 高 倉  朝ちゃん……、 三 枝  …… 高 倉  三枝ちゃん。やっぱり、朝子と逢ったら、話したくなっちゃった。少しだけでも、      二人だけで、話しても、いいかな? 三 枝  (朝子を見る) 朝 子  大丈夫。 ザ ザ  三枝ちゃん、 三 枝  はい。 高 倉  ありがとう。        □朝子、ザザにお辞儀をする。 ザ ザ  ……        □三枝たち、全員、消える。 高 倉  (茶羅男と元斎へ)なに、してんだ?        □茶羅男と元斎、静かに消える。 第二景 高倉と朝子        □高倉、緊張しているが、少し照れてもいる……、 高 倉  (着ていたコートを脱ぎ、朝子に掛ける) 朝 子  (高倉の手に触れる。「ハーッ」とうれしくなる) 高 倉  (「北国の冬は、噂通り、しばれるばい」) 朝 子  (微笑) 高 倉  ……(「オレ」)喋るの、ダメだ! 今度また、逢ったら、あれも喋ろう、これも喋      ろう。なに喋ろう。なにしてんだ、オレ……、        □高倉、@「アントニオ猪木」のマネ。A「勝新太郎」のマネ。 朝 子  (微笑)勝新太郎。……捜した?        □二人、微笑む。 朝 子  捜した? 高 倉  十三(じゅうそう)。……浅草フランス座。……なんだか知らない電車に揺られて      西新井(にしあらい)大師。……天童(てんどう)温泉。十和田温泉……、 朝 子  (微笑) 高 倉  (財布を出し)小樽は、カニが名物だってきく。三枝さんと、カニでも食べな。 朝 子  …… 高 倉  (微笑)ヤクザに、恥ばかかせんでくんしゃい。 朝 子  お金、無いから、助かります。……変えたかったんだ、じぶんの人生、 高 倉  で? 朝 子  変わろうとしても、いいんだよね、だれだって? 高 倉  いい。オレだって、できれば、変わりたい。 朝 子  高倉さんと、一緒に博多にいれば、ご飯の心配はない。でも、あたし、じぶんの      「踊り」で、ご飯、食べたかった。 高 倉  それは、とても大切なことだ。 朝 子  (「じぶんの」)夢、捨てなくていいんだよね。 高 倉  捨てるな! 朝 子  迷惑、かけて、ごめん。 高 倉  (微笑し)謝るな。 朝 子  はい。……そんなキッカケをくれたひとが、 高 倉  三枝さんか……、 朝 子  …… 高 倉  (立ち上がり)久しぶりに逢えて、うれしかった。……北海道、ベリィ・ナイス。      (再度、「ハーッ」とうれしくなる)……寒いから、身体、気ィ付けな。        □高倉、去る。         効果音楽「博多どんたく」、遠くから流れてくる。         朝子、去る。 第三景 三枝と朝子<一年半程前の博多スカラ座・「三枝と朝子との出会い」>        ◆照明、少し変化する。        □風呂上がりの三枝(浴衣姿)、団扇を使いながら出て、手拭いを干す。         三枝、顔に洗顔クリームなどをぬっている。         ややあって、体操着姿の朝子、<舞台>へ、出る。 三 枝  こんな遅くまで、稽古? 朝 子  あ、三枝さん。 三 枝  ごめん。もうお風呂すましたのかと思って、終い風呂だとばっかり……。お風呂、      先もらちゃった。 朝 子  や、そんな、別に、あたしなんか、先にお風呂つかってください。 三 枝  お風呂、いまだれもいないから、稽古なんか、ほどほどにして、お風呂入ってく      れば。 朝 子  (少しの笑み)…… 三 枝  なに、今夜のこと、まだ気にしてる? 朝 子  …… 三 枝  お客に、缶コーヒーぶちまけられて、「引っ込め」っていわれたの、はじめてだ? 朝 子  …… 三 枝  ザザ、こないだ有馬温泉で、宴会場で歌ってるとき、酒に酔った客から刺身、投      げられた。(「イカソーメン、頭にパッ。刺身のツマが、マイクにベタ」)。 朝 子  (微笑。そして絶叫)バカヤローッ。手前たちみたいな酒飲みに、あたしの「踊り」      がわかってたまるか! 三 枝  (笑い)結構、低い、いい声してるんじゃん。ストリッパーやめて。歌手になるか? 朝 子  ……「踊り、やめる」。……踊りやめて、三枝さんとザザさんのカバン持ちになっ      て、お二人に、ついて行く。 三 枝  …… 朝 子  ダメ? 三 枝  お風呂、入ってきな。 朝 子  楽しそう。日本全国、いろんな温泉、行けて。温泉もタダで入れそうだし、 三 枝  楽しいワケ、ないじゃん。 朝 子  道後温泉、行った? 三 枝  ああ、 朝 子  片山津、白浜、下呂、別府、湯沢、山城……、 三 枝  仕事だよ。 朝 子  楽しそう、 三 枝  傍目に、そう見えるだけ。温泉廻りの歌手なんて、宿屋の表玄関、通れない。風      呂だって、お客や女中さんたちの入り終わったあとの、終い風呂に、遠慮しなが      ら入る。 朝 子  呼子(よびこ)とお米。 三 枝  (「呼子とお米」)……? 朝 子  三枝さん、あたしの踊り見て「田んぼの案山子のポケットだ」って、いったでしょ。 三 枝  …… 朝 子  あたしの踊り、「田んぼの案山子のポケット」の中身みたいに、なんにもないけど、      あたしが、「田んぼの案山子」だったら、ポケットに、なに入れようかなって、ず      っと考えてた。 三 枝  …… 朝 子  案山子は、夏のはじめに田んぼに立たされて、秋になって役目が済んでも、ずっ      と田んぼに立ってる。置き捨てられて、忘れられて、淋しいじゃない。ひとりぼ      っち。忘れられていく、あたしの踊りだ。……呼子は、向こうにいる友だちの案      山子を呼ぶため。「ピーッ。オーイ。元気か。あたしは、元気だーッ」。……お米      は、じぶんの廻りにまいて、雀をいっぱい呼ぶため……、 三 枝  …… 朝 子  三枝さんなら、なに入れる。じぶんが案山子だったら、ポケットに? 三 枝  …… 朝 子  お風呂、入ってきます。 三 枝  オイ……、 朝 子  ? 三 枝  ストリップ、本気で、続けるつもり? 朝 子  はい。 三 枝  本気だ? 朝 子  じぶんの「踊り」で、オマンマ、食べたい。 三 枝  大変だぞ。 朝 子  …… 三 枝  並大抵の苦労じゃないぞ、踊りで、生きてくって、 朝 子  …… 三 枝  (踊る)……「ゴボウ踊り」、あんたの。 朝 子  …… 三 枝  千葉の「蘇我ララ劇場」の、ファンキー・城之崎に、紹介状、書いてやる。なんな      ら、あれだ、一緒に、風呂でも入って、詳しいこと、話し合うか? 朝 子  (顔を赤らめる) 三 枝  とても、重要なことだぞ。 朝 子  (「お風呂で」)お先に、入ってます。        □朝子、去る。         三枝、黙って、手拭いを持ち、去る。        ◆溶暗。 第四景 掛川と安藤@        □ザザ、小樽グランド劇場の<客席>に戻ってくる。         ザザ、ひと息ついて、ラジカセのスイッチを入れる。         効果音楽、「チャングムの誓い」、流れる。         ザザ、荷物の整理をはじめる。         城之崎、<客席>の戸口に、あらわれる。 城之崎  (ザザに)寝間着、出しといた。こっち、寒いからさ……、 ザ ザ  ……ヨオッ、久しぶり。 城之崎  ……ヨオッ、久しぶり。 ザ ザ  いつから(「こっちにいるの」)? 城之崎  (照れ笑い)……雪、すごいでしょ……、 ザ ザ  雪がなけりゃ、北海道じゃないじゃん。 城之崎  ひと冬、過ごしてごらんよ、小樽で……、 ザ ザ  道後温泉のあんた(「のいきなりの出現」)にも、びっくりだったけど、小樽のあん      たにも、びっくりだ。 城之崎  小樽、ホントに、オシッコ、凍っちゃうんだぞ。 ザ ザ  アチャ、 城之崎  寝間着、 ザ ザ  (カセットのスイッチを切り)小樽の美味しい地酒でも飲ませてよ……、        □ザザ、城之崎、去る。         安藤、掛川、バケツに雑巾を持って出て、<劇場>の掃除をはじめる。 掛 川  これから、どうしよう? 安 藤  そうだね。 掛 川  やっぱり、無理なのかな。男のストリップって? 安 藤  あっても、おかしくない。 掛 川  無理なのは、最初から、わかってることだけど、 安 藤  お金払って、カッちゃんなら、見る、男のストリップ? 掛 川  見ない。オレたち、夢、諦めんの? 安 藤  諦めない。 掛 川  世の中、変わっていく。男のストリップだって、いつかは世の中に、認められる      ときが、きっとくる。 安 藤  くるかな……、 掛 川  それ、信じなければ……、 安 藤  信じる。 掛 川  当面は、漫才とストリップ両方やっていってサ……、 安 藤  先駆者なんだヨ、オレたち。 掛 川  異端者じゃないよネ、オレたち。 二 人  ……世間に、負けちゃ、ダメ。負けちゃダメ、世の中に。……ネッ!        □掛川、ラジカセのスイッチを入れる。         音楽、山口百恵の「ひと夏の経験」が、流れる。(……以下、セリフ部分)        「あたなに逢った瞬間 あたしは なにかを 感じました         言葉にならない 痛みに似た なにかを 感じました         でも それだけのことでした あたしは 臆病過ぎたのです 「愛」に         はじめての「愛」が怖かったのです」        □二人、上半身、裸になっていく。(……以下、歌の部分)        「あなたに女の子の一番  大切なものをあげるわ         小さな胸の奥にしまった  大切なものをあげるわ         愛する人に  捧げるため  守ってきたのよ         汚れてもいい  泣いてもいい  愛は尊いわ         だれでも一度だけ  経験するのよ  誘惑の甘い罠」        ●振り付けは、薄井幸雄さんに、教えていただきます。        □二人、実に、楽しそうだ。         ザザ、カバンを持って、入って来る。         三人、目を合わせ、三人同時に、「アーッ!」……、 ザ ザ  すいません。間違えました。 二 人  すいません。間違えました。        □安藤、ラジカセを切りめ、二人、乳首等を押さえて、帰る。 第五景 ザザの<淡い夢>        □ザザ、ひとりになり、じぶんのカバンの整理をはじめる。        ※約六ヶ月ほど前の、ザザの「サンパウロ」の公演決定の夏の夜のことだ。        □三枝、夏物の格好で、静かに出る。 ザ ザ  で? ダメだった? 三 枝  (「え、なに?」) ザ ザ  もったいぶらずに。どうせ、ダメだったんだろうけど……、 三 枝  (「OK」の手マーク) ザ ザ  え、ホント? 三 枝  もう、これ(「OK」の手マーク)。 ザ ザ  なんで、はじめから、いわないんだ、まったく。 三 枝  おめでとう。来年の冬は、ブラジル・サンパウロ公演、決定です。 ザ ザ  信じられない。 三 枝  向こうの日本人会の皆さんが、「なにをおいても影山ザザに、サンパウロに来て      欲しい」。 ザ ザ  サンパウロ! 初の……、 二 人  海外公演だぞ! 三 枝  リムジンだ。リムジンで、移動だぞ。 ザ ザ  「お招きにあずかりまして、本当にありがとうございます」って、英語で、どうい      うのかね? スペイン語か? ポルトガル語か? 三 枝  ジャンジャカ・ジャンジャンジャーン! ドレスの新調、決定! ザ ザ  ドレス? 三 枝  青山の満田事務所……、 ザ ザ  ウワーッ! 三 枝  美空ひばり先生のドレス、デザインしてた! ザ ザ  アッチャマァーッ! 三 枝  社長みづから、満田さんに直談判してくれた。 ザ ザ  やるときはやる、あれも。えらい。 三 枝  ドレスの新調(「何年ぶり」)……、 ザ ザ  「新曲」、もう十年出してないんだから、 三 枝  十年ぶりか? ザ ザ  どんな曲、歌ったらいい? 三 枝  …… ザ ザ  どんな曲、歌ったらいい? どんな曲、歌ったらいい? 三 枝  ……        □三枝、消える。         ザザ、ひとり、ポツンと残る。         ザザ、ラジカセのスイッチを入れる。         「殿様キングスのルンバ」が、流れる。         ザザ、ひとりで踊る。 第六景 掛川と安藤A        □掛川、出る。 ザ ザ  …… 掛 川  先程は、お見苦しいところをお見せいたしまして、大変に失礼しました。 ザ ザ  …… 掛 川  じぶんは、北海道警、小樽中央署、生活安全課に、勤務しています掛川三郎とい      います。高校を卒業し、道警に奉職いたしまして、以来、十四年、日夜、道民の      生活の安全を守ってきました。 ザ ザ  (頭を下げる) 掛 川  初対面の方に、こんなことをおうかがいするのは、なんなんですが、歌い手さん      とお聞きしまして。……このまま「警官」を続けたらいいのか、「ストリップと漫      才」に、生きたらいいのか、じぶんの将来を、決めかねているからです。 ザ ザ  …… 掛 川  ほっけの骨が喉に刺さったみたいです。 ザ ザ  …… 掛 川  「二分」、つきあっていただけませんか。 ザ ザ  …… 掛 川  「ご新造さんへ、おかみさんへ、お富さんへ、いやさ、お富、久しぶりだなあ」。 ザ ザ  ? 掛 川  話しには、話題が必要です。 ザ ザ  …… 掛 川  「またたびあびたたま」。……逆さにいっても「またたびあびたたま」。「回文」、と      いいます。……「ヨボヨボでボヨボヨ」。……「烏賊、食べたかい」。 ザ ザ  あ、 掛 川  「浦和で笑う」。 ザ ザ  「無駄なダム」。 掛 川  (シュンとなる) ザ ザ  あ、 掛 川  冬の北海道は、寒くて、淋しく、厳しい。「(歌う)母さんが、夜なべをして、手      袋編んでくれた……、        □安藤、静かに出る。 安 藤  (掛川に)「二分」、過ぎたヨ。 掛 川  (鼾をかいて、寝てしまう) 安 藤  (ザザに)すいません。……カッちゃん。寝ながら、歩いちゃ、ダメ。行こう。 掛 川  …… 安 藤  そんなに眠いんなら、一生、寝てな!        □場内へ音響「殿様キングスのルンバ」が、流れる。 掛 川  「ルンバ」!」 安 藤  (ザザに)これ(湯たんぽ)、お布団に、入れとおきます。 ザ ザ  ありがとうございます。        □二人、去る。 第七景 梅本と朝子とザザ        □場内へ音響「殿様キングスのルンバ」が、流れている。        「水割りなら  二杯までよ  眠くなるの  酔っちゃうと         あなた罪ね  こんなときに  わたし  誘ったりして         心よりも  身体だけが  先に動く  夜なのよ         あとでそっと  泣いてくれる  ならばわたしをあげる         あなたのそこが好き  わたしのどこが好き         男はたくましく  女はくるおしく         今宵はルンバ  二人でルンバ         みんな忘れて踊る  熱い火のように」        □朝子が、静かに出て、<観客席>に坐り、古い雑誌を読みはじめる。         ザザ、<舞台>より、消える。         梅本(ザザの元亭主)、牛乳とアンパン、蜜柑を手に、静かに入ってくる。         朝子、梅本、両者、軽い会釈……。         梅本、じぶんで座布団を取り、客席に座る。         赤フンの安藤、突然、デベソに現れ、「踊り」の練習をする。         梅本、安藤の練習を、酒を飲みながら見ている。 安 藤  ……        □安藤、満足そうに、静かに去る。         城之崎、競泳用の水着にて、出る。         「筋肉ショー」を演じ、去る。 梅 本  (朝子に)変わった劇場だね。        □梅本、ピアノを見つめ、突然「星のフラメンコ」を歌い出す。 梅 本  「好きなんだけど、離れてるのさ、遠くで星を、みるように……」。(ピアノを弾      き終わり)……「国民年金」、入ってる? 朝 子  ? 梅 本  入いんな。「馬には乗ってみろ、人には添ってみろ」。 朝 子  ? 梅 本  思いついたこというの、好きなの。 朝 子  お客さん?        □梅本、「ホレッ」と、朝子に、蜜柑を投げる。 梅 本  そんなもんしか売ってなくて、差し入れ。(みかんと牛乳とアンパン) 朝 子  あら、 梅 本  (「舞台へ」)上がらせて。 朝 子  ? 梅 本  お姉さん、きれいだね、ちょっと見には。 朝 子  ホントに、ちょっと、見だけ。 梅 本  その笑顔で通せば、男、イチコロでしょ? 朝 子  (「お客さん」)本土からでしょ? なんか、あか抜けてるもん。 梅 本  (「あなた」)踊り子さん? 朝 子  (ポーズをとり)「こっちから、こっちのひとーッ」。 梅 本  そんな、あられもない格好しちゃダメ。まだ、オレ、現役なんだから、 朝 子  胸は、あまりない。ホラッ……、 梅 本  「おっぱい」なんて、ウナギの肝吸いみたいもんだ。無ければ、無くていい。 朝 子  お兄さん、女、ずいぶん、泣かせた男だ。 梅 本  (「あなたは」)いろいろあって、寒い国まで流れてきた。人生、底まで落ちれば、      もう落ちるところはない。手を振って、明るく歩きな。 朝 子  (微笑)コスタリカ・朝子。 梅 本  コスタリカ? コスタリカ? 朝 子  えっ? 梅 本  や……。昔、伝説のストリッパーがいて。名前は、「コスタリカ・蝶子」。オレた      ち、スケベ連中が、その名を知らなきゃモグリ、そういわれるほど名高い、伝説      のストリッパーで、(想い出にふける)リンゴ切り、水鉄砲、金魚の芸が素敵で。      もう十年ほど前、裏日本の、松江だかどこかのストリップ劇場で、踊っている最      中に倒れて、死んだってきいた。同じ名前だったんで、想い出した。 朝 子  へえ。お客さん、こっちで、泊まってんの? お仕事? 梅 本  ばんえい競馬。 朝 子  あれ、すごい。 梅 本  すごい。 朝 子  (微笑)儲かった? 梅 本  儲かったら、行くところが、違うでしょう……、        □登退場口より、ザザ、静かにあらわれる。 朝 子  (微笑)小樽の「カニ」が、「カニカマ」になっちゃった? 梅 本  (……ザザが視界に入る) 朝 子  ? (振り返ると、ザザが、立っている)あ……、 ザ ザ  (うなづく) 朝 子  お客さん、明日、七時からだから。来て、きっと。 梅 本  寒いと、アソコも風邪、引いちゃうから、アソコ、暖かくして寝るんだ。 朝 子  はい。じゃ、明日。(ザザに)あの……、 ザ ザ  (「そこに、坐ってるひと」)昔の亭主。 朝 子  あ、はい。 梅 本  …… 朝 子  お疲れさまでした。 ザ ザ  お疲れ。        □朝子、ザザに礼をして、去る。 梅 本  (ザザに)若いってのは、いい。それだけで、いい。 ザ ザ  痩せたじゃない。ちゃんと、検査、してる? 梅 本  酒、やめたし、食事制限してる。注射、打ってる、インシュリン。ここ(腹)。        □ザザ、梅本の酒を見る。 梅 本  (微笑し、酒を隠す) ザ ザ  お互い、いつ死んでもおかしくない歳になっちゃったんだから、仕方がないけど、      身の回りこのと、お金のこと、お墓のこと、ちゃんと、いろんなこと、きれいに      してから、他人に迷惑かけないように、死んでね。 梅 本  息詰めて、文句、いうんじゃない。……なんだ、その格好? ストリップ劇場で      も、歌うのか? ザ ザ  「国民年金」、入ってたんだ? 梅 本  …… ザ ザ  なんで、ここ、わかったの? 梅 本  問題の「朝子」って、いまの娘(こ)か? ザ ザ  …… 梅 本  素直ないい娘(こ)だ。噂は、きいた。三枝ちゃんも、大変な娘に惚れたもんだ。 ザ ザ  …… 梅 本  田舎ヤクザってえのは、かえって面倒。都会のヤクザにバカにされまいと、歯く      いしばって、身体を張って体面だけは守り抜く。やっかいなこと、引き受けて、 ザ ザ  …… 梅 本  オレにできること、あったら……、 ザ ザ  …… 梅 本  どした、その顔? なんだ、それ? 顔の、黒いの。えくぼか? ザ ザ  うるさいよ。 梅 本  …… ザ ザ  (腕時計と指輪を外し、「その腕時計」)……「エルメス」じゃないけど。……(「競馬      で」)宿代まで搾られたんでしょ。いま、それしかないから。ここに泊まってもら      ってもいいんだけど、(「あんた」)巻き込むのやだから。どこかの旅館に泊まって。 梅 本  (立ち上がり)……バカにするな。お前、助けようと思って……、        □梅本、腕時計と指輪を手に取り、それらをズボンのポケットへ……。         梅本、ザザのそばへ……、 ザ ザ  (「なに?」) 梅 本  ひとりで寝るの、淋しかないか?        □梅本、ザザのドレスのなかに、手を入れる。 ザ ザ  あんたとは、アカの他人なんだかんね! 梅 本  オレの方が、イヤだィ! ザ ザ  …… 梅 本  死んだっていえば、堀茂、死んだヨ。山城温泉、「ホテル・山城」。堀茂。 ザ ザ  いつ、なんで? 梅 本  先月、三日。ガン。リンパ・ガン。 ザ ザ  そ。 梅 本  売れない歌い手の最期なんて、惨めなもんだ。お前の明日だラ。よく憶えとけ。 ザ ザ  親を見送ったあと、兄弟、友達……。(「あんた」)大人しく、先、逝ってヨ。 梅 本  いいヨ。お前の名で、「香典」、送っといた。……や。……や。……「金を出せ」、      とかいうことじゃない。 ザ ザ  (財布から一万五千円を出す)いま、ホントに、これしかないから……、 梅 本  (お金を受け取り、お札を擦り)……また来る。三枝ちゃんの一件、オレ      が、なんとかする。 ザ ザ  余計なこと、しないで! 梅 本  (小声で)バカヤロウ。        □梅本、去る。 第八景 城之崎と三枝とザザ        □城之崎、<舞台>上へ、お盆の回り灯籠をセットする。 城之崎  これ(廻り灯籠)見てると、心、落ち着いて。眺めんの、好きなんだ。 ザ ザ  (微笑) 城之崎  なに? ザ ザ  なんで、千葉の蘇我から小樽に(「いるの」)? 城之崎  アハハハッ……、(「函館の青柳町こそ悲しけれ友の恋歌矢ぐるまの花」)「函館で、      小さなお店でも、持たないか」。盛りの過ぎた踊り子、殺すのなんて簡単。そん      なセリフ一発。カポッ。気が付いたら、去年、雪の降る函館駅に、降りたってた。 ザ ザ  …… 城之崎  お釣りがあんの。ソープに売られそうになったんだけど。あたしがソープ。そし      たら、ソープの店長が、あたしの顔見るなり、「帰りの足代です」って、一万八千      円くれた。 ザ ザ  (「あんた」)素敵な人生、送ってきたね。 城之崎  (微笑)二十五年、踊り続けた。気がついたら、「おばさん、引っ込め。味噌汁で      顔洗って、出直してこい」。……「枯れるほどよい花あれば教えてよ」。(微笑) ザ ザ  三枝のこと、どうもありがとう。恩にきる。        □少しの沈黙。 城之崎  三枝さん、「飼い殺し」に、するつもり? ザ ザ  …… 城之崎  我慢しよう、おばさんが……、        □三枝、茶碗と一升瓶(酒)を持って、出る。         三枝、座り、一升瓶から、三つの茶碗に酒を注ぐ。         二人に、渡し、それそれ、飲む。 三 枝  うちの方の田舎じゃ、お盆に、秋の虫が家の中へ入ってくると、死んだひとが帰      ってきたって。……松江の、劇場の楽屋で寝てたら、ガラス戸に鈴虫が、張りつ      いていて、家の中へ入ってきたそうにしてたけど、そっとつまんで逃がしてあげ      たのに、いつの間にか、入ってきてて、リーンリーンって。楽屋の隅で。次の日、      ザザの父親が、死んだって電報がきた。      ……どうやって、詫びたらいいのか、 城之崎  あたし(「ちょっと外すわ」)……、 三 枝  いてください。 城之崎  …… 三 枝  「サンパウロ公演」。ホントにすまない。 城之崎  サンパウロ? ザ ザ  …… 三 枝  (「その紅い」)ドレス、ムダにしてしまった。すいません。 ザ ザ  あんたに、庇(かば)ってもらうほど、あたし、まだモウロクしてない。 三 枝  …… ザ ザ  あんたに会えたら、見てもらおうと思って、持って歩いてた、このドレス……、        □ザザ、「サンパウロ公演」のために新調した紅いドレスを着ている。 三 枝  きれいだ。 城之崎  いい、そのドレス。(「値段」)高かったでしょ? どこで、買った? 浅草? 三 枝  …… ザ ザ  向こうで、断ってきたんでしょ。サンパウロに行けるのは、あたしじゃない。 三 枝  …… ザ ザ  紅いドレス、新調した。パスポートも更新した。小さい後援会だけども、後援会      の皆さんから、「ご祝儀」、いただいて、さあ、あとは、行くばかり。お決まりの      向こうからの、ドタキャンだ。 三 枝  (「オレが」)朝子と逃げ回ってて、大事な手続きができなくて、 ザ ザ  (「あんたが」)、ウソいってるときの顔くらい、見分けがつく。 三 枝  …… ザ ザ  憶えてろ。あたしをコケにしたヤツラ。いつか、テメエタチの靴のなかに、五寸      釘、突っ込んでやる。 城之崎  スズメバチくらいの、ぶっとい針、ギューッって、尻の穴に刺し返してやれば。 ザ ザ  ビキニ、買っちゃった。 三 枝  朝子のことは、もう少し、時間をください。一年……、 ザ ザ  …… 城之崎  (笑顔で)どういうこと? 三 枝  一年、や、半年だけでも、一緒にいて、あげたい。 城之崎  「いてあげたい」? (「それ」)どういうこと? 三 枝  「一本立ち」できるまで、そばに、付いててあげたい。 城之崎  (「あたしが」)訊いてんのは、朝子を、あんたが、どう思ってくれてるか。 三 枝  ……惚れてないといったら、ウソになります。山の狸が、港の鳶(とんび)に、惚      れました。 城之崎  訊きたかったのは、それだ。(ザザを見る) ザ ザ  …… 城之崎  一緒に、なるつもりなんでしょ? なってくれるんだよね? 三 枝  ……違います。 城之崎  男は、いつもそう。わからないこと、ばっかいって。 ザ ザ  靴下の上から、水虫かかす(せる)な! 城之崎  びっくりした。ちょっと、怒っちゃダメ、怒っちゃ。こういうことは、怒っちゃ、      ダメ。 三 枝  ザザのお父さんには、海釣りの楽しさを教わった。瀬戸内の小島で、二人して、      よく小魚を釣りに行った。水面に近いところで、チョロチョロ見える魚、あれは、      釣れそうで釣れない。釣り糸、もっと深くまで降ろさないと、魚との本当のカケ      ヒキはできない。ザザのお父さんから、教わった。まだ、オレが、荒れていた若      い頃。一年前、博多の巡業で、目先のことばかりを気にしているドジな踊り子に、      逢った。まるで、若い頃のじぶんだ。……オレが、ザザのお父さんやザザに、釣      り糸は、深く沈めるように、教わったこと、オレにしてもらったこと、その踊り      子に、してあげたかった。 城之崎  (「ザザさん」)「釣り」、やんの? ザ ザ  「明石の鯛」、(「この腕で」)挙げたこと、あんだぞ。 城之崎  うそ? ザ ザ  (「あたしら」)ヒマ潰すのも、仕事のうち。 三 枝  半年、時間をください。 城之崎  「(大声で)水虫、靴下の上から、かかすな!」。いったしょう、こっちのひとが。 三 枝  …… 城之崎  半年したら、三枝ちゃん、どうする? 朝子と一緒になってくれる? ザザさん      の処へ戻る? ひとり残された、朝子、どうなる? だって、そういうことしょ?      そういうことじゃない。そこんとこ、ハッキリして。 三 枝  …… 城之崎  男の道楽に、踊らされちゃった踊り子、どうなる? (大きく息を吸い)……男! ザ ザ  怒っちゃダメ。 城之崎  (微笑)ホントは、男、大好きなんだけど……。惚れてんでしょ、朝子さんに? 三 枝  …… 城之崎  靴下、脱いじゃう!(靴下を脱ぐ) 三 枝  …… ザ ザ  大切なことは、惚れたってこと。それ、外したら、三枝ちゃん、路、間違う。 三 枝  …… ザ ザ  (三枝に「酒」)飲もう。        □三人、黙って同時に、二度、酒を飲む。 ザ ザ  うちの事務所には、柴倉だって、香山だっている。あたしのマネージメントなん      か、だれだってできる。これから、(「あたし」)ひとりでやってく。 三 枝  …… 城之崎  じぶんの足が、自然に歩く方へ、歩いて行こうよ。 三 枝  …… ザ ザ  「東海の小島の磯のおでんかな」。つゆだくハンペン、食べたくなっちゃった。        □ザザ、三枝、城之崎、黙って同時に、酒を飲む。         ザザ、ラジカセのスイッチを入れる。         井上陽水の「新しいラプソディー」、流れる。         「街が未来へ走る  星が夜空からはじける          なつかしいメロディー  あざやかなハーモニー          喜びのシンフォニー to me          夢を はてしのない夢を  夜にまぶしい程 夢を          散りばめてジュエリー  星屑のファンタジー          新しいラプソディー to me          I love you 願いをこめて  I love you 夜空の星に          I love you あなたの胸に  I love you 届くように」 ザ ザ  よく、こんな高い声、出るねえ……、        □三人、静かに聴いている。        ◆溶暗。 第九景 掛川と安藤B        □掛川、安藤、周囲をかたづけ、ラジカセをとめる。         二人、唐突に漫才をはじめる。 二 人  「@大根 A栗と栗鼠 B腕立て C柔軟体操 Dヒグマ Eのど飴……」。        □大間さん、渋谷さん。よろしく稽古場にて、お願いします。        ◆溶暗。 第十景 旅立ちの朝        □明るくなると、観客席に、三枝が寝ている。         ザザ、入ってくる。 ザ ザ  梅本が、話、つけてくれた。 三 枝  (起き上がり)梅本さん……? ザ ザ  朝子さんは? 三 枝  いま、出かける支度……、 ザ ザ  (「朝子さんと」)行くんだね? 三 枝  …… ザ ザ  長い間、ありがとう。(封筒を出し)これ、少ないけど……、 三 枝  とんでもない、 ザ ザ  持ってって。……持ってって。 三 枝  いらない。 ザ ザ  持ってけ。 三 枝  (受け取り)あの……、 ザ ザ  わかってる……、        □梅本、出る。 梅 本  なにしてる? 急げ。 三 枝  梅本さん、 梅 本  何時の船? 三 枝  十二時、です。 梅 本  急げ。 ザ ザ  話、ついたんじゃ……、承知させてくれたんじゃ……? 梅 本  こういうことは、当事者と話すより、そいつの親分と話す方が、ずっと話は早い。 三 枝  博多まで、行ってくれたんですか? ザ ザ  ありがと、 梅 本  時期が良かった。博多天神組は、いま「沖縄・ヤンバル会」のヤツラと、キナ臭く      なりかけてて、じぶんの足元さえおぼつかない。朝子さんの騒ぎじゃなくなった。      天神組の親分から、「お墨付き」をもらってきた。 三 枝  梅本さん……、 梅 本  そう簡単にいかない。あの高倉が、親分のいうことをきかない。 ザ ザ  じゃ、こっちへ? 梅 本  ここしかないだろう(「来るところは」)、 ザ ザ  急がないと。朝子さん……。朝子さん……、        □高倉、静かに出る。 高 倉  …… 梅 本  (高倉に「あんたの」)親分とは、ちゃんと、話がついてる。 高 倉  博多へ帰ります。三枝さん、朝子っていう踊り子に、これ、渡してください。マ      フラー。「せめて、身につけてくれ」。博多のバカがそういっていた、と。それか      ら、三枝さんがついているから、そんなことはないだろうけど、困ったことがあ      ったら、いつでも、博多へ、帰って来い、と。 三 枝  高倉さん、ホントに、それで、いいんですか? 高 倉  (深くうなずき)三枝さん。「ひげ剃り」。お世話になりました。 ザ ザ  高倉さん。 高 倉  みなさん、お騒がせいたしました。失礼します。        □城之崎、朝子、出る。 朝 子  あの、……あたし、ひとりで、行きます。 全 員  (ポカン) 朝 子  (三枝に)ひとりで、行かせてください。ね、 三 枝  …… 朝 子  三枝さん、半年の隠れん坊で、一緒に寝てても、あたしの身体に、指一本、触れ      ませんでした。 三 枝  …… 高 倉  なにしてんダ! 朝 子  違うの。はじめから、そんな仲じゃなかった。三枝さん、教えてくれた。十年、      頑張れ。十年、頑張れば、才能なんかに関係なく、だれだって一人前の踊り子に      なれるってこと。あと、五年、ひとりで頑張ってみたいんです。(城之崎に)あた      し、お姉さんみたいに、踊りで、ご飯、食べていきたい。 城之崎  バカ。 朝 子  (高倉に)いままで、ホント、ありがとね。 高 倉  お前の洋服、つっかけ、セーター、イヤリング、お前の身につけていたのもは、      捨てない。 朝 子  (三枝に)ひとりで、行かせてください。いままで、ホントにありがとう。 三 枝  こちらこそ、楽しかった……、 ザ ザ  ふられたんだ。 三 枝  チャンスは、あった。天童(てんどう)温泉、夜の混浴風呂、手拭いパラリ事件。 朝 子  はい。ザザさん、いろいろご迷惑をおかけしました。 ザ ザ  歌い手は、歌い続ける。踊り子は、踊り続ける。ね。 朝 子  はい。 高 倉  (<舞台>に立ち)……フレッ、フレッ、朝ちゃん! ……「高倉、泣きながら、怒      りながら、去る」。……そんな難しい「演技」、できない!        □高倉、去る。 三 枝  ……(「高倉さんを」)見送ってやれ!        □朝子、高倉を見送るために、去る。 ザ ザ  ……(「朝子さんを」)ふられた男、見送ってやれ。        □三枝、朝子を見送るために、去る。         やがて、残された三人、安堵しながら去る。         ややあって、掛川、安藤、出て、<デベソ>に、座る。 安 藤  みんな、出て行っちゃったね……、 掛 川  これから、どうなんるんだろう。 二 人  (立ち上がり)……チャンスだ!        ◆溶暗。 エピローグ 北の邦へ        □汽笛が鳴る。         三枝、ザザ、ゴム長靴をはき、カバン等を、たくさん持って出る。         二人、(デベソに)座る。 ザ ザ  冬の海は、冷たいね。 三 枝  船室、入りましょう。暖かい飲み物、あるでしょう。 ザ ザ  で、 三 枝  梅本さん、お送りしました。 ザ ザ  ありがとう。なんか、いってた? 三 枝  や、 ザ ザ  いくら渡したの? 三 枝  や、 ザ ザ  黙って帰るひとじゃない。 三 枝  一本(十万)です。 ザ ザ  ごめん。きっと返す。 三 枝  や。船室、入りましょう。 ザ ザ  ね、沖縄、行かない? 「スマイリーさん」のところへでも、 三 枝  沖縄。いいなあ。 ザ ザ  寒いところ、もう、や。 三 枝  寒いところ、もう、や。 ザ ザ  沖縄、行こう。 三 枝  ザザ、これからも、よろしく。 ザ ザ  こっちこそ、これからも、よろしく。楽しく、やっていこう。 三 枝  うん。        □城之崎、たくさんの荷物を持って、防寒服で、出る。 城之崎  なに、下で待ち合わせしたのに。探しちゃった。 三 枝  ああ、ご苦労様です。 城之崎  ああ、よかった。 ザ ザ  なんで、あんた(「ここにいる」)? 城之崎  初の海外公演、おめでとう。サンパウロだけじゃないんだからさ、ロシアだって、      海外なんだから。 三 枝  明日からの予定ですが、新潟から、飛行機で、ハバロフスクに入ります。 ザ ザ  ちょっと、待て! 三 枝  ハバロフスクで、約一週間の公演です。それから、シベリア鉄道に乗りまして、      ナホトカに戻り、ナホトカ、ウラジオストックで、約一週間の公演。戦後シベリ      ア抑留・日本人遺族会の皆さんです。またシベリア鉄道に乗りまして、ヤクーツ      ク、イルクーツク……、 ザ ザ  …… 三 枝  …… ザ ザ  どれくらい? 三 枝  半年。 ザ ザ  (口を押さえて)……いま、これ、練習してんだ。        □ザザ、三枝に、カセット・テープを渡す。         三枝、カセットをセットし、スイッチを入れる。         神野美伽の「雪簾」が、流れる。 ザ ザ  (神野美伽の「雪簾」を歌う)      @赤ちょうちんが 雪にちらちらゆれている ここは花園裏通り       ひとりぼっちで飲む酒は 遠い昔と隠れんぼ       以下じゃ帰れぬ故郷(ふるさと)が 胸のすき間で見え隠れ      A夢という奴ぁよ  とうの昔に捨てたけど  忘れられない国訛り       こんな姿を  おふくろが生きていたなら  何歳やら       酔えば涙になるものを  詫びる心に積もる雪      B根無し草にもよ 好いて好かれた 女(ひと)がいた 畳ひと間の あの暮らし       酒よ俺にも いいことが ひとつやふたつ あったけど        肩を細める 陸橋(ガード)下 春はいつ来る 雪簾        □二人、拍手。        ◆溶暗。        ◆終わり。        ◆平成十八年十月九日・脱稿。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/