日付:2019年8月4日 

 「じぶんのことでせいいっぱい」について (1) ~

 

NHK・BS3で放送された「刑事フォイル」。左:ミルナー巡査、中央:刑事フォイル、右:専属運転手のサム 

 

     --- はじめに ---
 
 ひとつの舞台作品が生まれる過程で稽古場にあらわれてきたさまざまな困難とその打開へ道のりの集団的な模索と試行は、それがどんなにその集団のなかで身を切るような模索と試行であったとしても、それはひとつの私事の問題に過ぎないといえばいえる。そんな私事に関することをあえて公開するばあい、公開する主体はその公開性にどんな意味をもたせたいと考えているのだろうか。
 台本作りからはじまって、さまざまな稽古を経て、ひとつの舞台作品へいたるじぶんたちの私事にすぎない模索と試行でも、もしかしたら他者を惹き込める同時代的な問題に足をかけることができているのではないか、じぶんたちの稽古場での模索と試行に他者は深い関心を寄せてくれるとまではいかなくとも、読んでもらってたとえ破棄されるにしても、他者との芝居作りの課題の共有とその交感の可能性がありえるのではないか、そう考えているからに他ならない。
 
 以下の文章(『対話』)は、一年半ぶりに行った公演活動「じぶんのことでせいいっぱい」についての主観的なメモですが、切れ切れの『対話』というか『会話』の様式を採りました。長い文章を、現在のわたしに書く力量、体力、気力、忍耐力がないので、そのような切れ切れの『対話』の様式を採らせていただきました。暑い夏に休み休み書きました。
 またほんとうは、ぼくが心のなかで思っている役にも立たないようなこんな内容を誰が聴いてくれるのだろうか、だれも聴いてくれるはずはない。それは誰にとっても、ほんとうのことだと思い込んでいる話を聴いてくれる話し相手がいないのが現在なんだなと痛感したから書いたのかも知れません。
 貧弱な文章だなと批判されても、昔もいまもこれくらいなことしか書けませんでしたよぼくは、と応えるほかない。可能な範囲で今回の芝居作りの過程でわたしたちの眼前に稽古場で迫ってきた問題を切れ切れに書きました。
 
 
   ★★★★★★★★★★★ ☆ ★★★★★★★★★★ ☆ ★★★★★★★★★★★
 
 
 それはいきなりの夢だった。
 なぜかわたしは警察署の取調室に坐らされていた。
 
 第二次世界大戦中のイングランドの南部の海沿いの町ヘイスティングスを舞台に、クリストファー・フォイル警視正(マイケル・キッチン)が、専属運転手のサマンサ(サム)・スチュアート(ハニーサックル・ウィークス)とポール・ミルナー巡査(アンソニー・ハウエル)の助けを借りながら、戦争の混乱を巧みに利用し逃げる犯罪者を捕えようとするTVの刑事ドラマの夢で、わたしが坐らされているのは、そのヘイスティングス署内の取調室だった。
 
 もちろん、なぜわたしが取調室に坐らされているのか、なぜイングランドの南部の海沿いの町にいるのかまったくわからない。これはきっとわたしのことを灼熱のアスファルトの道路の上で干上がったカエルの屍みたいに嫌っているヤツらの仕組んだタチの悪い冗談に違いない。
 わたしはそのヤツらの名を7人まですぐにあげることができたが、8人目の名前を思い出そうとしているとき、取調室のマホガニーブラウンのドアが静かに開いた。
 わたしはドアの方を向くと同時に立ち上がった。
 
 「どうぞそのまま。ご気分はいかがですか。」。渋い落ち着いた声が机一つとイス二脚だけの小さな部屋に響いた。
 
 ……1976年に流行った丸山圭子の歌に『どうぞこのまま』というのがあった。確か、
 
   この 確かな時間だけが いまの二人に与えられた 唯一のあかしなのです
   ふれあう ことの喜びを あなたのぬくもりに感じて
   そうして 生きているのです くもりガラスを伝わる
   雨のしずくのように ただひとすじに ただひとすじに ただひたむきに
   それは ばかげたあこがれか
 
 歌いたくなってしまったが、夢のなかでもオレは取調室にいるのだ。
 どうぞ、菅間さん、イスにお掛け下さい。
 「はい」。坐った。
 遠路遙々、遠いところからほんとうにご苦労さまでした。輸送中、なにかご不便な点がございましたでしょうか?
 
 そう、考えるまでもなく、わたしの大好きなNHKの海外ドラマ「刑事フォイル」の、俳優マイケル・キッチン演じるクリストファー・フォイル警視正の日本語版吹き替え役、俳優山路和弘さんの声だった。だが眼の前に立っているのはクリストファー・フォイル警視正を演じているマイケル・キッチンその人だった。ここはほんとうに第二次世界大戦中のイングランドの南部の海沿いの町ヘイスティングスの警察署の取調室なんだろうか? なぜ日本語を彼は喋れるのだろうか。
 
刑事フォイル お忙しいでしょうから、早速本題に入りますが、よろしいでしょうか?
 
 ……いい声だな、いい顔だな。渋く素敵な男性だ。男が男を好きになることは、だれにだってある。高校時代そういう行為はしなかったが、好きになった男性の先輩がいた。
 
刑事フォイル 幕開け直後、いきなりDA PUMPの「U.S.A.」のヒッポ・ホップではじまりました。
 今回の芝居「じぶんのことでせいいっぱい」にヒップ・ホップ・ダンスを取り入れることは、台本を書き始める前から考えていたことなんですか?
 
 ……オカマじゃない! 叫びたかったが、戦時中のイングランドではオカマ行為は反逆罪として懲役、絞首刑だ。
 
刑事フォイル どうなんでしょうか?
 
 ……丸山圭子の歌のイントロが流れてきた。鉄格子のはまった窓の昼の光を見詰めながら「この 確かな時間だけが いまの二人に与えられた 唯一のあかしなのです」。小さな声でやっぱり歌てしまった。
 
刑事フォイル 菅間さん……? どうしました菅間さん……?
 
 ……刑事フォイルは、オレの顔の前でクルミを一発で割ることができるような見事な音で指を鳴らし、
 
刑事フォイル 大丈夫ですか?
 
 ……夢のなかの現実であれ直視しろ……、「大丈夫です。うまくいまのじぶんの状況が呑み込めなくて。すいません、水を一杯、いただけませんか」
 
刑事フォイル サム……、 サム……、菅間さん、大丈夫ですか?
 
 ……「サム」? あっ、あの可憐な田舎っぺのそばかす顔の、ハニーサックル・ウィークス演じるサマンサ(サム)・スチュアートを呼んだのだろうか? 折角だから夢が覚める前に生きている彼女の生姿をぜひ見てみたい。ややあって取調室のマホガニーブラウン色のドアがノックされ、
 
運転手サム サムです。お水を持ってきました。入ります。
 
刑事フォイル ありがとう、サム、中へ。水を菅間さんへ。
 
 ……「サム」? あの可憐な田舎っぺのそばかす顔の、ハニーサックル・ウィークス演じるサマンサ(サム)・スチュアートだ。
 
運転手サム ご気分、すぐれませんか? 長旅でしたもんね、具合が悪くなっても仕方がないです。お水です。呑んで下さい。
 
 ……「あなたに飲ましていただきたい」、と言いたかったが、それは英国でも犯罪だ。でも眼の前にTVドラマの可憐な田舎っぺのそばかす顔「サム」が立っている。おまけに彼女は日本語で喋り、山根舞さんの声だった。「ありがとう」。オレは水を飲んだ。
 
運転手サム ご気分は?
 
 ……すばらしい。
 
運転手サム ヒップホップダンスは、ストリートダンスの中でももっともポピュラーなダンスの一つで、一般的にはヒップホップの音楽・曲・ビートに合わせて踊ります。必ずしもヒップホップミュージックに縛られるわけではなく、実際にはどんなジャンルの音楽でも踊れます。基本的に、アップ↑(上で音を取る)とダウン↓(下で音を取る)のリズムをとりながら、様々な種類のステップ(動き)を組み合わせて踊ります。ヒップホップダンスのステップで代表的なものには「ランニングマン」がありますが、三代目J Soul Brothersの曲「R.Y.U.S.E.I.」で、間奏中にメンバー全員で指を指して踊っていたことでも話題となったステップです。ヒップホップダンスの振付には、これでなくてはいけないといった決まりがなく、身体のあらゆるパーツ(頭、肩、胸、腰etc..)を使って音楽に乗って自由に踊ることが特徴で、ソウルダンスやジャズなど、他ジャンルのダンス要素を取り入れるなど、時代によって新しいスタイルが生まれ、進化を続けています。ネットで調べたままですけど。へっ、
 
刑事フォイル わたしにはどう見ても、あの踊りは乞食のダンスのように見えましたが……、
 
菅 間  ……英国のなんとかロイヤル・バレエ団のダンス、あれ、ぼくには、わたしには死に損ないの骨無しイカが踊ってるように見えるんですけど、
 
刑事フォイル そうですか。それは残念です。わたしは、あなたがそれなりに芸術を見る眼をもっていらっしゃるし、敬意を払ってくださるお方だと思っていたものですから。間違いのようでした。質問を続けさせていただきます。
 
菅 間  去年(2018年)12月頃から台本を書きはじめたんですが、書く前からヒップ・ホップ・ダンスを取り入れたいと思ってました。
 
刑事フォイル それは、芝居全体に関わる「構想性」とか「着想性」という問題で?
 
菅 間  そんな大袈裟な問題じゃないです。俳優さんたち、観客のみなさん、その両方の娯楽というか、楽しんでもらえる場面を作ることができたら、それでOKって感じで、
 
刑事フォイル 娯楽って、あの乞食ダンスが娯楽に見えますかね? 失礼。練習は随分時間がかかって過酷だったでしょう、なんせド素人のDA PUMPの「U.S.A.」のダンスのコピーなんですから?
 
菅 間  俳優さんがよく頑張ってくれました。2月の下旬から、週一か週二でダンスの練習から稽古をはじめ、3月の下旬頃から週五くらいでやりました。後半になると台本も少しできてきますから、セリフとダンスを同時に稽古ましした。でも集まれば必ず毎日ダンスの稽古を集中してやってもらいました。けっこうキツイくらい練習した。はじめの2ヶ月間は曲のイントロ部分だけの練習をしてたんだけど、俳優もぼくも最初の数小節すらぜんぜん踊れなくて、オロオロしてただ立ち尽くすだけでなにもできませんでした。これは、もうほとんど踊れないと思いました。諦めなきゃダメかなって。だってリズムさえとれない、それに動きがかなり速いんで所作も憶えられない……、
 
刑事フォイル あの乞食ダンスは、あ、失礼。菅間さんの演出ではないと?
 
菅 間  「闇夜の提灯」の「しの」を演じてくれた女優さんがリーダーになって、彼女がカウントをとったり、振り付け等を教えてくれました。彼女は子供の頃からクラシック・バレエをやって、その後もモダン・バレエもやってたらしく、
 
刑事フォイル 頼もしい俳優さんがいて、菅間さん助かりましたね。で、乞食ダンスが、あ、失礼。なんとかいけるんじゃないかって思えてきたのは?
 
菅 間  俳優さんには、とにかくダンスの練習は相当にキツかったみたいです。膝の骨や方々の筋肉が痛くなるほど。公演の一ヶ月前くらいの頃かな、ダンスの練習をしている俳優さんたちに少しずつ笑顔があらわれてきて、俳優さんがそれぞれ固有に自分流の<格好良さ>とか、<自分のダンス=顔の表情や身体の見せ方>みたいなものを各々が独自に考えはじめ、俳優さんたちによって少しずつダンスがデフォルメされて、雰囲気も明るくなって、で、それを見て、あ、これはいけるかもしれいな、と。
 
刑事フォイル 菅間さんにとって、ヒップ・ホップ・ダンスとはなんですか、なぜ芝居にあんな乞食ダンスを、あ、いや、取り入れたんですか?
 
菅 間  あの、
 
刑事フォイル なんでしょう?
 
菅 間  だいたい、いまわたしは、どんな容疑があったてり取り調べを受けているんでしょうか。それ、聴かせて下さいませんか。
 
刑事フォイル それは、おいおいお判りになるかと思います。わたしの質問なんですが……、
 
菅 間  あの、サムさん、サムさんとお呼びして構いませんか?
 
運転手サム はい、親しみを込めて「サム」とお呼び下さい。なんでしょうか?
 
菅 間  サムさん、ぼくらの舞台のヒップ・ホップ・ダンス、乞食ダンスだと思ってご覧になりましたか? それとも少しは楽しんで見ていただけましたか?
 
運転手サム 「少し」だなんてとんでもない。涙が出るくらい楽しんじゃんた。ヒップ・ホップ、教えて下さいよ。ぜひ教えて!
 
刑事フォイル サム、用事は済んだ。ありがとう。自室に戻ってじぶんの仕事をしてないさい。
 
運転手サム えええ、ここにいちゃダメですか?
 
刑事フォイル ダメだ。捜査には関わるなっていってるだろう。
 
運転手サム でも、ほんの少しだけ、いいでしょう。いいですよね? ねっ、
 
菅 間  フォイルさんの質問に応えますので、サムさんをもう少しここへ、
 
刑事フォイル 菅間さんは、君のことが気に入ったらしい。そういうことだ。
 
運転手サム はい。
 
菅 間   理由なんてないです。稽古場の稽古ってやはりいつでも苦しくて暗いんです。だからみんなで楽しくなれる方法はないのかなって思って取り入れたんです。
 ヒップ・ホップを取り入れた理由をムリにこじつければ、俳優さんが舞台でセリフを発語する瞬間の心と身体的な集中、ヒップ・ホップ・ダンスを踊る瞬間のダンサーさんたちの心と身体的な集中、ダンサーの人たちはひとことも言葉は発しないんだけど、その二つはかなり近いものがあるんじゃないか。両者はまったく同じだと断じることは即座にはできないけれど、そう考えはじめてから、ダンスを取り入れてみようかなと思うようになりました。今後の活動も含めてね、ゴスペルだっていいんです、持続的にいろいろ刺激的な風俗的な遊びを稽古場へ取り入れていきたいですね。
 
刑事フォイル もう少し具体的に……?
 
菅 間  個人的な思いなんですが、現在の芝居のセリフも演技も、実は依然として黴臭い<書き言葉>の世界なんです。それに対して、ヒップ・ホップ・ダンスの瞬間の表現って、街衢(がいく)=街角の<話し言葉>の世界に限りなく近づいている、そう感じていました。どうしてそういうことが可能なんだろうか。彼らはどのような固有な方法で技術を磨き上げてきたんだろうと思いまして。ぜひ、それ、取り入れ、学びたいと……、
 
運転手サム でも言葉って、書き言葉の世界と話し言葉の世界、その両方が相互に刺激しあい、それぞれの時代にあった方向を編み出し、今日まで共存してきたんじゃないんですか?
 
刑事フォイル サム、取調官は、君か?
 
菅 間  あの、じぶんの台本の書き方を述べます。
 まず書き言葉で科白を書くんです。次にそれをじぶんなりの話し言葉へ翻訳するんです。つまりはじめに、じぶんや相手役、観客へ伝達したい意味のイメージを書き言葉で書く。次に、その意味のイメージがなんとか話し言葉でも成立する話し言葉のイメージを探し出して書くんです。だからちょっとぼくの話し言葉はタイムラグがあるっていうか、遅延している感じがともなうんです。
 
運転手サム お芝居の作家さんて、誰でもそういう方法を採るんじゃないんですか? 一般論としても、友だちと日常的に話すときでも仕事とかの連絡で話すときでも、そういう順序(書き言葉  話し言葉)を無意識にだれでも経ると思うんですけど、どうなんですか?
 
刑事フォイル 取調官、代わるか? それとも、
 
運転手サム ごめんなさい。もう少しここにいさせて下さい。口を開きません。
 
菅 間  街衢=街角の<話し言葉>の世界って、じかの話言葉じゃないですか。「場面」、「省略」、「選択」、「音声の強弱・高低」の採り方が、話し言葉では独自にめまぐるしい発展を遂げつつあって、書き言葉(文字表記)と話し言葉(音声表出)とでは、最近著しく違ったスタンスの採り方になっているんじゃないかなって気がするんです。ぼくなんか、若い娘さんどうしが話して言葉の内容なんか、せんぜんわかんないときがあります。ま、それは昔からあったことなんですけどね。もちろん、(書き言葉 ⇔ 話し言葉)たえず双方向運動しているということですけどね。一方が優勢のとき、他方は少し劣勢になる、とか。
 
刑事フォイル でも現在は、話し言葉は加速度的に独自な展開を成し遂げていると?
 
菅 間  「書き言葉」と「話し言葉」との相違って、日本では、高校の国語の授業で「古文」っていうのがあって、俳人の松尾芭蕉の『奥の細道』なんか習わされるんですけど、言葉がわからないぼくにはチンプンカンプンで授業寝てばかりいました。
 あんまり良い喩えではないんですけど、日本でも、日曜日の夜中に月に一度くらいの割合でNHK・BS3で有名なクラシック・バレエの舞台を放映してるんです。英国やロシアを代表するっていうか、現在の世界を代表するクラシック・バレエの集団の。でもクラシック・バレエって、ぼくの偏見に過ぎませんけど、見る方の、見方の修練、見方の勉強を強いられるというか、見る方に深い知識・教養が要求されてくるような感じをもつんです。ちょっと窮屈な感じが見ることにともなうんです。「古文」の授業で習った動詞の活用形『未然、連用、終止、連体、已然、命令』は、もういいと思ってしまうんです。
 
刑事フォイル わたしは「窮屈な感じ」を一度として受けたことがありません。わたしの心を深いところから解放し、癒してくれます、クラシック・バレエは。バレエに関する限りは、イングランドに生まれて良かったとさえ思っています。ま、たしかに良い喩えではありませんね、双方のためにも。
 
菅 間  クラシック・バレエって、絶え間ない「修練」と「マジメさ」みたいなものから、あの高度な身体的な動きと流れが生まれてくる。TVに映し出されたダンスの映像を見ていて、これは凄いもんだぞというのはなんとなくわかるんです。けどぼくにはちょっと敷居が高い感じがします。ぼくは生まれ育ちが下町の貧しい家でしたから、バレエに馴染みがないんです。
 ヒップ・ホップ・ダンスはというと、発生が現在時ですから、見る側の見方の見識も修練もまったくいらない。ぼくなんかバカ面して口を開けてボーッと見てるだけなんですけど、それでも面白いか、詰まらないか、瞬時にわかる。これ、とても芝居を作る上でも大切な感覚なんです。ヒップ・ホップ・ダンスって「場面」、「省略」、「選択」、「身体の伸展・凝縮」の採り方が、街衢=街角の<話し言葉>の世界にとても近い位置にいるって感じがするんです。そうは言わないまでも、彼らの動きと表情は、じぶんの日常の現実生活にとても近い感覚だなと思ったんです。
 またヒップ・ホップ・ダンスをやってる人たちも、当然かなりな高度な技術を習得しています。それらの動きや表情を習熟するのに大変な時間を要したことは素人眼にもわかります。けどその修練や積み上げの時間をできるだけ舞台で見せないようにしている。これ、とても重要な点だと思う。また<現在の風俗>を考える上で、とても大切なヒントになっているんじゃないかとも思います。
 もう半歩踏み込んだいい方をしちゃえば、ヒップ・ホップ・ダンスの動きを見ていると、話し言葉が発生する瞬間、あるいは極小の物語が瞬間に成立しすぐさま消滅する場面に立ち会ってる、そんな目眩さえするんです。
 
刑事フォイル クラシック・バレエは、ヒップ・ホップ・ダンスに比べて、いまの現実に対応していないと、あなたはお考えになっている?
 
菅 間  いや、表現の様式の発生と成立の一般論を述べているだけです。どんなジャンルでも表現の様式の発生と成立時の背後には、その時代の現実と風俗に可能な限り対応しようと懸命に努力しようとしているから初期のスタイルが結果として生まれてくるんだという。それは、クラシック・バレエもヒップ・ホップも同じでしょう。
 
刑事フォイル 上手くいい逃れだ。死に損ないの骨無しイカの踊りのクラシック・バレエはもはや古くてダメだけど、ヒップ・ホップ・ダンスを取り入れれば、あなたのお芝居をよりいまの時代にアタッチすることに役立つ、そう考えていらっしゃる?
 
菅 間  芝居作りと遊びとの関係の一般論なんですけど、(……若い人たちへのお説教とならないように言えなくちゃ、言ってるお前がいちばんダメだっていうことになりかねないですから……)ぼくらみたいな吹けば飛ぶような小集団には、演出家の<仕込み>の作業、事前になにを稽古場へ<持ち込>めるかということがとても大切で、必要不可欠なんです。芝居を面白くするための演出上の<タネ>とか<ネタ>を演出家じしんが仕込み、それを稽古場へ<持ち込む>ことです。
 いまのおおよそ大・小を問わず劇団の芝居って、セリフを憶えて、動きを付ければ、それでお終いって感じでしょ。ほとんどの、どこの劇集団でも、それなりの工夫は頑張ってしてると思いますが、でもそんな感じで芝居作っています。それ、実は奇妙なことだし、とても貧しいことなんです。
 これは自戒の念を含めて喋るんですけど、芝居のできばえはますます当然貧しくなる一方です。だってじぶんじしんたちの肥やしになるもの、たとえば<遊び>でもいいし、なにかを学び取ろうとする姿勢でもいいけど、稽古場からそういう<仕込み>作業を削除しちゃったんだから。この辺までにしておきます。あんまり喋ると「お前の芝居だってそうじゃねえか」っていわれちゃいそうだから。
 いずれにしろ、書き手だろうが、俳優だろうが、演出だろうが、はじめはみんなだれでもが<素手>でしょ。手のなかになにも持っていない。それで勝負しなきゃならない。でも<素手>ではどうしても限界が出てくる。だからぼくは、芝居の外側の世界からじぶんが本心から面白いと感じたものを盗んできて、稽古場へ持ち込むという作業をします。現在の生きている<風俗>を稽古場に持ち込むということです。
 
運転手サム ヒップ・ホップ、面白かったもん。
 
刑事フォイル サム、
 
運転手サム ごめんなさい。ぜったい口を開きません。
 
刑事フォイル ちょっと待って下さい。それでは、わたしの質問の応えになっていない。稽古場になにかを持ち込めば、あなたのいうところの面白い芝居ができる。持ち込まなければ面白い芝居はできない。その逆のことはないんでしょうか。持ち込んでも面白い芝居が結果的にはできなった。持ち込まなくともが面白い芝居はできてしまった、という。つまりあなたの意見は、持ち込んだ方が多少なりとも面白い芝居ができる可能性が高まるかも知れないという、あなたの思い込みの問題に過ぎないとわたしは思います。持ち込む、持ち込まないは任意性一般の問題に過ぎない。あるいは、それぞれの集団がどんな芝居を目指すのかという方向性に含まれる問題ではないでしょうか。
 
菅 間  なるほど、でも……、
 
刑事フォイル ただわたしが気になったのは、稽古場へ持ち込みたいものは『現在の生きている<風俗>』だという言葉です。これを、もう少し説明してくれませんか。
 『ヒップ・ホップ・ダンスの瞬間の表現って、街衢=街角の<話し言葉>の世界に限りなく近づいている』というこの言葉。わたしに言わせれば、それは、ヒップ・ホップの表現の属性を語ったあなたの認識の披瀝に過ぎない。
 あなたが最初にヒップ・ホップを見たとき、そこに『現在の生きている<風俗>』を見たから驚いたんでしょ、で、ヒップ・ホップをぜひ取り入れたいと考えた。あなたが語るべきは、ヒップ・ホップを見たときの最初のあなたの驚きなんじゃないんでしょうか。
 
菅 間  ……ぼくの言葉は、表現様式のあと付けの属性に過ぎないと、
 
刑事フォイル そうは言っていません。よかったらヒップ・ホップ・ダンスのなにに、どんなところにあなたが驚いたのか、今後の参考のためにぜひ話して下さいませんか。
 
菅 間  ……ぼくはそのことに関してまだ考え中なんで、これからぼくの喋る言葉なんて暖炉にたまった灰に過ぎないものかもしれませんけど、
 
刑事フォイル お願いします。
 
菅 間  (天井を見上げた。そして)……最近ぼくは芝居を作る上で、物語を作成し構成する力と、俳優さんが立つ舞台じしんの基本的な感受性を作る力というか、俳優さんや舞台の手触り感とでもいうんでしょうか、その二つの力はまったく違うものじゃないか、そう考えるようになりました。
 (※ 物語を作成し構成する力=指示表出性、舞台じしんの基本的な感受性を作る力=自己表出性)
 
刑事フォイル 『舞台の基本的な手触り感を作る力』として、現在の風俗の代表の一つとしてDA PUMPの「U.S.A.」を持ち込んだ?
 
菅 間  そうでもあり、そうでもない。その両方です。
 そうでもあるとこから言うと、ダンスの達人の人たちが見ればDA PUMPの「U.S.A.」も<物語性>の上で成立しているダンスなのかもしれませんが、知識のないぼくにはそう見えまず彼らは<物語性>を介さず成立している、なんかとても『直接感』があった、『直接的』な感じがしたんです。なんに対して『直接的』であるのか、なんに対して『直接的に会話』を試みてようろしているのかわかりませんが、確かにそう見えたんです。
 でもよく考えてみる、『DA PUMPの「U.S.A.」も<物語性>の上で成立している』ものだと思うようになりました。物語は、彼等の背後に流れている音楽です。音楽のリズム、メロディ、ビート、歌詞、パンチ力、そのような音楽の多様さのイメージの母胎に乗って、彼らは踊っているんだと感じました。見逃していたんです、ぼくが彼らの<物語性>を。彼らもまた物語を介して踊っていたんです。
 
刑事フォイル 「『直接的』な感じがした。なんに対して『直接的』であるのか、なんに対して『直接的に会話』を試みてようろしているのかわか」らないけどと仰いましたが、それは判りきっているじゃありませんか、彼らの『直接的』な相手とは彼らの眼の前の観客席に坐っている観客です。
 
菅 間  それ、違うと思います。当然彼らもまた、お客さんにじぶんたちの作ったダンスを斬新なものだと感心してもらいたいと思い練習を何度も何度も積み重ねています。それは確かなことです。でもお客さんにじぶんたちの作ったダンスを斬新なものだと感心してもらいたいという思いは、必ずもう一方の途を必然的に作り出します。内向していく下り坂の途です。じぶんたちのダンスの方向は果たしてこれでいいんだろうか、という。言い換えれば、観客とは眼の前に坐っている観客であることはいうまでもないことですが、同時に彼らのダンスのいちばんはじめの観客は彼らじしんだ、ということです。
 で、ぼくは、その二つの問いの中で、彼らは行くところまでいってしまえって感じを選択したんじゃないんでしょか。それに、ぼくはある種の感動をもったんだと思います。
 だれにでもものを見るとき近い眼と遠い眼をもっています。近い眼だけで見れば、彼らのダンスが面白ければそれでいい、それだけでも取り入れたと思います。でも遠い眼で見てみると、「行くところまでいってしまえって感じ」で作った彼らのヒップ・ホップは、<暗喩されるもの>と<暗喩するもの>との関係を新しい局面へとかすかに押し上げたのかもしれないぞ、そう思えたんです。(※ 吉本隆明 「マス・イメージ論」喩法論より)もちろん思い違いですが。
 ヒップ・ホップ・ダンスのリズムやメロディの断続の果てにやってくる彼らの一瞬の開放と空虚は、ぼくに深い感動を与えてくれました。その感動の一点を支えているのは、それはたぶんは彼らは永続性への途ではなく、シャボン玉の泡のように次の瞬間には消えてしまう途を採ったということです。現在の世界に対(抗)して一瞬の解放と空虚と否定性をわずかにですが舞台で身体として表現しているんじゃないか、そう見えたのです。耳かきの上に乗る程度の否定感と抗力感を引き連れて。つまり言葉以前の言葉なんです、彼らのダンスは。
 
  …………取調室にしばらくの沈黙が流れた。
 
刑事フォイル 菅間さん。「行くところまでいってしまえって感じ」、あなたの言うそういう街衢=街角の話し言葉を聞きたかったんです、あなたの口から。そういう方が伝わるんですよね、対話では、概念的な言辞より。とても良く理解できる喋り言葉でした。あなたのお考えが正しいか間違っているか、その判断には少し時間がかかりそうですけど、少しはあなたという人をわたしは理解できるようになりました。
 これが最後の質問です。菅間さんとヒップ・ホップの出会いは?
 
菅 間  学生時代の友人に、若い頃<暗黒舞踏>をやっていたひとがいて、その友人はいまヒップ・ホップ・ダンスを頑張って遊んでるんだけど、彼の家に遊びに行ったときに、ヒップ・ホップ・ダンスかビデオを何回か見せられて『 このダンス、どう思うか? なんか言ってみろ 』って言われた。その映像を見たとき、ちょっとショックで、かなりの衝撃で、このダンスは、芝居とまったく同じじゃないか、と思った。ダンサーさんたちは、なにも喋らないんだけど、確実にダンスのなかで身体の動きや停止の意識、顔の表情、手の動き、身体のいろんな部位を総動員して、アッ、確実に無声のうちになにかを喋ってるって、言葉が見えた、そう思えた。
 
刑事フォイル その友人に見せてもらったのがDA PUMPの「U.S.A.」の映像だった?
 
菅 間  違ういます。はじめに友人に勧められたのはフランスの「Les Twins」という、ヒップ・ホップ・ダンス界の新しいスタイルの確立者として世界的に知られている双子ダンス・ユニットで、それを見せてもらって面白かったので、今回の俳優さんたちに「これを見てくれ」って送ったんだけど、彼等からほとんど反応はなかったの。
 で、俳優の稲川実代子なんか言うには、「Les Twins」のダンスは芸術性と技術性が高過ぎるし、このダンスを完コピするのはあたしたちではほとんど不可能で、同じヒップ・ホップ・ダンスをやりたいのなら、去年流行したDA PUMPの「U.S.A.」のダンスの方が大衆性があって、踊る俳優も楽しいんじゃないかって言われたの。オレはDA PUMPの「U.S.A.」なんてあんまり知らなかったから、彼等のダンスを見直したら確かにダンスが砕けていてそこが面白くて、その旨を俳優さん全員に送ったら今度は彼等も賛成してきたの。
 つまり、「Les Twins」のヒップ・ホップ・ダンスはとても真似られないけど、DA PUMPの「U.S.A.」なら完コピできなくとも、少なくとも踊っていても面白そうだし、ちょっとはマネられるかもしてない、そう錯覚させられちゃうとこに大衆性(表現の浸透性)があると思うようになったわけです。
 違ういい方をすれば、彼らののダンスって<即席カップ麺>に近い、お湯入れたら3分で食べられるという。けれど即席カップ麺を開発するためには多くの時間と労力が必要でした。なんというか自由度があるというか、
 
刑事フォイル サム、
 
運転手サム はい。なんでしょうか?
 
刑事フォイル 菅間さんは、大変にお疲れだ。少し横になるところを用意しなさい。
 
運転手サム はい。「シーフードヌードル」、美味しい。
 
刑事フォイル サム、
 
菅 間  あの……、
 
刑事フォイル なんでしょう?
 
菅 間  ……『死に損ないの骨無しイカが踊ってるよう』という言葉、撤回いたします。すいませんでした生意気なことを言って。なにもクラシック・バレエについて知識もないのに、勝手なことばかりいいました。
 
刑事フォイル それは、わたしも同感です。『乞食のダンス』は撤回いたします。
 
菅 間  ……『なぜ、人は踊るのか?』 これはヒップ・ホップ・ダンスをぼくに教えてくれた友人の言葉です。『なぜ、踊っている人たちを見ると、見ているぼくたちまで楽しい気持ちになれるか?』。これはぼくの気持ちです。彼の言葉通り、ぼくはヒップ・ホップに魅了され、ヒップ・ホップから受け取った最初の謎です。そして最後の謎です。もちろんこの謎はまだ解けていません。
 
刑事フォイル 同感です。でも、菅間さんのいまのお顔を拝見してしていますと、その「最初で最後の謎」の応えを、もうお持ちじゃないんでしょうか、そう思いますが、いかがですか?
 
菅 間  いえ、もう少しゆっくり考えたうえで、お応えさせていただきます。
 
刑事フォイル それは楽しみだ。サム、
 
運転手サム こう見えて、あたし、子供の時クラシック・バレエやってたんです。
 
刑事フォイル ベットの用意だ。
 
運転手サム はい、すいません。
 
 
 
 ……気がつくとヘイスティングス警察署の留置場のベット上だった。
 ベットの上に起きあがった。
 挨拶しねえかい、黄色猿。土産(覚醒剤のことか?)、ちゃんと持ってきたんだろうな、折りたたんで殺しちまうぞ黄色猿!
 隣室の檻のゴリラが凄い形相でわたしを睨んでいた。ラグビー日本代表のリーチ・マイケルの双子の兄弟みたいにそっくりで、兄の方だろう。
 ま、いいか……、
 眠ろう……か、静かな夜もきっと来るだろう。降り止まない雨は無いというから、
 
 
 
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     ★ この稿、続く。      ★ aboutの頁へ戻る。
     ★ ヒップ・ホップ・ダンスを教えてくれた友人のHPの今回のポテトも芝居の感想文へ。
     ★ 参照文献=故吉本隆明氏の<若い現代詩>について。