2021年12月23日 

 
左寄せの画像 菅間馬鈴薯堂37回公演
 
 
  じぶんのことでせいいっぱい
    ~ダンスはうまく踊れない~

 
 
 【公演期日】 2019年5月24日~28日
 【劇場】 劇団一の会・江古田ワンズ・スタジオ
 【台本・演出・音響プラン】 菅間 勇
 【舞台美術・監督】 西山 竜一
 【照明プラン・操作】 吉嗣 敬介
 【音響操作】 市川 敬太
 
 
 
 
 
 
■ 【登場人物・俳優名】
 
 稲川 実代子  西日暮里の公園のお掃除小母さん・美代7?才
 植 吉     放置自転車のラベルを貼る男・高橋7?才
 吉川 慎太郎  ダンサー志望のラーメン屋・慎太24才
 シゲキ マナミ  俳優志望の愛美25才
 河内 拓也   夕焼けだんだんのアイスクリーム屋の拓也37才
 瀧澤 孝則   日暮里の弁当屋の孝則44才◆
 村田 与志行  寿賀信用金庫の行員44才
 西山 竜一   戦前の詩人・小説家木本捷吉43才◆
 加古 みなみ  その妻・しの34才<◆ ----- ◆死者>
 
 
■ 場面構成
 
 プロローグ  夜風の中の公園の九人のイメージ
    一景  慎太と愛美のダンス(1)
    二景  夜、石を運ぶ
    三景  闇夜の提灯(1)
    四景  孝則と拓也のダンス
    五景  闇夜の提灯(2)
    六景  高橋と美代のダンス
    七景  S信用金庫の男のダンス
    八景  慎太と愛美のダンス(2)……「三人姉妹」
    九景  たった一人の西日暮里駅襲撃
    十景  四人のバック・ヤードたちのダンス
   十一景  闇夜の提灯(3)
 エピローグ  真夜中の公園の風のイメージ
 
 
■ 【日時・場所】
 
 (1)2019年5月、道灌山の高台にある西日暮里公園の夜。
 (2)1944年5月、西日暮里・道灌山の高台の夜の道。
 (3)1948年5月、同。
 
 
■ 【舞台】
 
 いつものようになにもない空間。
 登退場口は、二つ。(A)舞台奥より。(B)花道
 
 
 
 
 
  プロローグ  夜風の中の公園の九人のイメージの場面  
 
★舞台、薄暗い。 ●風の音。 舞台奥より、美代、出て、正面へ向かって立つ。 美 代  ……この西日暮里公園は、JR西日暮里駅の横の道灌山にある。……高台のこの場所に立ち空を見上げると、こんな都会の夜空でも、雁(がん)の群れが十羽にも満たない数で隊列を作り、寝ぐらの不忍池へゆっくり帰って行く光景を見ることができる。まれにだけど……、
※「この町の空にもつらなりて雁飛ぶと望楼に働く青年は告ぐ」 (柴生田稔(しぼうたみのる)「入野」 高橋、うれしそうに舞台奥より出て、美代の隣へ……、 美 代  ……なんで諏方様の参道の石を盗み、その石をまた元に戻すのか?
高 橋  美代さんのすることなら、なんでもお手伝いさせていただきます。
美 代  ……いつ、どこで、聴いたのか忘れちゃったけど、神社の参道の石を盗み、その石より立派な石を代わりに戻すと、願いが叶うんだって。立派な石なんか無いから、同じ石しか返せないけど、
高 橋  ……「願い」?
美 代  この世では、もう逢うことが叶わない人に、どうしても、もう一度逢って、お礼が言いたい。どうしても、もう一度逢って……、
高 橋  「どうしても逢いたいお人」……、
美 代  あたしがまだ三つか四つの頃の、あたしと母の命の恩人、
●夜の奇妙な鳥(梟)の声(二回)。※可能ななら「ギィギィギィ」という声が欲しい。 二人、夜空を見上げ、微笑む。 ★舞台、急速に暗くなる。 舞台奥より、孝則、出る ※●印は、音響。★印は、照明。 孝 則  ……(微笑)お待たせ……、
孝則、美代、高橋を見て、微笑。 三人、所定の位置につく。 舞台奥より三人、花道より三人の男女、ゆっくり出る。 六人、所定の位置へ就く。 みなみ  (音響・照明オペ室を振り返り、にこやかに)……お願いします。
●DA PUMPの「U.S.A.」、入る 全員、DA PUMPの踊りを可能な限りコピーして、踊る。  

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登場人物全員によるDA PUMP「USA」のダンス  

 
歌詞  U-U-U.S.A. U-U-U.S.A.
    U-U-U.S.A. U-U-U.S.A.
    U.S.A  U.S.A

    C’-C’-C’-C’-C’-C’-C’, C’mon baby
    C’-C’-C’-C’-C’-C’-C’, C’mon baby

    U.S.A. オールドムービー観たシネマ
    U.S.A. リーゼントヘア真似した
    U.S.A. FM聴いてた渚
    U.S.A. リズムが衝撃だった

    数十年で関係(リレーションシップ)
    だいぶ変化したようだ
    だけれど僕らは地球人
    同じ星(ふね)の旅人さ

    C’mon baby アメリカ サクセスの味方 Organizer
    C’mon baby アメリカ ニューウェーブ寄せるウェストコースト
    C’mon baby アメリカ どっちかの夜は昼間
    C’mon baby アメリカ ユナイテッドする 朝焼け

    C’-C’-C’-C’-C’-C’-C’, C’mon baby
      ※①ボール投げ ※②股開き
    C’-C’-C’-C’-C’-C’-C’, C’mon baby
      ※③カニ歩き

    C’mon baby アメリカ ドリームの見方をInspired
    C’mon baby アメリカ 交差するルーツ タイムズスクエア
    C’mon baby アメリカ 憧れてたティーンネイジャーが
    C’mon baby アメリカ 競合してく ジパングで

    C’-C’-C’-C’-C’-C’-C’, C’mon baby
    C’-C’-C’-C’-C’-C’-C’, C’mon baby

……踊り、終わり、みんな、暫時ぐったりしている。 全 員  (ハァハァしているが、みなみへ)……お疲れさまでした。
みなみ  お疲れさま。今夜も、良くできました。苦しいときこそ、愉しい顔しましょ。
全 員  (それぞれに)……はい! ……ありがとうございました。
みなみ  はい……、
それぞれ、バラバラに舞台奥へ消える。 ※稽古場で、作りましょう。(最後に消える者は拓也)  
 
  一景  慎太と愛美の場合のダンス(1)
 
●風の音、やんでいる。 愛美、慎太、二人が残っている。 二人、顔を見合わせて、軽い会釈……、 愛 美  (慎太へ)あんまり、喋らないんですね? ……すいません。
慎 太  (軽く微笑)……
愛 美  ……うんでも、ここでみなさんと一緒に踊らせていただいて、もう随分になるのに、喋ってるとこ、見たことないです。すいません。
慎 太  (微笑み、立ち上がり)
愛 美  あれです、……なんか、喋りません? ……なんで踊りはじめたのかとか、うどんより蕎麦の方が、好きとか……、
慎 太  ……ごめんなさい、
愛 美  こないだ、諏方様で、あたしが、ヘタなセリフ練習しているとこ、見ててくれてましたよね?
慎 太  ……黙って見てて、ごめん、な、さい、
愛 美  あたし、喋るのとてもヘタなんです。でも、今夜、踊り、前より、ちょっとだけ踊れたから、(踊る……)1・2・3・4・5・6・7・8……。お喋りしたいです。もし、よかったら……、
慎 太  ……
愛 美  話、聴いてくれます?
慎 太  聴くのも、ヘタ……、(頭を下げ、去ろうとする)
愛 美  亀が、歩いてるんです、亀がゆっくり歩いてるんです。歩いていたら眼の前に、大きな壁が突然現れて……、亀は10センチ、壁の高さは1メートル。壁の向こう側へ往(い)けば、水草とか大好きな食べ物がいっぱいある池に辿り着けるんだけど、壁の左右を見渡すと、
慎 太  ……
愛 美  壁は、右も左もずっと向こうまで続いていて、向こう側へ行けない。……お終い、
慎 太  ……お仕事とか、うまくいってないんですか?
愛 美  話してくれた。……仕事、楽しかったら、毎週のように、夜の公園に来て、みなさんと一緒に踊りの練習なんてしてないですヨ。そうでしょ?
慎 太  ……
愛 美  ……話すの、辛いですか? ……(明るく)諦めます!
慎 太  ……オレの話す話、死ぬほど退屈だって……、
 
 

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左より、シゲキマナミ、吉川 慎太郎  

 
愛 美  誰がそんなこと言うんですか? オレの話、面白いだろうって自慢そうに話してるヤツの話、たいていつまんないじゃん、……ですか、
慎 太  ……こないだのセリフの練習、あれ、チェーホフの戯曲ですか?
愛 美  (大きく息を呑み)……なんで? なんで? そう、チェーホフの、「三人姉妹」、
慎 太  面白かったです……、(帰ろうとする)
愛 美  ちょっと待って! あたし、太ってるって、みんなに言われるんですけど、……太って見えます? (じぶんの腹を探る)
慎 太  (下を向き、首を振り)……丁度いい……、
愛 美  (腹をつかみ)体重、60キロ!
慎 太  ……
愛 美  65キロ!
慎 太  ……
愛 美  70キロ!
慎 太  ……(小声)75キロ、
愛 美  当たり!
二 人  オオイ! (拍手) (※ちゃんと大きい声を出して下さい)
愛 美  マナミです。
慎 太  慎太、
愛 美  楽しいぞ、はじめて慎太さんと話した! 死ぬほど退屈な話、聴きたいです。……なんでも、
慎 太  ……うちの店で、お客に、
愛 美  喋ってくれてる! ごめんなさい!
慎 太  出す生姜焼き定食のバラ肉、一人前約150グラム、
愛 美  はい、
慎 太  20キロ、平均体重より多いということは、その身体の中に、豚の生姜焼き約133人分が、無意味に入ってるということです。
愛 美  ……話、面白い! (拍手)
慎 太  痩せてるより、ちょっとは太ってる方が、……いい、
愛 美  優しい人……、死ぬほどつまんない話、もっと聴かせて!
慎 太  ……オレの話し聴くと、一瞬で「バタッ(倒れるマネ)」だよ、
愛 美  いい、です。
慎 太  ……内緒にしなくていいんですけど、できたら……、
愛 美  ……
慎 太  ……オレ、子供の時、虐められッ子で、いまでいう発達障害……、
愛 美  ……
慎 太  ……静かにしてることができなくて、大人しくジィッとして居られなくて、で、いろいろなことたくさんあって、なんか、じぶんより巨きなものから、いつも怒られてばっかしいるような感じがして、で、じぶん一人でできるものないかなって思ってたら、ここで、毎日、夕方になると、ひと言も喋らないでダンスの練習している女子高生たちがいたでしょ? (※身体を可能な限り動かさない)
愛 美  はい、
慎 太  あの娘(こ)たちの踊り、毎日見ているうちに、オレも一人で踊ってみよう。……踊りを始めたのは、それが理由。……やっぱおかしい、オレの話すこと?
愛 美  (落ち着いて)……ゼンゼン判ル!
慎 太  ……「なるほどちゃんは、チャーシュー麺、チャーシュー麺を食べるなら來來軒がお得だよ。厚めのチャーシュー一枚、おまけ」……、
愛 美  ?
慎 太  高校の国語の授業の宿題で書いたコピー……? バカでしょ?
愛 美  「なるほどちゃんは、チャーシュー麺?
慎 太  チャーシュー麺を食べるなら來來軒がお得だよ。
二 人  厚めのチャーシュー一枚、おまけ」。
愛 美  (笑い)ぶッ飛び跳び助級だ! ……腹廻りに、豚の生姜焼き定食、約133人分を詰め込んだ美人が、いま、慎太君に話しかける、「話さない」って……、
慎 太  あの女子高生たちの踊り、コヨーテの遠吠えだ!
二 人  (遠吠えをやる)
慎 太  コヨーテの遠吠えの声には、こんな言葉が混じってる。
愛 美  ……?
慎 太  「いま、あたしは、ここにいる。あなたは、いま、どこにいるの? いつかきっと、どこかで、必ず逢えるよね」!
愛 美  ……言っちゃえ!
慎 太  ?
愛 美  これから諏方(すわ)様で、セリフの練習やるんですけど、付き合ってくれませんか? あたしのセリフ、アシカが喋ってるみたいだって。見ててくれませんか。……一人、じゃ淋しい、
慎 太  ……
愛 美  いつも一時間320円の一人カラオケでセリフの練習。つまんない。
慎 太  芝居のこと、なんも知らない、オレ……、
愛 美  (慎太に近寄り)お願い!
慎 太  近寄るな! ……さァ、
愛 美  はい、
二人、花道へ消える。  
 
  二景  夜、石を運ぶ
 
●風の音。 ●「コーヒー・ルンバ」、入る。(※音響先行) 美代、高橋、花道より、参道の石を運びながら、出る。 美 代  サァ、行くよォ、頑張ってよォ!
高 橋  頑張ります!
二 人  ヨイショッ!
※二人の台詞 (1)「段、あるぞ!」、(2)石を舞台中央に置く。 (3)「この石、思ったより重たいなァ」等々……、 ※続いて、孝則+拓也、シゲキ+慎太、信金の順で、石を運ぶ。  
 
  三景  闇夜の提灯(1)
 
★舞台は、暗い。 時間は昭和一九年の五月のある夜。 ●蛙の声が響いている。 日暮里台地の夜の暗い坂道を提灯を持って歩く男女二人……。 し の  「昭和一九年五月!
    ふるさとへ帰りたいのう。
    谷川のほとりで
    身内いっぱい山の気を感じなら
捷 吉  ウンコをたれて見たいのう。
    ウンコをたれながら
し の  チチッ チチッ チチッ チチッ
二 人  チチッ チチッ チチッ チチッ となく
    山の小鳥がききたいのう。」 (微笑)
 

中央画像

左より、西山竜一、加古みなみ  

 
二人、相互に仮想のウンコを見詰め……、 捷 吉  蛋白質、喰わんと、あかんなァ……、(笑い)
し の  (微笑)
捷 吉  (頭陀袋から四合瓶を出し)……見ろ!
し の  お酒?
捷 吉  酒さ、三合、頑張って仕入れてきた。
し の  三合も……、
捷 吉  あるところには、あるんだね、
し の  お店でお燗を頼むと、手間賃で一合は掠(と)られちゃいます、
捷 吉  そこなんだ。冷やで呑もう。二人で三合の酒。一合も手間賃で掠られちゃ癪じゃないか、
し の  配給米を少しずつ溜めた三合。でも、これ全部、家にある米……、
捷 吉  溜めたな。今夜、そいつに鳥鍋に化けてもらう。銭はかかるが、毎日、芋や大根飯や菜っ葉飯ばっかりじゃ、お前も少しは栄養つけろ、
し の  (うれしそうに腰を動かしている)あたしは……、
捷 吉  鬼畜米英、戦時中だぞ、淫らな腰つき、慎め!
し の  なんか、久しぶりに下半身が、勝手に動いて……、
捷 吉  いいんだ。オレもだ、(腰を動かし)……、
二 人  (笑う)
捷 吉  ほんの少しだけ、今夜、贅沢しよう。明日のことを考えるのはやめよう。卵も沢山付けてくれるそうだ。
二人、夜道を歩きだす。 捷 吉  「満州農地開発公社」の広報課の嘱託で、待遇は課長に準じ、住宅も提供してくれ、留守宅手当ても出る。毎月さ、いくらかでも、お前の手元へ届けば、実家で肩身の狭い思いをしなくてすむ。
し の  あたしは……、
捷 吉  向こうで、現地徴集を受けることになる。覚悟しといてくれ、
し の  ……
捷 吉  オレのような役立たずの三文文士は、軍の報道班員となるしか途はない。断れば、明日にでも赤紙が舞い降りる。
●飛行機音……、(※実際に音響はかからない) し の  飛行機? 空襲?
捷 吉  や、あの高さだから、偵察機だ、
し の  ……
捷 吉  警報もならないし、迎え撃つ高射砲は杉の木造りで、弾もすでに無いのさ。急ぐぞ、
し の  はい、(スキップを踏む)
捷 吉  「鳥鍋」と聴いて、足取りがいいな、
し の  なんか、下半身が勝手に動いて……、(奇妙なスキップを踏む)
捷吉もスキップを踏む……、 二 人  (微笑)面白いなァ……、
捷 吉  いざ日本を離れると思うと、「なにを、オレはやり残したのだろう」と考えてみるんだけれど、じき梅雨だ、家の雨戸、治さなきゃ。そんなことしか思い浮かばない。
※「十幾年そのままにして過ぎて来つ外れる雨戸のことのみならず」 (柴生田稔「麦の庭」) し の  (微笑)雨戸、治してからにして下さい。
捷 吉  いまの借家へ移った雨の日の夜に、お前に早速にいいつけられた。あれから……?
し の  十二年です。
捷 吉  (微笑)治しておきます、です。
二人、笑いながら、花道より、消える。  
 
  四景  孝則と拓也のダンス(1)
~オレら、アリンコと同じくらい小さいな~  
拓也、一人で、舞台奥より、出る。 拓 也  ……駄菓子屋で、飴、万引きしたり、貸しボートで隅田川まで出て、波が強くなって帰れなくなって、親父にぶん殴られたり、諏方様で鬼ごっこしたり、夜中、谷津遊園の近くまで行ってアサリ採った、
孝則、舞台奥より、ゆっくり出る。 孝 則  ……(微笑)途中で、自転車、パンクした、
拓 也  (孝則の周囲を回り)……タカノリィ……、(微笑)隅田プールの女子更衣室覗いたり、
孝 則  凄かったなァ、女だけだとあんなあられもない姿になっちゃうんだ。
二人、股を拡げる。 拓 也  ハゼ釣ったり、ゴム・パチンコで「パン」、鳩、狙ったり……、孝則、お前、パチンコで諏方様に飛んでたコウモリ、狙ってたろ? 捕れたの?
孝 則  や、捕れなかった。ピーッ、ピーッ、ピーッって、超音波、出して飛んでんだろ。自転車で都電とよく競争した、
拓 也  した。
孝 則  お前、三丁目の交差点の角っこの吉田コロッケ店の良枝と、結局、したの?
拓 也  (微笑)ア、させてくれなかった。おっぱいしか触らしてもらえなかった、
孝 則  情けねえ、
拓 也  踊りってヨォ! 心と身体の無意識の解放というか、気持ち良くなりたいから踊ってんだろう。孝則は、踊ってるとき、一番気にかけていること、なに?
孝 則  できる限り力を抜いて、踊ること、
拓 也  オレたち、世の中の役に立つことなんか、一度だって喋ったことないじゃん、女と昔の事ばっかで、
孝 則  仕方ないじゃん、バカなんだから、
拓 也  わかんないんだ、オレ、いま、練習してることが……、アッ!
拓也、公園の地面に動くものを見つけ……、 拓 也  珍しい、夜のアリンコ。お前、こんな夜中近くに、巣、這い出して、(アリを指の上に乗せ)……あっちの草むら、行け(アリを吹く)、
拓也、舞台奥下に、アリを逃がし……、 孝 則  こないだ蓑虫、見つけたぞォ、
拓 也  どこ?
孝 則  (指し示し)……そこの榎、
拓 也  (微笑。正面に向かって叫ぶ)……オレ、木の枝にぶるさがって、一生風に吹かれてる、蓑虫になりたい! オレは、人間じゃなくて、ただの、「虫」だァ! (泣きべそ顔で孝則を見る)
孝 則  (拓也の顔を見て、驚いて)……泣いてんの!
拓 也  泣いてますネ!
孝 則  (正面に向かって叫ぶ)今年は、蝉の穴、十個見つけるぞォ!
拓 也  (微笑)キンタマ、触らしてくれ、
孝 則  今夜はダメ!
拓 也  触らせろよ。お前の、そこ、好き!
孝 則  五、六日前、ビックリしちゃったこと、あんだ、
 

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左より、瀧澤孝則、河内拓也  

 
拓 也  ……
孝 則  ……新三河島近くの六丁目の公園で、夜、タバコ吸ってたら、汚い自転車の前と後ろに、ビールの空き缶、山のように積んだ爺ィが来て、夜だし暗かったし、遠かったけど、アルミ缶の入った袋降ろし、なんかごちゃごちゃやってんだ。見てると、自転車の前籠から柴犬を取り出し、柴犬、そっと地べたへ降ろし、
拓 也  アルミ缶盗み集めてる乞食爺ィ、犬、飼ってやがんの?
孝 則  柴犬、うれしそうに散歩してんだ。けど、ようく見てみると、後ろの右足、無いんだ。
拓 也  ……三本足?
孝 則  後足一本無いから、飛び跳ねて歩くしかない。疲れるみたいなんだ。地べたに腹をくっつけて少し休憩し、またうれしそうに立ち上がって、歩く。爺ィ、ずっと犬のそばにいて、ドッグフードあげて、犬も人もその間、ひと言も声を発しない。
拓 也  ……それ見て、ビックリしちゃった?
孝 則  ……泣いちゃったんだ、その後……、
拓 也  ?
孝 則  爺ィ、自転車の後ろに着けていたポリバケツを持って、水道でポリバケツ、満タンにして、犬に水を飲ませて、
拓 也  ……
孝 則  残った水、公園の花壇へ、ザバーッて。十回以上、植込みに水あげて、花壇には、名前も知らない小さな花が、静かに咲いてて、
拓 也  (唐突に)「オレにも、水あげ、手伝わせて下さい!」、言わなかっただろうな!
孝 則  ……
拓 也  なぜ、黙って、静かに、犬と爺ィ、見守ってあげなかったんだ! なんて言った?
孝 則  ……「小父さん、アルミ缶、1キロ、いま、いくらぐらい」?
拓 也  ……
孝 則  (怒る)じゃどういう言葉で、声をかければいいんだ!
拓 也  ……キンタマに染みる話だな。女なら、失禁もんだ。
孝 則  ……
拓 也  なんか反応してくれ、相棒……、
●初音ミクの「青い珊瑚礁」、入る 二 人  行くか?
二人、仮想の自転車に乗り、漕ぎ出す。 二 人  出発ッ!
孝 則  日暮里村の街全体が、オレたちの本当の教科書だった頃の!
拓 也  オレたちガキの、思い出の街を取り戻しに行くんだ!
二 人  速えなァ、
孝 則  新幹線より速いんだ、
拓 也  道灌山通りを、右に回りました!
孝 則  尾久橋通りへ、出ました!
拓 也  ここが、昔からの日暮里繊維街です。丈夫でキレイな生地が、とってもお安く販ってますョ!
孝 則  今夜は、もっと違うとこ、行くべ。常夏のハワイ、行くべ!
拓 也  常夏のハワイ! 左旋回、
孝 則  左旋回、
拓 也  右旋回、
孝 則  右旋回、
二 人  速えなァ、
孝 則  夢みたいただろう、
拓 也  夢みたいだ、
孝 則  あれがダイヤモンド・ヘッドだ、
拓 也  高い波! 十階建てのビルより。アアッ、波来るぞォ、高いぞ!
二 人  ウワーッ! ザブン! やっぱ、しょっぺえな、ハワイの波も、
孝 則  モンマルトル、行くか?
拓 也  モ・ン・マ・ル・ト・ル! ようし、右旋回、
孝 則  右旋回、
拓 也  ようし、左旋回、
孝 則  左旋回、
拓 也  孝則!
孝 則  なんだ?
拓 也  オレ、孝則に謝んなきゃなんないことあんだ。金魚屋の幸世な、オレ、孝則の先にやっちゃったんだ、せがまれてよォ!
孝 則  なにを?
拓 也  「なにを?」ってお前……、そんなこと大声で言えるか。……(微笑)古い昔のことだ!
高橋、舞台奥より、出て……、 孝 則  昔のことだ、気にすんな!
高 橋  無灯火、厳禁です。罰金、取られますよ。
高橋、舞台奥より、消える。 孝 則  ……秋山もやし、秋山もやし……、
拓 也  秋山もやし?
孝 則  一緒にやってくれ! 秋山もやし!
二 人  秋山もやし! (リフレインしながら踊る)
拓 也  ……アアッ、秋山もやし!
孝 則  そうだ!
拓 也  諏訪台通り、浄光寺前、富士見坂を降りきった、よみせ通りとぶっちがえるとこ、
孝 則  その路地裏にあった、ちっぽけな小便臭い、
二 人  谷中銀座マーケット!
拓 也  もやししか売ってなかった八百屋、
二 人  秋山もやし店!
孝 則  勉強はできたが、いつも申し訳なさそうに道の端っこ歩いてた、痩せた秋山信彦、
拓 也  少し足が悪かった妹、
孝 則  柴崎あさり店が入り口の、
拓 也  その一番奥の、どんつきりんに間口一間ほどの、暗~い秋山もやし店、こぢんまり、あったんだ、
二人、販売店の場所を特定しながら……、 孝 則  柴崎あさり店、横山コンニャク店、
拓 也  芋の天ぷら、きんぴらゴボウしか販ってなかった天ぷら屋、
孝 則  揚げパンとカレーパンが美味しかった狩野パン店、
拓 也  その奥へ行くには、
二 人  ……こうして身体を横にしてしか通れなかった、
二人、嬉しそうに身体を真横にして路地を通過する動きを二回、 拓 也  狭い路地抜けた先に、
二 人  秋山もやし店!
拓 也  またひとつ発見した! おれたちの夢の、
二 人  地図だ!
拓 也  アアッ、思んもい出した! お前、「鬼ごっこ」で、「鬼」ばかりやらせて、いつも泣かせてた秋山信彦。もやししか販ってないから、秋山もやし、秋山もやし! いっつも虐めてたろ、
孝 則  虐めは、嫌いだ、
拓 也  ウソつけ。じぶんより年下の、弱いもん見つけるのが得意で、弱いもん見つけては虐めてたろ、
拓 也  ……謝りなさい、秋山信彦に、
孝 則  ……夏休み、ここで、朝のラジオ体操やってたろ。
拓 也  早朝の、ハンコ溜めるとお菓子くれるヤツな、
孝 則  ……中学二年の夏休みの最後に近い朝だった。近道だから谷中銀座マーケット細い路地を通り抜けようとしたら、秋山んちの入り口、開いてて、中をのぞいたら、暗い部屋に、リンゴ箱の勉強机が一つ、他はなんも無かった。
拓 也  ……「夜逃げ」したんだったな、
孝 則  ……
拓 也  そういことを書き加えてこそ、オレたちの地図だ、
孝 則  妹が、不自由なこんな足して付いてくるから、
二 人  「コラッ、付いて来んじゃない、シィー! 付いて来んじゃない、シィー、ペっシ!」、
二人、幻想の「妹」の手を取り、空へ浮かべる……、 孝 則  ……ごめんな、……泣くな、……痛くない、……ついてこい、
拓 也  ……怒鳴って、虐めちゃった……、
孝 則  嬉しそうな顔して、こんな足で付いてまわって、……可愛いかった、
拓 也  ……暗く、貧しい長屋の隅に、可愛いい生命の花が咲きましたん、
孝 則  「池の水、全部抜く」! ……面白い、
拓 也  オレたち、限りなく世界の文化水準から取り残されてくな、
孝 則  他のヤツがきて、ここ、使うだろうから、自転車、片付けとけ。……いまなら、キンタマ、触らせてやる。
拓 也  いまは、いいや。……オレら、アリンコと同じくらい小さいな、
孝 則  ……踊り、まったく、自信ない、
拓 也  でも、愉しいんだろ?
孝 則  苦しいだけ……、
二 人  (声を出して笑う)
孝 則  今度、お前んちの裏庭で、タナゴ、養殖しようか、
孝則、舞台奥へ、消える。 拓 也  ……してみよう。……なんだ、お前は、もういないのか。
拓也、舞台奥へ、消える。  
 
  五景  闇夜の提灯(2)
 
●蛙が鳴いている。 しの、舞台奥より、出る。 提灯の灯りで周囲を確認し、店の名前を発見する。 し の  ト・リ・ナ・ベ・タ・バ・タ……、ここだ。あんた! あったわよ、こっち、あんた!
捷 吉  (出て)……オオッ、
し の  こっち、
捷 吉  どこ?
し の  ここじゃないですか、灯り、点いてないけど、ホラッ、
捷 吉  どこ?
し の  看板。あれ、看板でしょ、表札みたいに小さいけど……、
捷 吉  アッ、看板だ、ト・リ・ナ・ベ・タ・バ・タ……、ここだ!
し の  なんで灯り、消えてるんでしょう?
捷 吉  そりゃ「委託販売」といっても、「闇屋」だからだ。……(小声で)……佐伯さんから紹介していただきました木本捷吉です。遅くなりましてすいません。佐伯さんの紹介で参りました木本捷吉です。今晩は……、谷中初音町から参りました木本捷吉です。
し の  (配給米の布袋を出し)……あのォ、配給米三合持って参じました。遅くなりました、木本捷吉です。鳥鍋田端さん、お留守ですか? (叫ぶ)谷中初音町の木本捷吉です!
捷 吉  「鳥鍋、鳥鍋」って大声出すんじゃない。「闇屋、闇屋!」って大声でいってるようなもんじゃないか、
し の  大きい声出さなきゃ聞こえません。見栄張らないでよ!
しの、キリッとした視線で、鳥鍋「田端」を見詰める。 捷 吉  ……谷中初音町から参りました木本捷吉です。佐伯さんの紹介で参りました木本捷吉です。田端さん、ご在宅でございましょうか? お留守ですか?
応答はない。 二 人  (……諦めきれない。)……谷中初音町から参りました木本捷吉です。佐伯さんの紹介で参りました木本捷吉です。田端さん、ご在宅でございましょうか? お留守ですか?
二人、大泣きし、やがて笑い出す。 し の  なんかこれ、あたしたちの、いつもの伝(でん)ですね……、
捷 吉  いっつも貧乏くじ、ありったけの米三合……、
し の  酒三合、
二 人  おかしいな(ね)、
捷 吉  オレが満州でくたばっても、この交通地獄だ、満州までやってくる必要はない。
し の  ?
捷 吉  オレの亡骸(なきがら)はオレが処理する。骨はちゃんと小包にして、お前に送る。
し の  いくらあたしがこんなでも、その時は、どんな旅費を工面してでも、
捷 吉  (微笑)いいんだ。おれは小包で帰る。貧乏で痩せた、ひょろ長い背の女のひとり旅、首にオレの遺骨をぶら提げ、汽車に揺られてる図なんざァ、ごめんさ。
し の  ……
捷 吉  死ぬ前に、オレは小さな骨になって、小包ヒモで結ばれて、郵便配達夫の手で汽車に積まれたり降ろされたり、空高くクレーンで船に投げ込まれたり、海風に吹かれたり、時には小包のなかでコツコツ、カランコロン、音を立てて鳴ってみたり……、微笑ましいだろう、
※(木山捷平著「苦いお茶」参照) し の  蛙の声を聞きながら、諏方様で、呑みますか?
捷 吉  そうしよう、
二人、微笑みながらも未練な目つきで「タバタ」を眺め、 花道へ、消える。  
 
  六景  高橋と美代のダンス
 
高橋、舞台奥より出て、正面に立つ。実にうれしそうだ。 ●どこからともなく「炭鉱節」が流れる。 高橋、踊る。(※胸を開くことを忘れないように!) 歌 詞  「月が出た出た 月が出た (ヨイヨイ)
     三池炭坑の 上に出た あまり煙突が 高いので
     さぞやお月さん けむたかろ (サノ ヨイヨイ)
美代、舞台奥より出て、上手へ立つ。 高 橋  ……これなら、なんとか踊れます。ダパンプさんの、「USA」は、とても……、
美 代  かっぱ……、
高 橋  「かっぱ かっぱらった
かっぱ らっぱ かっぱらった とって ちってた かっぱ なっぱ かった かっぱ なっぱ いっぱ かった かって きって くった」 美 代  (大きく)凄いじゃん! 「USA」も、踊れてる。
高 橋  (笑顔)……踊りのグループ、今夜限り、抜けようと思います。
美 代  つまんないのか?
高 橋  チョー楽しい!
美 代  どして抜ける?
高 橋  一人で、みなさんの足を引っ張ってます。
美 代  誰かに、いわれたのか?
高 橋  みなさん、優しい、だから、余計、辛い。このへんが潮時です、
美 代  高橋さんが、この公園から消えていくか? ……淋しいぞォ!
高 橋  ……踊り、チョー楽しい! 踊りのグループ、入れていただいた。美代さんから、詩、教えていただいた。踊り、詩を憶えるの、やめたくない!
高橋、しばらく泣いている。 美 代  ……あたし、空を飛べるようになったの、
高 橋  ……?
美 代  一緒に、飛んでみない、
●「コンドルは飛んでいく」、入る。 高 橋  ……?
美 代  ほら、両手を拡げて……、羽を拡げるの、こんな風に……、
高 橋  (美代のマネをする)
美 代  そう、羽ばたくの、
高 橋  (美代のマネをする)
美 代  怖がらなくて、いい。ホラッ、少し飛べてる、
高 橋  飛べてる?
美 代  飛べてるわ。さァ、飛ぶよ……、
高 橋  はい、
二 人  さァ……!
美 代  どうお、気分は?
高 橋  飛べてる、
美 代  いま、太平洋の上よ、
二 人  ウワァーッ、空、飛べてる……、
高 橋  ここは、どこ?
美 代  マチュ・ピチュ、
高 橋  マチュ・ピチュ?
美 代  15世紀のインカ帝国の遺跡、アンデス山麓に属するペルーのウルバンバ谷に沿った山の尾根、標高2430米、……コンドルになっちゃった。
高 橋  キレイ、
美 代  さ、日本へ還るわ、
●「コンドルは飛んでいく」、消える。  

中央画像

左より、高橋広吉、稲川実代子  

 
高 橋  あれは? 美 代  JR西日暮里の駅。……あたしね、今夜、終電が通り過ぎた後、JR西日暮里駅が真っ暗になったら、駅へ忍び込み、ホームにペニスとワギナの悪戯描きをするの。……一緒に、来ない?
高 橋  「ペニス……?
二 人  (笑い)
高 橋  ワギナ……?
二 人  (笑い)
 
 
  七景  S信用金庫の男のダンス
 
花道より、奇妙な格好をしているS信用金庫の男、笑いながら現れる。 手にはカバン、封の切っていないカレー味のカップ麺。 信 金  (突然、大声で、踊る)……キンキンキン、キキンコ、キーン! ……カンカンカン、カカンコ、カーン! ……キューンキューンキューン、キュキュンコ、キューン!
二 人  (顔を見合わせ、微笑)……?
信 金  (独り言)……夜中の西日暮里公園は、面白いよォ、顔を出してヨ、お月さん。コンビニで買ったカップ麺、お湯無しで、一人でバリバリ囓る、出世の見込みの断(た)たれたサラリーマン……、
二 人  ……?
信 金  キンキンキン、カンカンカン、キューンキューンキューン、全部、金属音。金属、大好き。……「メタル・マン」。……人類が、金属をこの手に握るまで、どんに苦労したことか……、
二人、舞台から去ろうとする。 信 金  待て! 話の途中だ! 常識知らず!
二 人  ……?
信 金  ……じぶんの小水で顔を洗っている死に損ないの汚い爺ィ! 月の輪熊の生まれ変わりのような熊婆ァが「ペニス、ワギナ」、発射寸前のイキ顔で囁きあっている。……イク、イク、イク、イクーッ! イカの産卵じゃねえや、……死ね、……ねえ、お月さん、出てきてヨ、日本って平和でしょう、(※台詞、現場優先)
二 人  「キンキンキン、キキンコ、キーン」! じゃ、
 

中央画像

左より、村田与志行、高橋広吉、稲川実代子  

 
信金、カバンとカップ麺を舞台の端ッコに置き、 信 金  待て! このセリフ、オレに三度、言わせたら、お前ら死ぬぞ! (カバンから木のY字型パチンコ)……出世の途を断たれた場末の信用金庫の行員が、なぜ世界でいちばん怖ろしい人間といわれているか、教えてやろう……、
二 人  ……?
信 金  お前らのことはよく知ってる。毎週末、ここで下手な踊りや歌で大騒ぎしてるアホバカ連中の仲間だ。放置自転車に違法駐輪のラベル貼りの爺ィ。ここいら辺の公園の掃除を担当している婆ァ、便所、もっとキレイに掃除しろ、手抜き婆ァ!
高 橋  (信金へ)どうやって、じぶんの小便で顔を洗うんだ?
信 金  (遊ぶ……、)
美 代  (高橋へ)もう行って、
信 金  (高橋のこと)お前、臭い、シィーッ!
高橋、舞台奥へ、消える。 美 代  あの「メタル・マン」さん、(信金の顔をじっと見て)……あたしのこと、知ってるはずです。いつも一番後ろで、月の輪熊の縫いぐるみが地団駄踏んでるみたいな踊りしてるバカ婆ァ。
信 金  ……
美 代  一度もお話ししたことないけど、あなたも、グループのお仲間! なにか、ご用ですか?
信 金  ……はい? 「用」と言われると、そんなものはないといえば、ないんです。聞こえてしまったんです。「終電が終わった後、西日暮里駅へ」。……で、声をお掛けしちゃったんです。判断のつかないうちに、
美 代  「キンキンキン、キキンコ、キーン!」……、楽しいリズム……、
信 金  オレは、いったい、なにしに出てきたんだ……?
美 代  ……?
信 金  (夜空に向かって叫ぶ)……そんなことしたって、ムダだ! 怪我するだけだ!
美 代  ……
信 金  でも、なんの役にも立たない、他人からみてバカらしくて、空虚なことの一つも、じぶんで作り出さなきゃ、生きててもつまらない、
美 代  ……
信 金  ……信金に貯金している爺ィや婆ァの預貯金から、一顧客あたり、一万、二万円と判らないようにセコク小金チョロマカシしてたら、監査でバレちゃって、使い込んだ百万は退職金前払いで支払うことで、刑事事件は免れました。一生、自転車乗って飼い殺しの集金係、
美 代  ……
信 金  (夜空を見上げ)……人工流れ星!……(泣き、鼻をかむ)……すいません、人前で泣いたりして……、笑うぞ!
美 代  ……?
信 金  今年の一月、種子島から打ち上げられたイプシロン4号。いっぱいお金のかかる宇宙での実証実験のできない街場の小さなベンチャー企業のために、JAXAが無料でイプシロンを提供しました。
美 代  イプシロン……?
信 金  この水の国日本で、いまペットボトル入りの水は、缶コーヒーを超えて、いちばん売れている飲み物。社会は、この40年で、信じられないほど大きく変わりました。
美 代  ……
信 金  四〇年前、ぼくが子供の頃、九州の小倉で夜空を見上げた時、急に流れ星がサァーッと山の彼方に消えて……、母親は、流れ星に「願い」をかけると、その願いが叶うんだよ、と教えてくれました。時代は大きく変わり、いつの日か、東京の夜空を、赤や青や黄色、色とりどりの人工の流れ星が降る。わたしは、願いをかける……、
美 代  ……見てみたい、
信 金  ……吉備団子の桃太郎にも、雉(きじ)、猿のお供がいます。草履持ち、提灯持ち、なんでもやります。あたし、西日暮里駅への襲撃、連れってって下さい。お願いします! ……お願いします。
小さな沈黙。 美 代  ……
信 金  これは、景品のタオル、使って下さい。
美 代  ……
信金、荷物をまとめ……、 信 金  ……来週の末、またダンスご一緒しましょう! ……フレッ、フレッ、婆ァア! ……ご幸運を!
美 代  ……
信金、淋しそうに花道から消える。 美代、舞台奥へ、消える。  
 
  八景  慎太と愛美の場合(2)……「三人姉妹」
 
舞台奥より、慎太、愛美、出て、舞台正面に立つ。 二 人  作・アントン・パブロビッチ・チェーホフ、「三人姉妹」!
愛 美  全四幕。神西清・訳。第四幕、最終場面、
慎 太  幸福な未来は、いまは苦しんでいる人びとの上に、努力次第で必ずきっと訪れます。三人姉妹の、最後のセリフの場面
愛 美  マーシャ! まあ、あの楽隊の……、
拓也、舞台奥より、出る。 拓 也  ……緊急集合! 静かについてこい……
二 人  ……?
  拓也、慎太、愛美、花道より、去る。
 
 
  九景  たった一人のJR「西日暮里駅」襲撃
 
★舞台、薄暗い。 ●風の音。 美代、舞台奥より出て、正面を見詰める。 ややあって、孝則、花道より、出る。 孝 則  (微笑夏休みの昆虫キット、憶えてます?
美 代  (微笑))注射器、青色と赤色の防腐剤、
孝 則  安っぽい虫眼鏡、ピンセットとか、いろいろ入っていて、あれ、苦手で、諏方様の土手で、よく虫捕まえたりしたけど、虫に防腐剤入りの注射できなかった、可哀想で、 
美 代  ……
孝 則  一人で行くんですか、助(す)けますよ?
美 代  (肯く)
孝 則  なんで?
美 代  ……判らない、
孝 則  山手線、内回り、最終、出ます、
美 代  ダンス、教えてくれて、ありがとう。楽しかった。
孝 則  オレだって……、
●電車の通過音。 孝 則  見届けます。諏方様の地蔵坂の土手から、
美 代  手は出さないで!
孝 則  もちろん、
美 代  お月さま、顔を出した。
二人、月を見る。 ●Beatlesの「mr.moonlight」、風の音に混じって入る。 美 代  (実に楽しそうだ)……じゃ、
美代、花道から、消える。 孝則、美代の後ろ姿を見詰め、ゆっくり花道から消える。 高橋、半裸姿で、舞台奥から、出る。 高 橋  美代さん! 美代さん!
高橋、舞台を一周し、花道へ、消える。  
 
  十景  四人のバック・ヤードたちのダンス
 
●Beatlesの「mr.moonlight」、流れている。 舞台奥より、拓也、慎太、愛美、信金、出る。 しばらく全員で、正面を凝視している。 全 員  (呼吸を合わせろ)アアッ、
愛 美  婆ァさん、転んだ!
慎 太  助けに行かなくちゃ……、
拓 也  静かにしれ! 婆ァさんがじぶんで決めたことだ。どんなことがあっても、婆ァさん、手伝うな。見届けれ!
全 員  オオッ! (正面を見詰める)
拓 也  ラーメン屋!
慎 太  判ってる。もし、ホームに電気が点くようなら、オレ、柵超えして、レールの上をまっしぐらに田端操車場まで、雄叫びあげて、駆け抜けてゆく。
拓 也  オレは、レールの上を、「USA」、歌いながら、谷中の墓地まで駆け抜け、駅員、惹きつけてやる。
 

中央画像

左より、村田与志行、河内拓也、吉川慎太郎、シゲキマナミ  

 
全 員  アアッ!
拓 也  二人、新幹線の線路の方へ走って行く、
信 金  そっちは、危ない~! アアッ、二人の姿が……、
全 員  ……薄くなってゆく! ……アアッ、婆ァさん爺ィさんの姿が、……消えてゆく。……消えちまッた!
拓 也  婆ァさん爺ィさんが描(か)いた絵、消しに行くぞ。朝早く西日暮里の駅を利用する人たちに、迷惑はかけられない!
慎・愛・信  オッス!
慎・愛  先に!
慎太、愛美、花道へ消える。 信 金  この公園は、人間の十字路だ!
信金、花道へ消える。 拓 也  (微笑し、夜空へ)……どんなことがあっても、目一杯、楽しく元気で踊り続ければ、いいんだよな、オレたち。……孝則!
拓也、花道へ消える。  
 
  十一景  闇夜の提灯(3)
 ~戦后篇~  
●蛙の声。 舞台奥より、しの(洋装かもしれない)、提灯を持って、出る。 花道より、捷吉、提灯を持って出る。 捷 吉  ……どなた様?
し の  (頭を下げ、ゆっくり顔を上げる)……
捷 吉  (微笑)……待ち伏せか? 旧劇じゃあるまいし……、
し の  (軍隊式の敬礼、泣く)……
捷 吉  泣くな! こうして生きている。(敬礼)……木本捷吉、ただいま帰って参りました!
し の  (捷吉に駆け寄り、彼の身体を確認する)……手! ……腕! ……脚! ……太腿! ……お腹! ……顔! ……頭! みんなついてる! (※台詞は、現場が優先)
し の  アアッ!  (捷吉のズボンを脱がそうとする)
捷 吉  バカッ、お前の大切な股間の大砲は、無傷だ!
し の  (大砲を拝み)ウワァーツ、ヨガッタ! (顔に、キスをしようと)
捷 吉  ……バ、バカモン!  家に帰ってからだ!
二 人  ヨガッタ! (大泣き、大笑い。そして抱き合う)
捷 吉  骨になって、小包で帰って来ると? 家へ、帰ろう、
し の  はい、
二人、歩きはじめる。 し の  長春で、三年も足止め、ご苦労様でした。
捷 吉  (微笑)オレも、ビックリさ、三年もの間、長春(チョウシュン)で、足止めを喰らうとは。苦労をかけた。金は?
し の  大丈夫……、
捷 吉  待ち伏せ、とは?
し の  この道は、諏方様から谷中初音町までの一本道、必ずここを、
捷 吉  ソ連の戦争参加で、満州からやっとの思いで辿り着いた長春でも、ソ連が中国人の巡査を手下に、日本人の男子を捕まえてシベリヤへ送っていた。
し の  新聞や噂で……、子供を抱いていると……?
捷 吉  日本人の男子はみんな、子供を背負って外出する。子供まで捕虜にするわけに、いかんだろ。いくらソ連でも。
し の  大変でしたね……、
捷 吉  長春は、ソ連から追われた開拓団の家族でごったがえし、地獄の有様だ。誰もが逃げるために金を使い果たし、オレも、金もなく、どうして生き延び、日本へ帰るか、悪戦苦闘の日々だった。そこで、長春で知り合った開拓団の家族へお願いをして、いくらかの駄賃をやり、子供を借り、子を背負い、外出し、白酒(パイチュウ)の小商いを……、
し の  ホントだったんですね……?
捷 吉  開拓団の旦那のほとんどは、シベリア送りか、行方不明。母と子供だけがとり残された。確か「みー公」といった。三つになる可愛い女の子を、毎日のように借り、背負い、日銭を稼いだ。……(空を見上げ)ここは日本だな、日本の夜空だな……、……あれは? もしかして、……雁か? 二人、夜空を見上げる。 し の  だって、雁が旅立つのは……、でも、きれい、お月様を背景に、
美代、舞台奥から、出る。 捷 吉  ……五、六、七羽も、いる、
し の  ねぐらへ帰るんですね、
美 代  ……躯が弱かったり、犬や猫に羽を傷つけられたりして、海を渡れない子供たちを、親は仕方なく不忍池に残して、旅立ちます。あの雁たちは、たぶん去年の秋に親に置いていかれた、子供たちの群れです。それでも、ああして健気(けなげ)に生きて……。
し の  親に置いていかれた子……、
捷 吉  オレたちも、ねぐらへ還ろう、
し の  ……(うれしそうに)はい、
捷 吉  月は少し出ていますが、夜道です。お足元、お気を付けて。失礼します。
し の  失礼します。
美 代  ありがとうございます。お気をつけて、
二人、舞台奥へ、去る、 ●風の音。 二人、うれしそうに、花道へ、去る。 美 代  (ひとりごと)……小父さん、ありがとうございました。母は死ぬ間際まで、小父さんに手を合わせていました。わたしもじき、そちらへ行きます。そちらへ行ったら、またわたしをおんぶして下さい。そしたら、もう、みー公は、小父さんの幻を見なくても、いいんですよね。
 
 
  エピローグ  真夜中の公園の風のイメージ
 
美 代  (空を見上げ、微笑む)
舞台奥より、高橋、出る。 ★舞台、急速に暗くなる。 高橋、美代、相互に、微笑。 舞台奥より四人、花道より三人の男女、ゆっくり出る。 七人、所定の位置へ就く。(※舞台前面、高橋、美代、捷吉) ●DA PUMPの「U.S.A.」、入る 全員、DA PUMPの踊りを、踊る。 ※ダンスは、正面を向くまで、踊る。 全員、静止している。 ★溶暗……、 ●風の音、しきり……、  

中央画像

登場人物全員によるDA PUMP「USA」の瞬間ダンス  

 
 
 
※おわり、(2019年5月19日・脱稿)  
 
        
 
 
     風俗の陽射しをたっぷり浴びて、愉しく輝きたい     菅間 勇
 
 ご来場、誠にありがとうございます。  
 今回の作品は、前回の大好(悪)評をいただきました「光合成クラブ・Ⅱ」の裏版にあたるもので、前回同様にNHKの「ドキュメント 72」の構成をお借りし、定点カメラを西日暮里公園の小さな広場に据え、広場に集う人びとの言動を時間の推移のなかで描いたものです。「光合成クラブ・Ⅱ」は、四人の女性の主人公たちの夢や現実を愉しい会話で描いたものでしたが、今回は、広場に集うさまざまな人びとの、一人ひとりのいわば<私語>の世界に近づきたいと思って芝居を書きました。
 実は、前回の芝居には一つの不満がありました。主人公の彼女たちの四人(小集団=小社会=言葉の水準)の会話では、どうしてもたどり着けない心の場所があり、それらの、他人に話すには憚られる個々の心の場所を探し、彼ら彼女らの一人ひとりの<私語>に近づきたいと思いました。
 それで芝居になるのかと問われれば、わたしはそのような手作業が好きで、そういう芝居を作りたいと思い作りました、というほかないのです。ただ芝居には、芝居の見せ方の工夫・カタチを作り出すことが必要であり、その点についてはじぶんの力の未熟さを痛感しています。今後の課題とします。
 現在、近代劇が自由な感じを与えないのはどうしてか。また自由な感じを与えるのはどうしてか。
 この問題を周回することしかわたしにはできませんが、今後もその問いを手放さず、可能な限り手作業で対応していこうと思っています。
 でも、わたしの若々しい心(?)は<風俗の陽射しをたっぷり浴びて、愉しく輝きたい>のだ、です。 (*^_^*)
 そんな作品に仕上げようと、今回も愉しみながら頑張って作りました。
 今回の作品は、若い俳優さんたちが初老のわたしを遊び相手にして、遊んでくれました。
 
 どうぞ、ごゆっくりご観劇くださいませ! (^_^)/~