菅間馬鈴薯堂 第21回公演
「鯨屋の客」
劇場◇王子小劇場
期日◇二〇〇八年三月五日~九日
照明◇石田 道彦・吉嗣 敬介
音響◇千田 里美
美術◇西山 竜一・関口 敦史
衣装◇稲川 実代子
挿絵◇悪 猫
<登場人物>
(1)五所川原隆生 (瀧澤孝則=「鯨屋」の主人。主水の兄)
(2)五所川原主水 (上吉聞人=「鯨屋」の働き手。隆生の弟。「演劇」志望の青年)
(3)ナルシス・堀切 (坂本容志枝=「鯨屋」の寄宿人。隆生の伯母。ストリッパー・小金貸し)
(4)片桐まどか (橋口まどか=「鯨屋」の寄宿人。草津温泉の移動「お焼き」売り・片桐四姉弟①)
(5)片桐龍一 (西山竜一=「鯨屋」の寄宿人。「鯨屋」の自称風呂番。片桐四姉弟②)
(6)片桐敦彦 (関口敦史=「鯨屋」の寄宿人。板前・現無職。片桐四姉弟③)
(7)片桐紀子 (瀬戸口のり子=「鯨屋」の寄宿人。草津温泉の大旅館の仲居。片桐四姉弟④)
(8)吉松湖 (吉川湖=「鯨屋」の寄宿人。季節労働者・電線の雪落とし)
(9)黒岩和彦 (加藤和彦=「鯨屋」の寄宿人。季節労働者・電線の雪落とし)
(10)長山弘次 (植原弘次=「鯨屋」の寄宿人。病弱な長期療養者)
(11)芸者・花菊 (山田佑美=「鯨屋」の寄宿人。草津温泉の芸者)
(12)小山美代 (稲川実代子=職を求めて「鯨屋」へ訪ねてくる初老の女性)
<時間>
◇二〇〇七年十二月三十一日から、二〇〇八年三月三十一日まで、
<場所>
◇奥草津温泉郷の湯治場「鯨屋」のロビー兼風呂場の入り口
<場面構成>
第 一場 「鯨屋」・二〇〇七年十二月三十一日
第 一 景 美代と龍一①
第 二 景 まどかと龍一と紀子
第 三 景 吉松と黒岩の「風呂場のぞき」
第 四 景 堀切と長山
第 五 景 隆生と主水と美代
第 六 景 まどかと隆生①
第 七 景 芸者・花菊
第 二場 「鯨屋」・二〇〇八年二月三日
第 八 景 ナルシス・堀切
第 九 景 片桐敦彦
第 十 景 「六道の辻」
第十一景 敦彦と主水と紀子
第十二景 長山弘次
第十三景 龍一と美代②
第十四景 「なんでもないものの尊厳」
第十五景 敦彦と花菊
第十六景 まどかと隆生②
第十七景 主水と紀子の「チェーホフ」
第三場 「鯨屋」・二〇〇八年三月三日
第十八景 龍一の「旅立ち」
第十九景 黒岩の「割り箸鉄砲」
第二十景 美代と龍一③……黒岩の「死」
第二一景 夜空への電話
第二二景 「夕焼け雲」
第四場 「鯨屋」・二〇〇八年三月三十一日
第二十三景 幕切れ……「それぞれの出発」
第一場 「鯨屋」・二〇〇七年十二月三十一日
第一景 美代と龍一①
○主水、出て、ロビーの電灯のスイッチを入れる。
旅行カバンを持った美代、出る。
主 水 (美代に)ここで、少しお待ち下さい。すぐに来ますから、
美 代 (「はい」と頭を下げる)
○主水、去る。
美代、長イスに坐る。
ややあって、龍一、出る。
少しの沈黙。
龍 一 割り箸鉄砲、
美 代 はい?
龍 一 割り箸鉄砲。
美 代 割り箸鉄砲?
龍 一 (割り箸鉄砲を、見せる)
美 代 格好いい。
龍 一 当たり前だ。(割り箸鉄砲で、紙を飛ばす)
美 代 すごい。
龍 一 ちょっと、右にズレる。
美 代 すごい。
○少しの沈黙。
美 代 (ゆっくり立ち上がる)?
龍 一 (微笑)
美 代 ?
龍 一 雪の落ちる音。
美 代 ?
龍 一 そんなことも、知らねえの。雪の落ちる音。
美 代 雪の落ちる音?
龍 一 雪、たくさん屋根に積もる。じぶんの重さで、雪、落ちる。
美 代 (「おばさん」)はじめて聞いた。これが、雪の落ちる音、
龍 一 どっから、来た?
美 代 ホントに、雪が深いんだね。
龍 一 餅、喰うか? 焼く。
美 代 ありがとう。いまは、お腹、いっぱい。
龍 一 ……
美 代 (再度、立ち上がり)まただ。
龍 一 (微笑)
美 代 小母さんも、子供の頃、作った。割り箸鉄砲。それと、糸が巻いてあった木の糸巻で、ゴムを通して戦車、
龍 一 戦車? どう作る?
美 代 木の糸巻きなんか、もうないから、作れない?
龍 一 木の糸巻き?
美 代 小山美代といいます。お名前、なんていうんですか?
龍 一 龍一、
美 代 龍一さん? どんな字、書くんですか?
龍 一 なんで、そんな、いろいろ訊きたがる? 施設のひとか?
美 代 「施設」? 違います。ごめんなさい。
○少しの沈黙。
美 代 オナベフ、オナベフ、オナベフ、
龍 一 オナベフ? なんだ、それ? わからねえ、
美 代 オナベフ、オナベフ、オナベフ、
龍 一 オナベフ、オナベフ、オナベフ。……なにしてんだ、バカ。
美 代 ごめん。
◎除夜の鐘の音。
龍 一 下の光泉寺、除夜の鐘。
美 代 今年も暮れるね。
龍 一 明日んになると、お年玉、もらえる。
美 代 (五百円を、ティシュに包み)はい、お年玉、
龍 一 知らねえひとに、お年玉、もらえねえ。なにしてんだ、バカ。いけすかねえババァ、
美 代 ごめんなさい、
龍 一 (お年玉)置きっぱなし。どういうことだ? ひとを試すな。クソババァ! カッ!
美 代 (お年玉を取りに行く)すいません。
○少しの沈黙。
美 代 (「ペチカ」を小声で歌う)
龍 一 ……音痴じゃねえ。お風呂、入っか? 入るんなら、手拭い、新しいの持って来る。
美 代 ありがとう。
第二景 まどかと龍一と紀子
○「お焼きマン」の衣装のまどか、風呂道具持って、入ってくる。
美代、まどか、会釈。
まどか まだ起きてたのか?
龍 一 雪かき、行った。
まどか 小遣い、もらえたべ?
龍 一 二千円。
まどか よかったじゃん。
龍 一 うむ。
まどか ばあ(祖母)ちゃん、新しいベットで寝てたか?
龍 一 布団、いつもの、
まどか 新しいベットで、ばあ(祖母)ちゃん、寝かせてやりてえからって、金、せびりにきたクセに。どいつもこいつも……、
龍 一 雪かき、また行っていいか? 二千円、もらえる。
まどか 風呂入って、暖まって寝れ。「電気代だって、タダじゃねえんだから」って、また誰かさんに、いわれるど。
龍 一 タマスケ……、
まどか お前の布団で大人しく寝てるだべさ。
龍 一 風呂、掃除、
まどか そんなもん……、風呂入って、寝れ。
龍 一 (坐る)
まどか なんな?
龍 一 ごめん。なにもできねえで。……九州の施設、入る。オレ、九州の施設、入る。
まどか 風呂番、ちゃんとやってるでねえの。明日、姉ちゃんのライスカレー、喰うか?
龍 一 オオッ! 姉ちゃんのライスカレー、大好き。
まどか 豚のコマ切れ、福神漬け、買って来れるか?
龍 一 紅ショウガ。らっきょ。
まどか 寝れ。
龍 一 寝る。
まどか 寝たら、夜中にションベンに起きるな、もったいないから。
龍 一 ションベンに起きない、もったいないから。
○「仲居」の衣装の紀子、出る。
紀 子 龍、
龍 一 なんだ?
紀 子 雪掻き、行ったんだって、おばあちゃんのとこの? 危ないから、外出るなって、いったしょ?
龍 一 いいじゃねえか、
紀 子 屋根から、落っこったばっかしょ、
龍 一 気ィつけて、雪掻きしてたもん、
まどか ……一日、家の中ばっかじゃ、カビが生えちゃうよ。たまには、外にでも行かなきゃ、息が詰まるべさ、龍一だって、
紀 子 (まどかをにらむ)
まどか なんだ? ……なんだ?
紀 子 (瞬間、微笑)あんたのやってることにいちいち、文句なんかいいたくない。なにしたって、いい。けど、ここで、疑われるようなことだけはしないで。狭い街だ。あんたのタメだ。なんで、そんな無茶ばっかする、なんで、そんな疑われるようなことばっかする?
まどか (瞬間、微笑)お前に、喰わしてもらってるワケじゃねえ。
紀 子 この街のひと、あんたのこと、なんていってんのか、知ってる?
まどか じぶんで、働いて、じぶんの好きなことやって、どこが悪いって、いってんだ。ヒステリー、
龍 一 お客。
紀 子 (まどかをにらむ)
まどか なんだ? ……まだ、なんか、あんか? いいたいこと、あんなら、いってみれ。
紀 子 姉ちゃん、あれから、おかしい。昔の姉ちゃんに戻って。お願いだから。
まどか お前も、あたしが、「お焼き」売りながら、客取って歩いてる、そう思ってんだべ?
紀 子 そんなこと、思ってるワケないっしょ、
まどか ここで、裸んなろうか? 股、拡げっから、調べてみィ。脱いでやらあ。
紀 子 バカなマネは、やめて、
龍 一 ワーッ、
○まどか、去る。
紀 子 (微笑を取り戻し、美代に)……お見苦しいとこ、お見せして、すいません。
龍 一 (下を向く)
美 代 いえ、こちらこそ、すいません。
紀 子 (去ろうとする)
美 代 ここの、「仲居さん」ですか?
紀 子 違います。
龍 一 下の街の大きい旅館の、「仲居」、
紀 子 (龍一に)お風呂、入って、寝よう。
龍 一 うむ。
紀 子 (龍一に)支度するよ。(美代に)失礼します。
美 代 失礼します。
○紀子、去る。
第三景 吉松と黒岩の風呂場のぞき
○入れ違いに、吉松、黒岩、静かに出る。
吉松、黒岩、脚立を出し、女風呂をのぞくマネ。
龍一、美代を呼び、二人、長イスの陰へ隠れる。
黒・吉 ウワーッ……、ウワーッ……、ウワーッ……、二十代、五人。三十代、四人。四十代、三人。五十代以上、早く出ろ。ああ? 十代、七人も入ってる。
黒 岩 なんだァ、あの隅の、髪の長い女、いきなりあんなところから、洗い出してやがんの。ダメ、そんな大胆なことしちゃ。ダメ、そんなに股広げて洗ちゃ。ウワーッ、
○二人、のぞき場所を交代し、吉松、のぞく。
吉 松 ウワーッ、三段ロケット・オッパイ。バン、バン、バン……、
黒 岩 三段ロケット・オッパイ?
吉 松 ウワーッ、立ち上がった。ウワーッ、ウソ? ツッルツル……、
黒 岩 ツッルツル?
○二人、のぞき場所を交換し、黒岩、のぞく。
黒 岩 ウワーッ、女子高生、立ち上がった。なにはじめるんだ、風呂場で? ウワーッ、いきなりブリッジです。ブリッジしながら、オレの方へ歩いてくる。神様!
○男二人、龍一を見て、ニヤリとして、女風呂に消える。
龍一、美代、微笑。
第四景 堀切と長山
○堀切、出る。
堀 切 オッ、
龍 一 オッ、
堀 切 ごめんなさい。(着物の裾をめくり、「股火鉢」)……寒いねえ。
美 代 はい。
堀 切 はじめて、こっち?
美 代 はい。
堀 切 とんでもなく、寒いでしょ?
美 代 はい。
堀 切 奥草津の名物は、雪と温泉。な、
龍 一 お焼き。
堀 切 そっか、
龍 一 うむ。
堀 切 「湯治」のお客さんですか?
美 代 いえ、
堀 切 ここ、建て付け、ボロだけど、壁なんかベニヤ板。でも、お風呂だけは本物。100%、源泉掛け流し。暖ったまるよ。入った?
美 代 いえ、
堀 切 (龍一に)お風呂、一緒に入っか?
龍 一 やだ。入るんなら、姉ちゃんか、紀子と入る。
堀 切 まだ、姉ちゃんたちと入ってんか?
龍 一 入ってない。入ってない。ひとりで、入ってる。ホント。
堀 切 ウブだな、赤くなって。アーッ、寒い。オシッコして、お風呂入って、寝よう。
○男風呂から、長山、出る。
長山、ゆっくり、美代の方へ歩み寄る。
堀切、長山を、少しだけ避ける。
長 山 (美代に)新しい家政婦さんですか?
美 代 家政婦?
長 山 はい。
美 代 いえ、違いますけど、
長 山 そうですか? すいませんでした。
○長山、壁づたいによろよろ歩く。
長 山 うまく歩けないで、ごめんね。
龍 一 部屋まで、行くか?
長 山 大丈夫。
○長山、ヨロヨロと去る。
堀 切 ……病気。ここに、置いてけ堀。島流し。実家、金持ち。身体、あんな痩せてるのに、顔、土気色、死臭さえ漂ってるしょ。ああなったら、もうお終い。若いのに、可哀想。お風呂、入ろう。(龍一に)いいのか?
龍 一 いい。
堀 切 (美代に)ごめんなさい。
○堀切、女風呂へ。
龍 一 戦車、どう作る?
美 代 あ、ちょっと、待ってて、(荷物を探る)
○女風呂より、半裸の黒岩、吉松、「ワーッ」と泣きながら出て、
互いの身体を「バカッ、バカッ」と泣きながら打ち、去る。
龍一、美代、微笑。
第五景 隆生と主水と美代
○隆生、出る。
隆 生 (美代に)すいません。お待たせしちゃって。(龍一に)大人しくな。
龍 一 うむ。
隆 生 悪さ、しませんから。
美 代 (頷く)夜分、遅くに、すいません。
隆 生 奥草津は、思ったより寒いでしょう、
美 代 はい。
隆 生 (「奥草津は」)雪が深い。(封筒)確認、取れましたんで、お返ししておきます。
美 代 はい。(封筒を受け取り)
隆 生 三件目ですか、うちで?
美 代 (「はい」と頭を下げ、坐り直し)……どこへ行っても、この年齢が理由で断られます。一生懸命働きます。こんなおばさんで、お使いづらいとは思いますが、雇っていただけませんか。お願いします。一生懸命働きます。
隆 生 ……
○主水、出る。
主 水 ダメだ。新しいひと、ちょっと前に、雇っちゃったって。
隆 生 山田屋は?
主 水 電話、出ない。紅屋、どうだ? あそこの母ちゃん、腰抜けたっていってただら、
隆 生 弟です。
主 水 五所川原主水です。
美 代 小山美代です。
隆 生 いま、兄弟二人して、ここ、切り盛りしてます。
主 水 電話してみるか?
隆 生 春までのパート。それでよければ(「うちにいて下さい」)、
美 代 ?
隆 生 来年の春、ここ(「鯨屋」)、閉めるの。
主 水 廃業、雪解けに。不景気で湯治場、閉めるんです。
美 代 ?
隆 生 働いてもらっても、春までということになっちゃうし、それで、いいのなら。もともと、ひとを雇う余裕なんて、うちには、
美 代 ……
主 水 各部屋の掃除、洗濯、それだけでいいんで。ここで働きながら、次の仕事、みつけりゃあいいじゃないですか。いろいろご事情あって、こんなど田舎まで仕事探しに、
美 代 お願いします。春までのパートということで。雇って下さい。
隆 生 頭、あげてよ。
主 水 部屋で少し落ち着いて、それから、うちの風呂にゆっくり入って。こんなボロ旅館ですが、風呂だけは自慢。百%、源泉掛け流し。ぜひ、露天風呂、使って下さいや。
美 代 今日から、よろしくお願いします。
主 水 こちらこそ、よろしく。
美 代 はい。
主 水 「白菊」の間、ストーブ、部屋、暖めて来ますから、
○主水、去る。
隆 生 ごめんね、希望に、そえなくて。実は、人手が足りなくて、困ってたんです。こっちとしても、助かります。
美 代 よろしくお願いします。
龍 一 ここで、働く?
美 代 小山美代といいます。よろしくお願いします。
龍 一 バカツレエゾ。湯の花、もう(「取るのに」)、どんだけ、大変か、
隆 生 そんな大変か?
龍 一 バカツレエ、
隆 生 そうか、
美 代 でも、頑張るから、よろしくお願いします。
龍 一 オオッ、
◎除夜の鐘の音。
隆 生 お年玉、な、
龍 一 いらねえ、
隆 生 ホントだな?
龍 一 ……
○主水、出る。
主 水 ストーブ、点けましたんで、
隆 生 ゆっくり休んで下さい。
主 水 龍、玄関の荷物、運んでくれ、
龍 一 オオッ、
美 代 (隆生に)失礼します。
隆 生 や、
○主水、龍一、美代、去る。
第六景 まどかと隆生①
○隆生、ロビーの電気を消し、長イスに坐り直す。
ややあって、まどか、出る。
まどか 今晩は。
隆 生 茶碗(「持って来い」)。芋(「焼酎」)。わか松(焼酎の「銘柄」)。美味いの入った。
まどか (「焼酎」)お風呂上がってから、もらう、
隆 生 春まで、うちにいれば、いいべ、
まどか やだ、紀子と一緒は。またホステス、やっかな、
隆 生 そうそう引く札、引く札、「負け札」ばかりでも、ないだろう。
まどか ときどき「勝ち札」が廻ってくるから、人生は、やっかいなんだ。「勝ち札」見たら、ドキドキして、その札、どうして使ったらいいか、使い方が、わかんねえ。
隆 生 お前がくれたチューリップの球根、今年は、必ず咲かせてみる。
まどか 神様に訊いてみたいことが、ひとつ、あんだ。
隆 生 ?
まどか 「生涯、負け続けたら、あたしも神様に、なれますか」って、
隆 生 なして、そんな風に、暗く、考えるの?
まどか チューリップ、咲かせて。雪が溶けはじめる五月には、淡い紫色の花が咲く。
○まどか、女風呂へ消える。
第七景 芸者・花菊
○ややあって、芸者の花菊、出る。
花 菊 酔っちゃった、
隆 生 (大緊張)コッ、コンバンワッ! オッ、オフロ、デスカ?
花 菊 フーッ(息を吹きかける)。ね、お酒、臭いでしょ、
隆 生 もう、一度、息、吹きかけて、
花 菊 フーッ(再度、息を吹きかける)。ね、
隆 生 バラの匂い、
花 菊 お風呂、いただきます。
隆 生 どうぞ、
花 菊 ここんとこ、なんか、腕が上がらなくて、よかったら、背中、流してくれます? 勇気があるんなら、一緒に、お風呂、入りません。背中も、前も、洗わないで、待ってます。
隆 生 ワァーッ!
○花菊、女風呂へ消える。
隆生、女風呂へ、抜き足差し足……、
主水、出て、
主 水 なにしてんだ、兄ちゃん?
隆 生 ここな、クギ、打っておこうと……、
主 水 明日でも、いいべ、そんな。煮染め、どうすんだ? 明日の雑煮の餅も、まだ切ってないべ、
○隆生、主水、去る。
◎除夜の鐘。
○吉松、黒岩、忍者みたいに出て、女風呂の入り口へ。
風呂道具を持った紀子、出て、
紀 子 (微笑)「火の用心」。
男二人 (微笑)……
○吉松、黒岩、忍者みたいに、消える。
紀子、女風呂へ。
◇溶暗。
第二場 「鯨屋」・二〇〇八年二月三日
第八景 ナルシス・堀切
○堀切、出て、囲炉裏の側に坐る。
ややあって、「仲居」の衣装の美代、お盆に日本酒のとっくりを持って出る。
美 代 (湯飲みに日本酒を注ぎ)……冷やです。
堀 切 ありがとう。(呑む)
美 代 背中、流しますか?
堀 切 ……
美 代 また、降りはじめました。
堀 切 奥草津の冬、長いしょ。
美 代 雪解け、四月の終わりですか?
堀 切 東京生まれには、信じられないしょ。雪が、みんな、汚いものや、うるさい音を、吸い取ってくれる。
美 代 年齢、吸い取ってくれないもんですかね。いうでしょう、
堀 切 いう、
女二人 (微笑)
堀 切 もうどれくらいになる、ここで働くようになって?
美 代 ちょうど、一ヶ月、ご厄介になりました。……聞いてきました。東京で通っていた大きな病院って、やっぱり「国立ガン・センター」のことでした。
堀 切 (頷き)……ご苦労様。ごめんね、探偵みたいなことさせちゃって、
美 代 ……
堀 切 「偶然」って、あんだね、世の中に……、
美 代 ……
堀 切 まだ、あたしが、駆け出しの頃で、浅草で踊ってて、そこの劇場から歩いて五、六分のところに、ちょっとした料理屋があって、あのひと、そこでお寿司握ってて、何度かお寿司食べに行ってるうちに、あたしの方から誘って。じき、北千住のそばの堀切っていうところで、一緒に住むようになった。川風がもろに吹き付ける、六畳一間の、安アパートだったけど。優しいひとで、ご飯も満足に炊けないあたしに、文句ひとついわず、いろいろ教えてくれて、
美 代 ナルシス・堀切っていう名前の由来、あの「堀切」?
堀 切 知ってる、「堀切」?
美 代 ええ、
堀 切 あら、うれし。でも、幸せだったの、一年ほど。あのひと、胸患(わずら)って、胸患った寿司職人が、ひとの口に入るもの扱えない。
美 代 ……
堀 切 しばらく清瀬の方の病院に入院してたんだけど、それがきっかけで、歯車、少しづつ狂いはじめて。結局は、「仕送りするから」って。訣かれた。それが、そのひととバッタリ逢った、下の湯畑で。逢ったとき、あたし、「えっ?」って、思わず逃げ出してんの。(「あたし」)心底、小ズルイね。(「あんたも、お酒」)呑んでも、いいだよ。
美 代 (「いえ」)……
堀 切 身体治して、東京へもう一度出て、一旗揚げて。でも、やっぱり身体のことで、仕事に失敗して、じぶんの田舎へもう帰れないからって、奥さんのご実家の、この草津へ、来たんだそうだ。今度こそ、ホントの死に病いに、取り憑かれたね。……なんで、あのとき、角を曲がっちゃったのかな。真っ直ぐ進めば良かった。
美 代 ……
堀 切 (財布より、五百円玉を出し)これ、とっといて、
美 代 ?
堀 切 お駄賃。気持ちなんだから、とっといて。五百円。おつりちょうだいとはいわない。
美 代 はい(受け取る)。
○隆生、出る。
隆 生 (美代に)夜食、食べませんか?
美 代 すいません。
隆 生 よかったら、おば(伯母)さんも、
堀 切 隆生(「坐れ」)、
隆 生 なに?
堀 切 オシンコ、オシタシ、天ぷら、ハムエッグ、イカ刺し、小女子(こうなご)の佃煮。湯豆腐。七品だ、今夜のおかず。客に、七品も、出す必要ない。
隆 生 それくらい、常識だろ、
堀 切 ここが常識ある旅館か? オシンコ、オシタシ、大根の糠漬け、一品でいい。エビ天、タマネギ天。ハムエッグ、ハム無し目玉焼き。イカ刺し、薄切り蒲鉾。いろいろ工夫して、金貯めようと思うなら使わぬコト。
○まどか、出るが、堀切を見て、引き返す。
堀 切 そこの、見様によっちゃ、キレイな女のひと、
まどか 気が付かなくて、すいません。
堀 切 今月の利息。
まどか なんとかします。
堀 切 そこらのカード・ローンより安くしてます、利息。
まどか すいません。もうちょっと待って下さい。
堀 切 なんて顔してんの? 借りる時ばっか……、
○まどか、去る。
堀 切 (吐き捨てるように)……カッ!
隆 生 食べないんだな、夜食?
堀 切 (「夜食」)なんだ?
隆 生 カレーライス、昼の残り。
堀 切 七、八百坪はあるべ、ここ。一坪、十万で売れてみれ、いくらになる。計算してみれ。少しは無い頭で。
○龍、出る。
龍 一 ホッ、ホッ、ホッ、
隆 生 カレーライス、美味かったか?
龍 一 なんで、にんじん、あんな大きいまま、入れてあんだ。馬じゃねえ。
隆 生 (美代に)食べましょう。(堀切に)早く来いよ。
堀 切 ああ、
○隆生、去る。
堀 切 これ(封筒)、あのひとの家、行って、渡してもらえない。
美 代 ?
堀 切 お見舞い。
美 代 それ、ダメです。じぶんで渡すべきです。
堀 切 いまさら、顔、出せるワケないじゃない。お願い。
第九景 片桐敦彦
○敦彦、出る。
敦 彦 雪が溶けたら、琵琶湖に行こう。琵琶湖へ行って、「鳥人間コンテスト」、出よう。
龍 一 オレ、操縦士だな?
敦 彦 龍が、操縦士で、機長だ。
龍 一 右に旋回、左に旋回、
敦 彦 難しい言葉、知ってんな。
龍 一 右に旋回、左に旋回、
敦 彦 お小遣い、もらったんだって?
龍 一 (嬉しそうに、ポケットから、五千円札を出す)
敦 彦 (龍一のお金を、じぶんのポケットにしまう)
龍 一 ……あれ? ……あれ?
敦 彦 「龍一・鳥人間コンテスト・貯金」じゃん、いつもの、
龍 一 「龍一・鳥人間コンテスト・貯金」、そうか、
敦 彦 夏になると、「倍」になってお金が戻ってくる貯金じゃん、
龍 一 敦彦、大好き!
○風呂道具を持った紀子、出る。
紀 子 (「龍の小遣いまで取り上げて」)……ひとでなし。
敦 彦 オレたちは、奥草津イチバンの鼻つまみ家族なんだ。オレは、根性無しで、ひとつ仕事、一年と長く続かないし、姉貴は、「お焼き」売りながら、客取ってるし。こいつは、ノータリンだし、お前は、毎晩、ノータリン抱いて寝てるし、布団の中で、なにしてんだ、お前ら?
紀 子 (千円札を三枚、床に落とす)
敦 彦 (お金を拾い)……金、
紀 子 龍、お風呂、入ろ。着替え、持っといで、
龍 一 やだ。
紀 子 お風呂、入んだ。着替え。
敦 彦 金、
紀 子 早く、
龍 一 はい。(着替えを取りに行こうとする)
敦 彦 (龍の頭を殴る)……金、
龍 一 ?
紀 子 なに、龍、ぶつ。なんも、龍してないしょ。殴って気が済むんなら、あたし殴れ。
敦 彦 (龍の頭を殴る)……金、
龍 一 ?
紀 子 (「龍」)来い、
○龍一、紀子の背後へ移動する。
紀 子 あたし死ぬとき、龍、殺して死ぬ。龍、絶対、九州の施設なんかに行かせない。
敦 彦 ノータリン、ここで、飼い殺しにするつもりか。九州の施設やって、パン作り習わせる。それが一番いい。
紀 子 龍、どこへもやらない。
○吉松、黒岩、出て、「涙くんさよなら・作詞作曲・浜口庫之助」を歌う。
吉 松 「(歌う)涙くんさよなら さよなら涙くん また会う日まで
吉・黒 「君は僕の友達だ この世は悲しいことだらけ 君なしではとても 生きて行けそうもない……、
敦 彦 ?
吉 松 龍、着替え、持ってこい、
龍 一 ……
敦 彦 家族の問題に、口、挟むんじゃねえ!
○隆生、主水、出る。
隆 生 寝てる客もいるんだ。
敦 彦 起こせ!
隆 生 ……
掘・美 「(歌う)草津よいとこ、一度はお出で、ドッコイショ。お湯のなかにも、コリャ、華が咲くよ、チョイナ、チョイナ」。
龍 一 ……
美 代 (財布を出し、敦彦に)……差し出がましくてすいません。これで、よかったら、使って下さい。
○敦彦、消える。
隆生、主水、消える。
堀 切 (紀子へ)どこの家族にも、いるんだよ(「ああいうの」)。(龍一に)金槌(カナヅチ)で、頭、殴られないだけ、まだましだ。(紀子へ「敦彦、いま」)職が、無いってのも、つらいもんなんだ……、
○堀切、美代、龍一、掃除道具を持って、紀子たちに会釈し、去る。
紀 子 ありがと。
吉 松 なんもサ、
紀 子 あの、
吉 松 ?
紀 子 明日、下の旅館の食堂、来て下さい。お昼ご飯、ご馳走させて下さい。黒岩さんも、
黒 岩 ありがとう、
吉 松 なんも、喋れなくて、こっちこそ、ゴメン。いざというとき、肝心なときに、オレ、なんも喋れない。
紀 子 身体が、喋ってくれてる。
三 人 (微笑)
黒 岩 今度、下の街のカラオケ、行きましょう、みんなで。
紀 子 ありがと。
吉・黒 (なんか、歌う)
紀 子 (微笑。「デュエットが」)合ってない……、
吉・黒 (嬉しそうに、何度も頷く)
○龍一、バスタオルのマントにパンツ一枚で、着替えを持って、出る。
吉 松 (龍一に)風呂、入れてもらえ。
龍 一 うむ。
○吉松、黒岩、去る。
紀子、龍一の尻をポンと打つ、
龍一、女風呂へ入ろうとする。
紀 子 龍、
○龍一、男風呂へ、入る。
第十景 「六道の辻」
○敦彦、忘れ物を取りに戻った感じで出るが、紀子を見て、去ろうとする。
紀 子 カレーライス、残ってるって、
敦 彦 (微笑)母ちゃんのオッパイ、知らない。粉ミルクで、育った。
紀 子 (微笑)まだ、そんなこと、いってる。
敦 彦 一歳のオレが、寝ている隣の部屋で、誰がオレを育てるか、大声でケンカしながら話してた。翌朝、起きると、知らない家で、オレは、寝ていた。
紀 子 それは、違う。
敦 彦 子供の頃、六道の辻のずっと奥にある祠(ほこら)まで、肝試しやったべ、提灯一つで、夏の夜?
紀 子 いつも、泣いていたネ。(「あたしも」)怖かった。
敦 彦 ホントに怖かった。提灯一つで、真っ暗な夜道を森の奥の祠まで歩いて行く。すると、どこかの真っ黒な大きな木の陰から、急に知らないひとが現れて、「お前は、今日から、ウチの子だ」って、どこかへ連れて行かれそうな気がして。あの怖さは、忘れようと思っても忘れられない。
第十一景 敦彦と主水と紀子
○主水、出る。
主 水 (敦彦に)……うちの板場に、立ってもらえねえだろうか? ……ダメだろうか?
敦 彦 だって、春には、
主 水 それまでで、いいんだ。雪溶けまでで。オレ、東京、出ようと思う。東京、出たい。
敦 彦 ?
主 水 兄貴、不器用だから、料理は、オレが作ってる。オレ、東京、出たら、ここで料理作る人間いなくなる。美代さんは、掃除洗濯でめいっぱいだし、
敦 彦 ……
主 水 勝手なお願いで、申し訳ないんだけど、どうだろうか?
敦 彦 東京?
主 水 ワケ、いま、ちょっと、話せねえんだけど、どうしても、オレ、雪溶け前に、東京へ行かなきゃならないんだ。
敦 彦 包丁、もうだいぶ握ってねえし……、
主 水 いますぐ返事ってんじゃなくて、考えていてもらえねえかな……、
○敦彦、去ろうとする。
紀 子 (二千円を出し)呑みに行くんでしょ?
○紀子、二千円を敦彦の手へ。
敦 彦 (お金を受け取り)借りとく。……九州に行く前に、龍、行きたがっていた海、連れて行こう。
紀 子 ……
○敦彦、去る。
主 水 (紀子に)……敦彦さんのいう通りだと思う。龍には、龍の人生がある。龍が、じぶんひとりで生きていける途を、みんなで探って、
紀 子 兄ちゃんが、正しいことぐらいわかってます。……あたし、龍がいてよかった、そう思ってます。ウソだけど。ウソだけど、龍の面倒を看ることで、倒れちゃいそうな「じぶん」を、なんとか、まっすぐ歩かすことができてる……、
主 水 龍ちゃんを、「杖」に使っちゃダメだ。
紀 子 ?
主 水 なんで倒れちゃ、いけないんだべか? 倒れてもいいんじゃねえべか。倒れて、手ェ挙げて、「助けてくれ」って、ひと呼んじゃ、なんで恥ずかしいんだべか。紀ちゃんの、倒れまいとする、その人一倍の頑張りが、紀ちゃん、カタクナにさせてる。
紀 子 ……
主 水 ヒエーッ! ごめん。生意気いって。お昼の残りだけど、カレー、残ってる。
紀 子 ……
○主水、会釈をして去る。
紀子、ロビーの電灯を消し、去る。
第十二景 長山弘次
○長山、体操帽に半裸で出て、ロビー中央に、布を敷き詰める。
紀 子 ……?
長 山 (夏の蝉の声)……ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン……、
◎サザンの音楽、入る。
長 山 「海」だ……、
○美代、龍一、紀子、出る。
長山、布に、じぶんの足を一歩踏み出す。
長 山 ……アッチッチ! ……アッチッチ! ……砂浜が、焼けてるぞ!
○長山、紀子と美代と龍一を見て、微笑む。
龍 一 (布に、じぶんの足を一歩踏み出す)……アッチッチ! ……アッチッチ! ……アッチッチ! ……アッチッチ! (美代に)……「海」だ。
美 代 (布に、じぶんの足を一歩踏み出す)……アッチッチ! ……アッチッチ! ……アッチッチ! ……アッチッチ! (紀子に)……海よ。
紀 子 (布に、じぶんの足を一歩踏み出す)……アッチッチ! ……アッチッチ! ……アッチッチ! ……アッチッチ!
全 員 (仮想の「海」に向かって)……オーイ! ……オーイ! ……オーイ!
○全員、「泳ぎ」はじめる。
①龍一(「平泳ぎ」と「イルカ」遊び)、②長山(「犬かき」と「健康」遊び)
③美代(「シンクロ」と「サンマ」遊び)④紀子(「シンクロ」と「タコ」遊び)
※稽古場にて、よろしく。
全 員 バンザイ! バンザイ!
○長山、遊びの途中で倒れる。
紀 子 燃え尽きちゃった?
長 山 燃え尽きちゃった……、
紀 子 お部屋まで、送ります……、
○紀子、長山を介抱しながら、両者、消える。
第十三景 龍一と美代②
○美代、床の布を片付ける。
龍 一 (「美代さん」)なんで、こんな雪が深くって、寒い田舎まで、ひとりで来た?
美 代 ……
龍 一 オオッ、オッ、ごめん。ごめん。
美 代 龍ちゃんに、逢いたくて、
龍 一 (微笑)美代さん、優しいから、オレ、秘密、打ち明ける。
美 代 ?
龍 一 パン屋「タツノオトシゴ」。
美 代 ?
龍 一 敦彦、オレが、九州でパン作り憶えたら、下の街で、「タツノオトシゴ」って名前のパン屋、作ってくれるんだ。「タツノオトシゴ」。「龍」の龍、
美 代 ……小母さん、「タツノオトシゴ」で、雇ってくれないかな?
龍 一 ……それは、困ったぞ。どうしようかな、
美 代 ダメ?
龍 一 っていうか、敦彦が運転手、オレがパン生地作り。紀子がオーブンでパン焼く。まどか姉が店番、もうひとり? そんなにもうかるかどうか、
美 代 そうだね。ごめん、
龍 一 どした?
美 代 おばさんにも、龍ちゃんぐらいの……、
龍 一 ……
○堀切、お風呂道具を持って、出る。
堀 切 龍、紀坊、怒ってるぞ、早く寝ろって、
龍 一 カンシャク持ちが、
美 代 もう寝る時間よ。
龍 一 はい。(去りながら、二人に)……おやすみなさい、
○龍一、去る。
堀 切 (遠のく龍一の背中に見ながら、「龍一が」)不憫(ふびん)でね。
美 代 お風呂ですか?
堀 切 ああ、
美 代 ご一緒に。背中、流します。
堀 切 あの子、あんたに、ようく馴(なつ)いてるね。人嫌いなんだけど、
美 代 ……(周囲を見回す)
○二人、女風呂へ消える。
第十四景 吉松の「なんでもないものの尊厳」(谷川俊太郎「定義」より)
○吉松、バスタオル一枚で、出る。
吉 松 「なんでもないものの尊厳」……、
なんでもないものが、なんでもなくごろんところがっていて、
なんでもないものと、なんでもないものとの間に、なんでもない関係がある。
なんでもないものが、何故此の世に出現したのか、
それを問おうにも問いかたが分らない。
なんでもないものは、いつでもどこにでもさりげなくころがっていて、
さしあたり私たちの生存を脅かさないのだが、
なんでもないもののなんでもなさ故に、私たちは狼狽しつづけてきた。
私たちは、なんでもないものを、なんでもなく述べることができない。
寸法を計り、用不用を論じ、存在を主張し、質感を表現することは、
なんでもないものから、無限に遠ざかっているに過ぎない。
○黒岩、風呂道具を持って出て……、
黒 岩 グッド! ……風呂、入ろ。
○吉松、黒岩、女風呂へ消える。
第十五景 敦彦と花菊
○風呂支度を手にした敦彦、出る。
ややあって、風呂支度を手にした花菊、出る。
両者、ロビーで交差し、会釈。
敦 彦 (長イスに坐り)……但馬(たじま)さんが亡くなって、もう何年になります?
花 菊 ……三年、
敦 彦 (「花菊さん」)なんで、新しい旦那、取らないんですか?
花 菊 (囲炉裏端に坐り)……あたしは、もうだれにも振り向かれない人間です。本棚の隅の方に、何年も読まれずに、ほったらかしにされて、ホコリの積もった昔の週刊誌みたいに、もうみんなから、忘れられてしまった過去の人間です。あのひとが死んでから、ずっとひとりを通して来た。で、思うようになった。ひとは、ひとりが、いちばん強いんじゃないかって。(微笑)生意気、いっちゃった。
敦 彦 ……下の街でもらいました、新しい軽石、使って下さい……、
花 菊 まどか姉、「お焼き」売りながら、客、取ってる、本気で、そんな風に思ってる?
敦 彦 ……姉貴が、客、取ってるなんて、思ってません。
花 菊 じゃ、なんで、喋ろうとしない。
敦 彦 ……
花 菊 喋りかけられる方より、喋りかける方に、なりなよ。軽石、ありがとう。使うね。
○花菊、女風呂へ、
花 菊 (微笑)……今度、あたしのツケで、呑みにおいで、
○花菊、微笑しながら、女風呂へ、消える。
敦 彦 ……
敦彦、男風呂へ、消える。
第十六景 まどかと隆生②
○隆生、まどかの腕を強引に把つかんで、出る。
まどか (胸元の空いたドレス)……なにすんだ? なにすんだよ。放せ、手。放せ、手。
隆 生 泥棒猫じゃあるまいし、夜中のコソコソしやがって。
まどか 痛いから、放せって、手。
隆 生 (手を放し)……なんだ、その格好? 「男日照り」でも、あるめえし、
まどか 「男日照り」だよ。……隆生さんには、関係ねえべさ。放っといてよ。(……大泣き)
隆 生 ……最近、ばあちゃんのお見舞い、毎日のように、行ってんだって? じいちゃん、喜んでた。
まどか ……(泣いている)
隆 生 なして、悪ぶる?
まどか ……
隆 生 どこで、売ってんだ、そんな、ドレス? 下の街には、売ってないべ。
まどか ……
隆 生 好きだ、そういう胸の開いたヤツ。
まどか (胸元を隠す)
隆 生 男が、鼻の下、長くして、胸の谷間、千円札、はさんでくれるのか? いくらだ?
まどか ?
隆 生 いくら、入れれば、胸が、ポロッて、……こう、なにするんだ?
まどか 千円、
隆 生 (財布より、千円を、出す)
まどか (胸元に手を伸ばす)
隆 生 冗談だべさ。……見たいけど、
まどか パッ……、(胸を見せるマネ)
隆 生 それで、千円? 高くねえか?
まどか (微笑)
隆 生 下の、新しいホテルの、それが、客寄せサービスか?
まどか や、二次会、二次会の個人的な、特別サービス。
隆 生 一万円、入れられたら、どうすんだ?
まどか それ以上のことは、しねえ、
隆 生 当たり前だべサ。(じぶんの財布に、千円を、しまう)
まどか (微笑)
隆 生 「説教」なんか、できるガラじゃねえ。
○隆生、カセットのスイッチを入れる。
◎クェンティン・タランティーノ。「パルプ・フィクション」流れる。
○隆生、ズボンを脱ぐ。
まどか (「なにする? やめて!」と、身を固くする)
隆 生 (股引で踊り)……来い。踊るべ!
○二人、楽しく踊る。
黒岩、吉松、敦彦、長山、出て踊り、女風呂へ消える。
隆 生 もう悪ぶるの、やめれ。チューリップの球根、いま、水に浸してあっから、今年は、咲かせてみせる。
まどか (隆生に抱きつく)
隆 生 ワァーッ!
まどか (離れ)……イクジナシ。(急いで、去る)。
○美代、出る。
美 代 まどかさんのこと、お好きなんでしょ? 男はハッキリしなきゃ……、
隆 生 勘弁して下さい。
○美代、微笑しながら、去る。
男四人 (その場で)今夜は、眠れませんね……、
○男たち、男風呂へ消える。
主水、出て、いきなり「音楽」を消す。
隆 生 ?
第十七景 主水と紀子の「チェーホフ」
主 水 「タララブンビア。すべては、蛙のツラにションベンだ。なにも起きはしなかった。なにもありはしなかった」。……「三人姉妹」、翻案、五所川原主水。……東京行って、チェーホフみたいな劇作家になりたい。温泉しかない、ど田舎の、狭苦しくって、蒸し暑くってたまらない、こんな場所で、それでも頑張って生きている、虫けらみたいに小っぽけな人間たちが、オレ、好きだ。この奥草津の人間たちこと、オレ、じぶんのこの手で、描けるようになりたい。東京行って、演劇、勉強したい。
○紀子、出る。
紀 子 まあ、あの楽隊の音。あの人たちは去って行く。ひとりは、もう永遠に逝ってしまったし、わたしたちだけ、ここに残って、またわたしたちの生活をはじめるのだわ。生きていかなければ……、生きていかなければ……、
隆 生 ?
二 人 働かなくっちゃ、ただもう働かなくっちゃ。……楽隊は、あんなに楽しそうに、あんなに嬉しそうに鳴っている。あれを聞いていると、もう少ししたら、なんのためにわたしたちが生きているのか、なんのために苦しんでいるのか、わかるような気がするの。それが、わかったら、それがわかったら……ねえ。……アッ、
○隆生、黙って去る。
主水、紀子、シュンとして、女風呂へ去る。
第三場 「鯨屋」・二〇〇八年三月三日
第十八景 龍一の「旅立ち」
○中古だが、余所行き衣装を着て出る、龍一。
龍 一 オレ、今日、九州の施設に行きます。施設で、パンを作る仕事を習います。
○敦彦、ゆっくり出る。
敦 彦 (龍一の服装を見て)……似合ってるぞ。下の下村洋品店のツルシだ。ごめんな。
龍 一 ありがとう。
敦 彦 (財布を渡す)
龍 一 ?
敦 彦 「龍一・鳥人間コンテスト・貯金」じゃん、
龍 一 ありがとう。オレ、今日、九州の施設に行きます。施設で、パンを作る仕事を習います。
敦 彦 ……
○敦彦、去る。
第十九景 黒岩の「割り箸鉄砲」
○作業着姿の黒岩、箱を持って出る。
黒 岩 あれが阿多多羅山(あだたらやま)、あの光るのが阿武隈川。
龍 一 ?
黒 岩 ここはあなたの生れたふるさと、あの小さな白壁の点点があなたのうちの酒庫。
それでは足をのびのびと投げ出して、
このがらんと晴れ渡つた北国の木の香に満ちた空気を吸はう。
あれが阿多多羅山(あだたらやま)、あの光るのが阿武隈川。
……おらが故郷(くに)さを、歌ったうただ。いいとこだぞ。龍、一度、遊びに来い。
龍 一 うん。
黒 岩 (箱を龍一の前へ出し)……開けてみろ。
○龍一、箱を開け、中を見て「ウワーッ」、……取り出す。
龍 一 ウワーッ、割り箸ライフル。
黒 岩 格好いいか?
龍 一 格好いい、
黒 岩 気に入ったか?
龍 一 いった。すげえなあ。黒岩さん、ありがとう。
黒 岩 ここの割り箸、盗んで作った。
龍 一 オレ、今日、九州の施設に行きます。施設で、パンを作る仕事を習います。オレ……(「九州、行きたくない。行きたくない」)、庭の梅の木に遊びに来る、メジロだって、いつも家族一緒で、遊びに来る。
黒 岩 ……九州へ行っても、元気でいるんだぞ。
○黒岩、消える。
第二十景 美代と龍一③……黒岩の「死」
○美代、出る。
美 代 ……龍ちゃん、今日の九州行きは、取り止め、
龍 一 ?
美 代 夕べ、黒岩さん、お仕事の最中、大切な命綱が切れて、高い高い高圧線の塔の上から落ちて、病院に運ばれたの。病院で、一生懸命頑張ってたんだけど、今朝、亡くなったの。
龍 一 ……
美 代 黒岩のおじさん、ここに、ジキ、帰って来るよ。今日は、お外に出ないで、ここにいて、(「黒岩の」)おじさん、迎えてあげましょ。
龍 一 ……
○吉松、電話機を持って、出て、坐り、
吉 松 ……(「黒岩は」)藤沢周平の「小説」と千昌夫の「唄」が、好きだった。
○美代、龍一、吉松に会釈して、去る。
第二一景 夜空への電話
◇「鯨屋のロビー」、急速に暗くなる。
○吉松、電話機を目の前に置き、存在しない黒岩との会話。
吉 松 ……どうぞ、
※黒岩 (「や、どうぞ」)
吉 松 や、どうぞ、
※黒岩 (「どうぞ」)
吉 松 どうぞ、
※黒岩 (「どうぞ」)
吉 松 や、どうぞ、
※黒岩 (「や、どうぞ」)
吉 松 遠慮しないで、かけたらいいじゃないですか、どうぞ。……そう、いわれても。
○作業服の黒岩、女風呂より、出る。
吉 松 ……(微笑)相変わらず、女風呂か?
黒 岩 (微笑。電話機示し)どうぞ、
吉 松 どうぞ、
黒 岩 や、どうぞ、
吉 松 や、どうぞ、
黒 岩 どうぞ、
吉 松 どうぞ、
黒 岩 や、どうぞ、
吉 松 や、どうぞ、
黒 岩 なに? どっちなの?
吉 松 かけて……、
黒 岩 かけて?
吉 松 みたい。
黒 岩 誰に?
吉 松 こんな時間に、蕎麦の出前は取りません。
黒 岩 いうねえ。番号?
吉 松 それは、ま、適当、
黒 岩 (電話機を押さえ)もう、いい。
吉 松 や、ちゃんと、やる。ごめん。
黒 岩 だって、おかしくない、そういういい加減なのは。おかしいです。
吉 松 ごめん。やらして。やらして下さい。
黒 岩 (吉松の頭をぶつ)……いっつも、そう。煮え切らない煮豚。図抜け大一番小判型。
○黒岩、電話機を、放す。
吉 松 (嬉しそうに、電話番号を廻し、電話を掛ける。微笑)
黒 岩 (微笑)
吉 松 あ、もしもし、あ、もしもし、あ、もしもし……、え? あ、もしもし、あ、オレ、
黒 岩 バカ、
吉 松 うん、ここから見える、君の家の便所の電灯。いま、点いてるね。君が部屋にいて、まだ寝ていないっていうシルシ。見えた? オレの家の二階の便所の電灯。オレが家にいて、まだ寝ていないってシルシ。
黒 岩 なんで、かかるんだ。
吉 松 かかった。……ぼくは、君がまだ起きてるか、知りたくて、便所へ行く。君の家の便所の明かりが見える。君は、まだ眠っていない。テレビの途中で、便所へ行く。本を読みさして、便所へ行く。君の家の便所の電灯が点いてる。君は起きている。ただそれだけのことのために、ぼくは何度も便所へ行く。……ひとを好きになるなんて、おかしなことだね。消えた。おやすみなさい。ぼくも(「明かりを消す」)……カチッ。
○吉松、受話器を置き、嬉しそうだ。
吉 松 リーン、リーン……、
黒 岩 (受話器を取り)あ、はい、もしもし……、あ、オレ、和彦。あ、お袋? うん。みんな元気でやってる? じいちゃん、ばあちゃん、元気? 父ちゃんは? 正夫は? オレ、元気だ。あ、今年は、帰るわ。や、オレが、帰りたいんだ。オレの部屋、誰にも貸してないよね。オレ、帰っていいかな。都会なんてもう嫌だ。お袋! ……これからのこと、ゆっくり考えたい。(……受話器を置く)
○黒岩、消える。
第二二景 「夕焼け雲」
吉 松 (立ち上がり)……あれが阿多多羅山(あだたらやま)、あの光るのが阿武隈川、
◎千昌夫の「夕焼け雲」、流れる。
○全員、出て、歌う。
全 員 「①夕焼け雲に 誘われて 別れの橋を 越えてきた
帰らない 花が咲くまで 帰らない 帰らない
誓いのあとの せつなさが 杏の幹に 残る町
○美代を残し、全員、退場。
美代、雑巾バケツで、掃除をはじめる。
第四場 「鯨屋」・二〇〇八年三月三十一日
第二三景 幕切れ……「それぞれの出発」
◎音楽、千昌夫の「夕焼け雲」を「二番」まで流し、消える。
②二人の家の 白壁が ならんで浮かぶ 堀の水
忘れない どこへ行っても 忘れない 忘れない
小指でとかす 黒髪の かおりに甘く 揺れた町
○旅支度の堀切、出て、長イスに坐る。
堀 切 (美代に)よく働くね、
美 代 お出かけですか?
堀 切 なんで、こんなところで働いてんの?
美 代 ええ、(微笑)
堀 切 どうして? なんか、あんでしょ、なんか? おかしいよ、あんた。旦那さんもお子さんも、いるっていうじゃないの。なんで、そういうひとが?
美 代 はい、
堀 切 とうとう来月、ここ閉めるんだ。
美 代 隆生さんのお祖父さんのお祖父さんの代に、この「鯨屋」建てて、何度も建て替えられて、隆生さんのお親父さんも建て替えて、隆生さんの代で閉めるんですか?
堀 切 下の街から、だいぶ離れてるからね、冬は、客、来ないんだ。
○隆生、出る。
隆 生 あの、美代さん、これ(封筒)、来月、宿泊客予約ゼロなんで。今月分と、ホントにちょっとなんですが、ボーナスのマネゴトみたいなの、させてもらってます。いままで、ホント、ありがとう。助かりました。
堀 切 (美代に)ご苦労様。
美 代 いただきます。(封筒を受け取る)
○外出着の紀子、出る。
紀 子 主水さんが(「いま、挨拶したいって、隆生さんに」)、
○外出着にカバンの主水、出る。
主 水 兄ちゃん、オレ……、
隆 生 お前は、オレに似て、顔がいい。物書きばかりでなく、役者の方も、試してみれ。
主 水 そう思ってる。
○まどか、出る。
隆 生 (まどかに)なんだ、その格好。「若」ぶって。どこ行く?
まどか 大阪、
隆 生 ホステスなんか、ダメだ。どこも、行くな。
堀 切 隆生、
まどか 「パン作り」の勉強、二年してくる。下の街で、小さくともじぶんの「パン屋」持ちたい。待ってて。
隆 生 待ってるサ。(主水に)祝いの門出だ。なんか、やってみれ。
○主水、紀子、「あるある探検隊」を、二つ、やる。
全員、拍手。
隆 生 行ってこい。
主 水 頑張る、
紀 子 駅まで、送ってきます。
隆 生 頼みます。(まどかに)赤ん坊なんて、抱いて帰って来るな。
まどか (紀子に)ごめん。龍のこと、お願い。
紀 子 あたしの方こそ、ごめん。二年、頑張ってきて。龍、ちゃんと看てるから。
まどか ありがと。じゃ、
隆 生 オウ!
○まどか、主水、紀子、去る。
ややあって、旅支度の吉松、やはり旅支度の長山を支えて、出る。
龍一、出る。
吉 松 いろいろ、やっかいになりました。
隆 生 (会釈)
吉 松 美代さんにも、
美 代 今度は、いつ? また、こっち、来てくれるんでしょ?
吉 松 来ます。でも、この「鯨屋」、その頃には、もう無いんですね?
隆 生 ……
長 山 一度、東京に帰って来ようと思います。荷物、そのままにしてありますので、よろしくお願いします。
美 代 頑張らなくちゃダメですよ。
長 山 はい。
吉 松 東京まで、送ります。(隆生に)黒岩のことでは、
隆 生 や、もう、そんな、
○芸者・花菊、出る。
花 菊 隆生さん、いろいろ、ありがとうございました。
隆 生 え? どこへ行くんです? やだ!
花 菊 下の街の「橘(たちばな)屋」さんで、部屋がひとつ空いたんで、来ないかって、
美 代 そうですか、
堀 切 下の街なら、仕事も近くで済みますもんね、
花 菊 はい。隆生さん、いろいろ、ホント、ありがとう。
隆 生 やだ!
堀 切 二股、掛けるんじゃない、
吉 松 (微笑し、花菊に)行きましょうか?
花 菊 はい。
長 山 じゃあ、
吉 松 龍、元気でな、白いものが、空からまた降りはじめたら、必ず来るから、
龍 一 待ってる。
長 山 ありがとな、
龍 一 元気出さないと、ダメだ。
吉松組 じゃ、
鯨屋組 はい。
○花菊、長山、吉松、去る。
堀 切 淋しくなるな、
隆 生 なんもさ。(堀切の旅支度を見て)なんだ?
堀 切 北海道だ。遅咲きの桜が、咲きはじめる頃には、帰ってくる。
隆 生 酒、飲み過ぎるな。
美 代 隆生さん、
隆 生 はい?
美 代 (「鯨屋」)もう少し、やってみませんか?
隆・堀 ?
美 代 銀行から借りたお金、いちどきに返そうなんて思わないで、月々の返済金、ちゃんと返していければ、いいんじゃないんでしょうか。雪が溶けたら、前の道、みんなで舗装して、来年の冬には、クルマがここまで、入れるようにして。どうでしょうか。鯨屋、もう少し、あたしでよければ、もう少しお手伝いさせていただけないでしょうか?
隆 生 ……
堀 切 (懐中より、「預金通帳」を出し)……これ、使え。
隆 生 ?
堀 切 年、6パー(%)でいい、
隆 生 (「伯母さん、これ」)命より大切な虎の子だべ?
龍 一 オレも、手伝う、
隆 生 (通帳を堀切に返す)
堀 切 ?
隆 生 龍、風呂、入ろう。背中、流してやる。
龍 一 オウ、
○隆生、龍一、男風呂に向かう、
隆 生 あの、
堀・美 ?
隆 生 もう少し、頑張れるだけ、頑張ってみるかな。(堀切に)酒、飲み過ぎるな。
○隆生、龍一、男風呂に消える。
堀・美 (微笑)
堀 切 「鯨屋」、よろしく頼むね。
美 代 はい。お気おつけて、
堀 切 あんた、ただもんじゃないね。まさか、縄付き(手錠のマネ)さんじゃないよね?
美 代 かも、
堀 切 (微笑)
○堀切、去る。
美代、掃除を再開する。
調理人の服装の敦彦、出る。
敦 彦 これから、渋川まで行って、イノシシの肉、仕入れてきます。今夜のお客さんが、最後のお客さんですよね。今夜は、「山鯨」の鍋、「牡丹鍋」にしましょう。美味しい。もともと、「鯨屋」という、この湯治場の名は、「山鯨の鍋の美味しい宿」というところから、きてるんです。
美 代 ありがとう。
敦 彦 (微笑)なにが?
美 代 「牡丹鍋」? (「身体が」)暖まりそう。
敦 彦 暖まります。
美 代 気をつけて、
敦 彦 じゃ、
美 代 はい。
○敦彦、去る。
美 代 「雉は野へ猿は山へと別れゆき」。貨物船……、
○美代、掃除をはじめる。
龍一、パンツ一枚で、男風呂より、再度出て、
龍 一 (「掃除」)手伝う、
美 代 バカツレエゾ、
龍 一 このォ……、
美 代 よかったね、
龍 一 戦車、作ってくれ、
美 代 ちゃんと、お風呂に入ったら、
龍 一 オオッ、約束だぞ。
美 代 約束。
○龍一、再度、男風呂へ入る。
美代、掃除を再開する。
◇溶暗。
◎ドリフターズの「いい湯だな」流れ出す。
※終わり。 脱稿・平成二十年二月三日。