日付:2020年1月12日 

 「じぶんのことでせいいっぱい」について (3) ~

 

「じぶんのことでせいいっぱい-戦時篇の闇夜の提灯」の加古みなみと西山竜一 (3) 

 

 
      3、書かれた劇(台本)は、いま、
 
 
   § 1  <受容性>ということ
 
 
MILNER  ミルナー(MILNER)巡査部長と申します。よろしくお願いいたします。
 今回の「じぶんのことでせいいっぱい」、前回の「光合成クラブ・Ⅱ」の映像と台本、昨日の菅間さんとフォイルさんとの調書を読ませていただきました。今日は、菅間さんのお書きになった台本についてお聴きしたいと思っています。その前に昨日の調書の内容にちょっと個人的な関心というか、ぜひ聴いてみたことがありまして質問をさせていただきたいのですが、
 
菅 間  菅間といいます。どうぞよろしくお願いいたします。
 
MILNER  菅間さんは、日本の芝居の演出家さんですよね。調書を読みますと昨日の菅間さんとフォイルさんは「ヒップ・ホップ・ダンス」のお話ばかりしている印象を持ったんですが、日本の芝居の演出家さんがなぜそんなに「ヒップ・ホップ・ダンス」に熱心なのか、その辺を知りたくて。芝居と「ダンス」では随分違う表現スタイルというか、表現の目的とでもいいますか、舞台の上でなにを実現したいのかという初発のイメージがまったく違うと思うんですけど。そこいら辺からお話しを……、
 
菅 間  確かにフォイルさんとはヒップ・ホップの話ばかりしました。台本の話ということですのでヒップ・ホップを稽古場に導入した意図からお話しします。ヒップ・ホップから芝居を書くヒント、演出のヒントをもらいたいと思っていました。ヒントといっても芝居とヒップ・ホップとじゃ、ミルナーさんのおっしゃる通り違い過ぎますから、どのように考えてダンスを芝居へ密輸入するか、実は判らなくて困り果てていたのが当時の稽古現場の現状でした。でも判ってきたこと少しもありました。
 
MILNER  判ってきたこととは、それはどんなことですか?
 
菅 間  見識がゼロなので、ダンスから演技について具体的に何かを引き出せることはできませんでした。けど稽古場のあり方が<受容>性の高い稽古いといいますか、ヒップ・ホップを<受け入れ>ようとする雰囲気感が出てきて、これが最大の収穫だったと思います。
 
MILNER  「稽古場の雰囲気感」……、
 
菅 間  ヒップ・ホップを習っている、受け入れている時間、実は俳優さんたちにとっては大変にきつかったと思うんですけど、でも彼らは濃厚な遊びの時間を過ごしていたような気がするんです。俳優さんはダンスの技術をいろいろ憶えなければならなかったんですが、彼らは技術の習得を半分ぐらいに押さえて、習得に要する時間を彼らは子供のように楽しく遊んでいたような気がします。彼らの笑顔を稽古場で見ていてそう思いました。
 お客さんの前で立派なヒップ・ホップをお見せしたいなんてことはぼくたちにはできませんけど、ま、真似て踊ってんだくらいのことができれば充分です。何かを<受け入れ>ること、<受容性>をもつこと、大変に困難を伴うことですが、ダンスを習え憶えてみると大変に面白かったんでしょう。ヒントは得られませんでしたけど、これがぼくらのヒップ・ホップの導入で得た収穫です。
 
MILNER  俳優さんは、新しいヒップ・ホップを導入を愉しく遊んでいた、
 
菅 間  苦しかったんだろうけどそう思います。稽古から公演にいたる様子を台本の問題としてぼくの狭隘な視界ですがお話しできる限り具体的にお話します。
 
MILNER  お願いします。
 
 
   § 2  三つの質問
 
 
菅 間  今回の「じぶんのことでせいいっぱい」の公演初日の五日前になって、ようやく稽古場でダメ通しができるようになりまして、そのはじめてのダメ通しにタテヨコ企画さんの主宰者であり台本・演出の横田修さんが見に来て下さいました。ダメ通し後、横田さんから三つほど質問を受けたました。その三つの質問が今回ぼくのやろうとしている試みについて集約的イメージをもっている感じがするんで、その質問から入った方が話題が具体的に拡がっていくように思いますから、そっち方から入りたいんです。その折りの彼の言葉の繊細な陰影を憶えてないので、ぼく流に翻案しますが、彼の質問は確か次のようだったと思います。
 
 (1)菅間さんの本姿は、台本のなかにあるのか?
 (2)今回は以前の菅間の作品とくらべてテーマ性が強く打ち出されているように思える。
 (3)いつもの菅間の台本に較べて、直接的な言葉が多いと感じた。
 
MILNER  この三つの質問は、台本上どういう意味を持つものなんでしょうか?
 
菅 間  総じて、この三つの質問は今回の菅間の台本は良い意味でも悪い意味でも以前にも増してかなり積極的な台本に仕上がってるじゃないか、とぼくは受け取りました。
 たとえば(2)の感想は「闇夜の提灯の(1)~(3)」の場面を見た横田さんの直接の感想だと思いますが、彼に今回の作品は<反戦>のイメージが色濃く打ち出している作品になっている感じがすると言われました。「やっぱりそう映るのか」と思いました。
 
MILNER  なんとお応えになったんですか?
 
菅 間  ぼくが今回の台本で試行錯誤してみたいことが二つほどあり、それを述べました。
 一つは、いままでサイド・ストリーだった「闇夜の提灯の(1)~(3)」にメインの物語性を持たせたら、全体としての作品はどのような変容を蒙るのだろうか、という試み。
 二つ目は、「闇夜の提灯」で描きたかったのは夫婦の親愛というより、わずかでも夫婦の明るい<性愛>の近くへ芝居をもっていけたらという試みです。「闇夜の提灯」の場面を一つとりあげてみます。
 
 
  「闇夜の提灯(1)」の明日の行方を思い悩む二人……、
 
  しの  配給米を少しずつ溜めた三合。でも、これ全部、家にある米……、
  捷吉  溜めたな。今夜、そいつに『鳥鍋』に化けてもらう。銭はかかるが、毎日、芋や大根飯や菜っ葉飯ばっかりじゃ、お前も少しは栄養つけろ、
  しの  (うれしそうに腰を動かしている)あたしは……、
  捷吉  鬼畜米英、戦時中だぞ、淫らな腰つき、慎め!
  しの  なんか、久しぶりに下半身が、勝手に動いて……、
  捷吉  いいんだ。オレもだ、(腰を動かし)……、
  二人  (笑う)
  捷吉  ほんの少しだけ、今夜、贅沢しよう。明日のことを考えるのはやめよう。卵も沢山付けてくれるそうだ。
      二人、夜道を歩きだす。
  捷吉  「満州農地開発公社」の広報課の嘱託で、待遇は課長に準じ、住宅も提供してくれ、留守宅手当ても出る。毎月さ、いくらかでも、お前の手元へ届けば、実家で肩身の狭い思いをしなくてすむ。
  しの  あたしは……、
  捷吉  向こうで、現地徴集を受けることになる。覚悟しといてくれ、
  しの  ……
  捷吉  オレのような役立たずの三文文士は、軍の報道班員となるしか途はない。断れば、明日にでも赤紙が舞い降りる。
      ●飛行機音……、(※実際に音響はかからない)
 しの  飛行機? 空襲?
 捷吉  や、あの高さだから、偵察機だ、
 しの  ……
 捷吉  警報もならないし、迎え撃つ高射砲は杉の木造りで、弾もすでに無いのさ。急ぐぞ、
 しの  はい、(スキップを踏む)
 捷吉  「鳥鍋」と聴いて、足取りがいいな、
 しの  なんか、下半身が勝手に動いて……、(奇妙なスキップを踏む)
      捷吉もスキップを踏む……、
 二人  (微笑)面白いなァ……、
 捷吉  ……いざ日本を離れると思うと、「なにを、オレはやり残したのだろう」と考えてみるんだけれど、じき梅雨だ、家の雨戸、治さなきゃ。そんなことしか思い浮かばない。
      ※ 十幾年そのままにして過ぎて来つ外れる雨戸のことのみならず
      (柴生田稔「麦の庭」より)
 しの  (微笑)雨戸、治してからにして下さい。
 捷平  いまの借家へ移った雨の日の夜に、お前に早速にいいつけられた。あれから……?
 しの  十二年です。
 捷吉  (微笑)治しておきます、です。
      二人、笑いながら、花道より、消える。
 
 
菅 間  この場面は、詩人・小説家の故木山捷平著の「苦いお茶」という名短編のイメージをお借りして書いたんです。こんな感じで戦時下の夫婦の生活感性の域を超えないようにして書いたつもりです。けれども見る人には、菅間が<反戦>を柄にもなく書いていると映ったんでしょう。それは仕方のないことです。「闇夜の提灯(1)~(3)」の場面を見て、そういう感じを抱いてしまうことを、二人の科白の全体のイメージの流れのなかで払拭できなかったんですから。観客は『眼』でゲートル巻いて国民服に国民帽を被った男とモンペ姿の女を見て、『耳』では「満州農地開発公社」とか『現地徴集を受ける』とか舞台で喋られたらどうしたってその絵と言葉の方がインパクトがあるから観客の心に強く残ります。
 でも二人の生活感性の中の窪みといいますか、そんな科白も書かれてはいるんです。『十幾年そのままにして過ぎて来つ外れる雨戸のことのみならず』という故柴生田稔さんの生活短歌の挿入です。前半の場面とは比較にならない小さな量ですから、こんな窪みのイメージの挿入だけじゃやはりダメでした。お客さんの見たり聞いたりした印象は覆りません。書き手や作り手の思い込みだけでは、表現の客観性は成立しないということです。
 余談になりますが、一昨年(2018)の初夏、偶然ぼくは西日暮里駅の横にある諏方(訪)神社の境内ではTVの撮影が行われているところに遭遇しました。諏方(訪)様の境内はよくTVや映画の撮影が行われるんです。戦時中の子供たちに兵隊さんが竹槍の教練をしている場面の撮影でした。日本では敗戦(終戦)日の八月十五日近くになると太平洋戦争のTVドラマが各TV局で作られ放映されるんです。
 戦争はいけないことだし、絶対に戦争なんかしちゃいけないです。けど恒例のように毎年夏に放映される戦争のTVドラマや映画を見ているとぼくは異和感を持つんです。映像に描かれる庶民は軍隊さんにどやされたりぶん殴られたりしているだけだし、軍隊を描くときも日本の軍隊の硬直性ばかりを強調しているし、なにか違うんじゃないか、なにを描きたいんだろう、そういう異和を抱きながら毎年見ているんです。反戦・戦争のTVドラマだから暗くなるのは当たり前なんだよというのはどうしても肯けません。
 スマホ片手に現在を忙しく生きざるを得ない現在の一般社会人の抱く窒息感や切迫感より、戦争という如何ともしがたい巨大な重りが庶民の頭上に乗ってはいたけれど、もしかしたら当時の市井のどこか隅っこでほんの一瞬間差し込んだ春の陽光のように濃密でのんびりとした楽しい時間もあったはずだし、そういう光景こそ戦後七十三年も経ったんですから想像力で作り出し描けなくてはなんのための戦後の、ぼくなんか戦争の無かった七十三年間にじぶんの人生がすっぽり入りますから、
 七十三年前の日本の社会を描く。いまと過去との時間の採り方の時間の遠近法のイメージが無さ過ぎるんじゃないか。映像の作り手さんたちが一念発起して戦争を反転させてしまうくらいの力を入れて戦時下の庶民の密やかな小さな愉しみや喜び描いてくれないかなっていつもTVを見ていて思うんです。そういう庶民の秘められた楽しみや喜び含んだ反戦TVドラマや映画方が映像に立体性が生まれて絶対に面白いに決まっています。またその方が戦争のTVや映画をいま現在に<作る>ということのイメージに適っているんじゃないでしょうか。
 脱線し過ぎましたね。「じゃ、お前はいまなに書いているんだ?」っていわれたら、夜陰に乗じて闇屋の鳥鍋を祈るような気持ちでうれしそうに食べに出かけて行く夫婦、という小さなイメージしか描けないんですけど、
 この夫婦も戦時の空の下では<受け身>であったと思います。ぼくたちがダンスの練習で<受け身>であった感じとはちょっと違うんですけど、
 
 
   § 3  女性を描くことの難しさと隘路
 
 
菅 間  最後は二つ目の課題を推し進めた「十一景・闇夜の提灯(3) ~ 戦后篇 ~」です。
 
 
  「十一景・  闇夜の提灯(3) ~ 戦后篇 ~ 」
 
      ●蛙の声。
      舞台奥より、しの(洋装かもしれない)、提灯を持って、出る。
      花道より、捷吉、提灯を持って出る。
  捷吉  ……どなた様?
  しの  (頭を下げ、ゆっくり顔を上げる)……
  捷吉  (微笑)……待ち伏せか? 旧劇じゃあるまいし……、
  しの  (軍隊式の敬礼、泣く)……
  捷吉  泣くな! こうして生きている。(敬礼)……木本捷吉、ただいま帰って参りました!
  しの  (捷吉に駆け寄り、彼の身体を確認する)……手! ……腕! ……脚! ……太腿! ……お腹! ……顔! ……頭! みんなついてる! (※台詞は、現場が優先)
  しの  アアッ! (★……捷吉のズボンを力ずくで脱がそうとする)
  捷吉  ……バカッ、お前の大切な股間の大砲は、無傷だ!
  しの  (大砲を拝み)ウワァーツ、ヨガッタ! (今度は、捷吉の唇に、キスをしようとする)
  捷吉  ……バ、バカモン! (「そういうことは」)家に帰ってからだ!
  二人  ヨガッタ!
      (大泣き、大笑い。そして抱き合う)
  捷吉  骨になって、小包で帰って来ると?
  しの  ……
  捷吉  家へ、帰ろう、
  しの  はい、
      二人、闇夜の道を歩きはじめる。
 
菅 間  なぜ、妻の「しの」が亭主「捷吉」の股間をまさぐる場面を挿入したのか。
 挿入モチーフは『夫婦の明るい<性愛>近くへ芝居へ』ぐらいなことしか書いていた当時は考えていなかったんですが、公演が終わって半年も経ちましたのでいまなら違う言葉でいえるかもしれません。
 台本書きの女性(像)の描き方の変わらなさの問題です。
 どう考えても、芝居に登場する女性像は、男の視線から見られた女性像なんです。男性の女性に対する<性>の視線です。男の女性に対する理想像だったり、反女性像だったりしますが、いずれにしても男の<性>の視線に絡み獲られた女性像、男から見た女性とはこういうもんだろうという女性のイメージ像です。また女性作家が書いた女性像も男の視線から見られた女性像を受け入れて書いています。そのイメージの領域からなかなか書き手は出ることができていない、芝居の台本に登場する女性像は。
 この「しの」の描かれ方はぼくの台本になかでは特異です。男のイメージに絡み獲られた女性像を稚拙な筆ですがなんとか少しは壊したいとい気持ちで書いたんだと思います。壊れてないですけどね。
 上の★……印のト書きを次のように書き換えたとします……、
 
 しの  アアッ! (★……捷吉のズボンを力ずくで脱がそうとする)
 捷吉  (しのの意図に気がついて、しのの衣服を半ば脱がす)
 二人  (衣服を脱ぎ、半裸になってしまう。やがて二人、大泣き、大笑い。そして抱き合う)
 捷吉  ……(笑いながら)バ、バカモン! (「そういうことは」)家に帰ってからだ!
 しの  ……もう急いで、慌てることはないんですね? (夜空に向かって叫ぶ)もう遠慮しないぞ!
 捷吉  骨になって、小包で帰って来ると?
 しの  ……
 捷吉  (汚い紙包みを出す)
 しの  ? なに?
 捷吉  進駐軍のアメリカ兵からもらっちゃった。ギブ・ミー……、
 しの  まさか、
 捷吉  チョコレートだ。
 しの  甘いんですってね……、
 捷吉  甘いぞォ!
 しの  一枚ですか?
 捷吉  二枚はもらえないよ、オレ、日本軍やってたんだもん。さ、家へ、帰ろう、
 しの  ……はい、
 
 実際には舞台ですから上のような芝居は不可能です。けどこうした方がぼくにはこの二人の姿が俄然小さく見えるんです。イメージ上でもぼくたちの体験的な真実へと近づいています。公演後半年経ったから遊びで描けたんですが、通俗臭がプンプンですけど……、
 
MILNER  小さく見えます。なんか小さく映ります。
 
菅 間  もし仮に、社会に対して異議を申し述べること、いまの社会はダメじゃないか、よくないじゃないかって、戦争はいけないんじゃないか。そういう社会的なテーマ性を単純化して<大文字のテーマ性>とし、上に挙げましたような女性像の描き方とかの変容を<小文字テーマ性>とする。そしてこの二つを分別します。こうした女性像の描き方の変貌を<大文字のテーマ性>から眺めればまったく意味なんかどこにも、なんにもないじゃないかというしか見方しか出てこないと思うんです。でも少なくとも現在の書き手には非常に大切な意味があり、大きな課題だといえます。
 
MILNER  台本には<大文字テーマ性>と<小文字テーマ性>、二つがある、
 
菅 間  現在の書き手はだれだって<大文字のテーマ性>を忌避して書いています。なぜなら<大文字のテーマ性>をとことん追いつめていくと必ず<人倫>の問題に行き着いちゃうんです。本当の<自由と正義>とは何か、とかね。<人倫>の問題なんかいまはだれだって背負いきれないです。だからその問題を避けながら書いているのが書き手の実情です。ま、これはぼくの個人的な考えで、そんなことは無いといい張るひともいるでしょうけど。少なくともぼくは自覚的に逃げています。だってこの問題の最終点は、ロシア・マルクス主義が<人道>の問題を収奪して作ったロシア・マルクス主義流の<人倫>思想をどう完膚無きまで完全否定することができるかという世紀を跨いだ大問題のところまで行き着いちゃいます。そんなことは思想家や哲学者の問題で、ぼくのような四文文士にはとうてい背負いきれない問題です。
 では、どういうメタフィジカルな場所を設定して書くかというと、小さい場所を設定して書きます。じぶん一人の幅が通れるくらいの隘路(あいろ=狭い道)を作って、その路をとぼとぼと歩んで書いていくんです。これが、いま書くという姿勢を維持・持続するための致し方のないやむを得ないぼくの姿勢の採り方です。なにか巨きなものに対して執らざるえを得ない書き手の<受け身>の姿勢です。
 
 
   § 4  内向する駄菓子屋の店先(バラエティ=variety)芝居
 
 
MILNER  菅間さんはいったいどのような方法と書き方で芝居を書いていらっしゃるんですか。また芝居を書く目的とは、菅間さんにとって何を成立させればよいのか、何が書ければよいのか、
 
菅 間  ぼくは、書き方の方法なんて自覚的にはなに一つもっていません。けれどもぼくはいわば現場の<職人>ですから、具体的にその日その日の積み重なりで自然に身に付いたじぶんなりの作業方法なら大雑把にですがお話しはできます。ぼくには大文字の社会的テーマ性なんか一つもありません。頭良くないからそういう問題には手を出しません。でも来年70才になるんですけど、芝居を作りたい願望だけはまだ残っています。
 ポテト堂の芝居って、パッチワーク芝居というか、貼り絵芝居、オモチャの積み木芝居っていうか、バラバラのいくつかの場面を繋ぎ合わせていくという方法を採っています。昔から『お前の芝居はおもちゃ箱をひっくり返したようだとか、駄菓子屋の店先芝居だ』とバカにされてきました。でもいまでも実はそんな感じで内向する駄菓子屋の店先バラエティ芝居を作っています。
 はじめからぼくは壊れているんです。考えたい一つのテーマがあって、それに応じた物語を企画し、縦糸と横糸で布を丹念に織るように作品を作るということが、ぼくにはできないんです。こらえ性が無いんです。ぼくは、パーツ、パーツを集めてなんとか一本の芝居にしていくような、パーツ(Collect parts)芝居だってじぶんの芝居をそう思っています。
 
MILNER  Collect parts 芝居?
 
菅 間  どうやって書き出すのか、なにを書き出すのか、2,3行~10行くらいの場面(パーツ)や科白のメモとかを一つひとつ書き出していく。じぶんの日常生活のなかで感じたこと、次回の芝居で使用したい音楽、これは芝居にしたいなと思った小説や詩、こんな会話は現実の生活ではあり得ないしウソだけど一人の観客としては「そんなウソが見てみたいんだ」という芝居の虚構性への嗜好・興味、歩いていてたらとんでもない人を見たとか、そんなメモを30~40枚書いて貯めてゆく。
 はじめはそれだけのことしかできません。それらのパーツやメモがじぶんのなかで熟成していくのをゆっくり待つしかない。あんまりいろんなことを慌てて決めないで気楽な感じで待っています。
 こんなローカルな話っていうか、こんな一般化しない話でもいいですか?
 
MILNER  お進め下さい。
 
菅 間  30~40枚ぐらい貯まったパーツやメモを頭のなかで組み合わせていく。無理矢理にパーツたちやメモたちを関連付けたりしない。最初から辻褄なんか合わせない。テーマ性など求めたりもしない。どうしてもの欲しそうな顔をつい出しちゃうんですけど我慢する。そんなことを何度も繰り返しているうちに、まだメチャクチャなんですけど、なんか薄ボンヤリしてるんですけどパーツやメモが繋がったり離れたりして無定型なカタチみたいなものがあらわれてくる感触が出てくる。
 そうするとその無定型なものに、少しは明瞭なカタチや方向性を持たせたい感じが出てきますから、またパーツやメモの補完が必要になってくる。実際に書く作業はそんな整然としてはいません。けど継ぎ接ぎだらけでもそうこうしているうちに最初の台本の走りみたいなイメージが出来上がってきます。
 
MILNER  稽古初日に完成台本を持っていくわけではない?
 
菅 間  持っていきたいんですけど、持っていけたことは一度もありません。イメージでいえば初期の台本は、俳優さんを空高く飛ばすための飛行場の滑走路みたいな役割の原稿=メモぐらいです。
 もう一つ、ぼくみたいな小さな集団の座付き作者には大きな特徴があるんです。眼の前の俳優さんをアテにして書いていることです。書く以前に俳優さんが先験的に存在しているんです。彼・彼女に今回はこういう<役>や<場面>をやってもらいたいという気持ちです。これ、けっこう大きな比重をもっています。これで現場で大失敗することも多々ありますが、書く上でかなりな力になってくれます。
 
MILNER  そういう『継ぎ接ぎ』だらけの台本の書き方を現在まで持続してきて、その方法の最終形態といいますか、理想の形態とでもいいますか、どいう芝居が実現できればよいと考えておられますか。それを訊かせて下さい。 逆にどうなってしまったら『継ぎ接ぎ』の台本の方法は壊れて無効になってしまうのか、それも併せて。
 
菅 間  大事な問題ですね。考えてはいるんですけどいまんところどうなったらベストだぞっていう最終イメージはまったく想像がつきません
 でも反対にこの方法の壊れ方、解体の仕方はよく判っています。人物や場面の関係、ドラマ性も含めて、それらが任意(趣味・嗜好)過ぎるものになって壊れていくんです。フィクションとしての芝居から任意上の必然を喪失しまうことです。それと書き手が現在の風俗への通風口を遮断したときです。
 
MILNER  ダメです。この質問には菅間さんは応えるべき義務がある。たとえその方法が菅間さんの採った方法がギリギリの仕方のない選択であったにせよ、現在も持続的にその方法を菅間さんは採用なさっている。当然、菅間さんが見定めようとする彼方にある舞台のイメージやビジョンを観客のみなさんも見みたいから菅間さんたちの舞台を見に来るわけです。ポテト堂の今後のビジョンへの解答を菅間さんが拒否するのは、ポテト堂に集まってくる俳優さんたちも含めて、ポテト堂の芝居に期待を寄せて見に来てくれるお客さんを裏切る結果になりませんか。
 
菅 間  抽象的な言葉でしか言えないのですが『「演劇とはなにか」を内在的に抱えている芝居であるにも関わらず、優れたエンターテインメント性を兼ね備えている作品で、その作品の使い道、用途性、使用価値はなく、だけれども交換価値だけはある』そういう感じの芝居を作りたいです。
 
MILNER  (笑い)……ちょっとそれじゃ、なんだかなにを仰ってるのかぜんぜん判かんないなあ、
 
 
   § 5  視えにくい現実と虚構との境目と繋ぎ目
 
 
 『NHKの「ドキュメント 72」の構成をお借りし、定点カメラを西日暮里公園の小さな広場に据え、広場に集う人びとの言動を時間の推移のなかで描いたものです』
 
MILNER  これは、前回の公演「光合成クラブ・Ⅱ」での菅間さんが書いた象徴的な挨拶文です。
 はっきりいいます。これでは芝居にはならないんじゃないですか。いかがでしょうか。芝居に具体的な人間関係の葛藤の物語もないなんて。シェークスピアぐらいは学生の時に勉強会で見てます。
 先ほどの<受容性>性とか、女性像の描かれ方の解体とか、<大文字テーマ性>と<小文字テーマ性>とか、言葉の上ではわたしにも理解できるんです。けど菅間さんが現在どんな芝居が面白いと具体的にお考えになっておられるか、わたしはちっとも判らない。あなたの話からなんにも見えてこない。
 
菅 間  芝居から可能な範囲で<物語>的な要素を少なくしたい、解体したいんです。そう思って書いています。では作り手サイドの解体力の残骸だけが舞台に残るのかといったら、そんなことはないんです。作り手サイドの凝縮力は無意識のうちに勝手に作動していくもんなんです。壊すばっかりじゃ芝居はできない。けど作るばっかりじゃもっと芝居はできない。作ることは壊すことに較べてより自然に近い作業なんです。
 
MILNER  今回の芝居の場面取りの大きな設定、つまり虚構の場所ということですが、JR西日暮里駅の横の『西日暮里公園』と決めたのは作業行程のなかのどのような段階ですか。それになぜ『西日暮里公園』だったんですか。そして『広場に集う人びとの言動を時間の推移』で舞台を構成する。それじゃ三文の値打ちの無い詰まらないドキュメンター映画と同じじゃないですか。なぜ『広場に集う人びとの言動を時間の推移』を構成することだけで芝居が成立するんですか?
 すいません。わたしには、あなたが物事を怖ろしく短絡しているような、イカサマを犯しているような、腹が立ってきました。
 
  ……アンソニー・ハウエルさん演じるポール・ミルナー巡査部長。声優は、韓国時代劇の巨匠イ・ビョンフン監督の『イ・サン(2007年・MBC)』の主人公・李氏朝鮮22代国王・正祖役の川島得愛さんだ。
 
菅 間  ミルナー巡査部長、あなたは誠実な人で、立派なお巡りさんですね。
 
MILNER  ……
 
菅 間  「夜中の公園」に集まってきたそれぞれの人びとの心のなかに体験的な真実の声、現在の社会に生きることの困難さや窮屈さ、それらに対する無意識の抗い、揺れる声みたいなものが秘められていて、その声たちを収集し構成していたとしたら、どうでしょうか。それでも芝居になりませんか。
 
MILNER  ……
 
菅 間  虚構の場所をJR西日暮里駅の横の道灌山の『西日暮里公園』と決めたのは早い段階です。場所の設定は、室内か屋外の相違で、俳優の登場の仕方、話しの内容、衣装等々、様々に制約をしてきますから。場所の設定は、初期段階で行ういちばん大切な作業の一つです。
 また余談ですが勘弁して下さい。一昨年(2018)の夏、西日暮里公園で仕事の休憩中にタバコを吸って休んでると、女子高生さんたちが言葉を発する間も惜しむように一生懸命ダンスの練習をしてるのを見たんです。また熱心にブランコでスカートの裾を翻してどちらが高く上がれるかを競いあって遊んでいる女子生徒さんたちもいたり、それらを見てそういう<遊び>の時間を許容するこの公園を今回の芝居の場所にしようと決めました。それに公園だから得体の知れない人たちが自由に出入りしてますから、登場人物も出しやすいだろうと思って。時間は夜の公園としましたが、
 ところが稽古の最中、楽しいおまけが出て来たんです。余談の余談ですが。舞台の場所を『西日暮里公園』と決めてから不思議な感じに襲われたんです。稽古場で俳優の稽古を何度も見ているうちに『西日暮里公園』は実は二つあるんじゃないか。実際の西日暮里にある『西日暮里公園』であり、同時に沢田研二の「TOKIO」じゃないけど空に浮かんでいる超都市の中空浮かぶ『西日暮里公園』も併せて見えてきたんです。ぼくだけが感じたことですが、ちょっと不思議な体験でした。今回の作品は作品として失敗点は確かに多いです。けれども現実と空想(夢)の公園とが二重に見えてきた感触は決して悪くない、面白いと思っていました。……ミルナーさん、
 
MILNER  ……
 
菅 間  現実と虚構との境目と繋ぎ目がいまとても視えにくくなっていませんか。少なくともぼくはそう思っています。この『視えにくい』ということを可能な範囲でぼくは舞台で自覚化したかった。場所を現実の『西日暮里公園』と決めた理由です。ぼくが今回の作品で意識的にしたことはただそれだけです。
 イメージでいえば、舞台に出てくるのはもちろん俳優さん、表現者なんですが、街を歩いている普通のおじさんや小母さんが間違えてひょっこり舞台に出て来ちったみたいな舞台を作りたかったんです。
 
 ……ドアがノックされ、サムが温かいお茶を四つ持って、入ってきた。
 
SAM  お茶が入りました。
 
 ……椅子を一つ持ったフォイル警視正が入ってきて、静かに椅子に坐った。
 
SAM  さ、休憩しましょう!
 
FOYLE  どうぞお続け下さい。
 
 
   § 6  芝居らしい芝居と芝居らしくない芝居
 
 
MILNER  ……これは舞台映像を見せていただいたわたしの正直な感想です。芝居の善し悪しということなんかとても言えませんので。……ひとはじぶんの話を聴いてくれる他者(友人)がやっぱり欲しいし、必要としているんですね。じぶんの話に価値があるか無いかは別として。芝居の映像を見ていてそう思いました。はじめのダンスが終わった後の『……喋りませんか?』と男性に問いかける若い女性、銀色の衣装に身を包んだ『メタルマン』。他人の話も聴きたいし、じぶんの話も聴いてもらいたい……、
 
菅 間  たったそれだけのことです。でもそれが描けていれば芝居へ足を架けることができた芝居の端くれになっていくんじゃないでしょうか。それ以上のことをお望みでしたらぼくの芝居なんか見る価値などありません。ぼくの芝居は限りなく縮退しています。物語的な要素を限りなく遠ざけています。
 
MILNER  それは『隘路』というイメージなんでしょうか。でもそれでは芝居は先細りというか、限りなく貧しくなっていきませんか芝居が?
 
菅 間  英国のシャーロック・ホームズのTVを見ていたり、読んだりしている方が楽しいです。小説は活字を読みますが芝居は生きている俳優さんを見ます。その違いに微かに活路を見いだすだけです。
 
FOYLE  DA PUMPの「U.S.A.」を取り入れたように?
 
SAM  ですよね、
 
FOYLE  それは『活路』とはいわないでしょう。インパクトのあるバリエーションを与えただけに過ぎないでしょう。
 
菅 間  他に方法があったら教えていただけませんか、フォイルさん、
 
FOYLE  それはあなたが考えるべきでしょう。
 
SAM  意地悪! フォイルさん、
 
MILNER  菅間さんは、芝居をもっと豊かにしようとはお考えにならないのですか?
 
菅 間  もちろん豊かにしたいです。現在の日本の芝居の一般的な問題としていうのですが、現在、面白い物語を作ることができれば、それなりに面白い舞台が出来上がるかように思えますが、現在の日本ではシェークスピア、チェーホフ、アーサー・ミラーみたいな切実でしかも面白い物語台本は誰一人として書けません。とびきり優秀な台本作家の誰それが書けばどうにかなるとか、そういう個人や才能の多寡の問題でいっているんじゃありません。社会の構造が著しく変わってしまいました。食料が無くて困った、住む場所がなくてどうしよう、そういう切実さからぼくたちはすでに遠いところにいます。もちろん個別の生活の場面ではそういう問題にいまなお苦しんでいる人がいることも確かです。けれど一様に、社会のどこが、どんな風に根底的に変わってしまったのか、これからもどんな風に変わっていくのか、それぞれ個別に考えろといわれているのが日本の実情です。
 頑張って芝居の台本を書こうにも<大文字のテーマ>でなんか芝居なんてとても書けないんです。みんな<小文字のテーマ>で台本を書いていまいす。なぜなら<小文字のテーマ>性の方が、芝居に盛られる話題の共通性、観客のみなさんから理解してもらえる話題の共同的なリアリティがかろうじて獲得できるような気がするからです。
 
SAM  そんないい方チンプンカンプン、判んないです。判んない。なんで書けないんですか、面白い台本? みなさん、面白い作品を一生懸命に書こうと努力してるんだったら、いつかきっと書けますよ。ね、お茶にしない。しましょよ、しましょう。お茶、冷めちゃいますよ。
 
FOYLE  お茶を淹れなさい。わたしは砂糖抜きだ。
 
SAM  すいません。お茶にしましょ。
 
MILNER  お茶にしよう、
 
菅 間  「光合成クラブ」の初演は1995年の春です。ポテト堂の第二回公演でとても古い芝居です。初演から25年程経ってその続編を作ったわけです。「古い芝居」という言葉にぼくは二重の意味を持たせています。実際に25年前の古い芝居であること、もう一つはもっともっと限りないほど古い芝居のイメージを考えています。
 
FOYLE  お得意のホラですか?
 
菅 間  儚い夢を語りたいだけです。芝居の構造を複雑にして重層的な構造物のような物語を作りたいと考えていた若い時期もありましたが、ぼくにはそれが書けないと判ってきたので断念しました。その時偶然、資料としてじぶんの書いた初演の「光合成クラブ」を読んだのです。少し驚きました。劇構造と呼べないほどの幼稚な芝居でしたけれども、あれっと思ったのです。女性にもてない男たちが夜の公園で酒を呑みながら会社や上司の愚痴ばかりをいい合っているところへ、見ず知らずの不思議な女性が二人訪ねてくる、ただそれだけの芝居でした。この台本をもう少し工夫すれば、古代の日本の歌謡(和歌)発生時の男女の呼び掛けの『問答歌の世界』みたいなシンプルな構造で芝居が書けるのではないか。若い男女が異性に巡り会うための、男性は女性を、女性は男性を呼び、巡り逢うための男女の小さな場所での問答歌みたいな世界の芝居が書けるのではないか、そう考えたのです。これが「光合成クラブ・Ⅱ」であり「じぶんのことでせいいっぱい」の根底的なイメージです。
 
SAM  教会が若い男女の巡り会いのために開く慈善パーティみたいなこと?
 
菅 間  最後に、もう一つ、ぼくたちの貧しい芝居を支えてくれている母胎のイメージについて話してもいいですか。
 
MILNER  お願いします。
 
菅 間  ぼくはイギリスでいうダウン・タウン(東京の下町というより、場末の町に近い処)に住んでいます。日本の昔からの習俗といいますか慣習といいますか、田舎でも東京の下町でも夏になると必ず夏祭りというものをやります。夏祭りは、神様に五穀豊穣、農作物の豊饒や無病息災をお願いするお祭りです。神様をお御輿(みこし)にお乗せして、そのお輿を担いで町内一周を渡御(とぎょ)するんです。暑いカンカン照りの昼間でも、町内の子供たちは、お神輿や山車の後をキャッキャッ言いながら楽しそうに付いて廻ります。なぜかというと行く先々でお菓子や冷たい美味しい飲み物などを無料で沢山もらえるんです。下町の子供たちはみんな夏祭りが大好きで、ぼくも子供の頃、山車の後ろにチョロチョロ付いて廻ったクチでした。
 でも御輿はとても重たいんです。屈強の若い男でも、十人やそこらでは担げないんです。交代要員も要いれて五、六十人くらいは必要なんです。最近は御神輿を担いでくれる担ぎ手さんがいなくなって、夏祭りが近づくと下町の町内の掲示板や回覧板に『担ぎ手さん募集中!』と書いてあるのをよく見ます。いまでは担ぎ手さんがなかなか集まらなくなってしまったんです。
 昔からの愉しい下町の習俗・慣習も、日本では少しずつ淋しい状態になっています。もちろん東京の大きなお祭り、神田祭とか三社祭とかは別格で大変な賑わいをいまでもみせていますし、日本の田舎では習俗・慣習はとても大切にされていますから、いまでもお祭りは盛大に行われてます。しかしぼくの住む東京の下町の小さな町会では、お祭りは次第で萎んでいく方向へ向かっています。東京人はいってみれば土地や農作物から剥離されちゃった「根無し草」の「働き蜂」ですから、仕方がないんです。
 でもちょっと考えてみれば、こうなることは当たり前の話で、御輿の担ぎ手さんの若い男子も、祭りでお握りやお菓子や飲み物を子供たちに配るお手伝いの若い奥さんたちも、みんなほとんどといっていいくらい昼間の仕事に従事しています。現在の日本では、旦那さん一人のサラリーで一家を支えていくのはもうちょっと困難な状況なんです。東京の20代~50代の夫婦の半分近くは共稼ぎをしてなんとか生活を支えています。みなさん、仕事や日常生活のあれこれで忙しくて、お祭りに参加したくても参加する余裕がだんだん持てなくなってしまっているのが実情なんです。お祭り以外にも楽しいこともたくさんありますし、御輿を担ぎ、御輿は肩で担ぎますから肩を痛めてしまっては明日の仕事に差し障ると思い担ぎ手になることをとどまるひとがいるのも実情なんです。
 なんでこんな毎日が忙しいのかわからないままぼくたち東京の一般庶民はいま生活しています。
 もし夫婦にお子さんでもいれば大変です。塾通いや学校選びも家庭の一大事業になるし、夏休みとなれば旦那さんは家族サービスで奥さんやお子さんたちを海外旅行にでも連れて行いなかくてはなりません。日本人は始終動きまわって働いていなければならない働き蜂です。これが日本の普通に生活している人たちの実態です。
 イギリスでは、毎週日曜日の朝は礼拝に?
 
MILNER  もちろん、そうだろう、サム?
 
SAM  もちろん……、
 
菅 間  退屈な長い話を聴いて下さって、ありがとうございます。
 なぜこんな話をしたかというと、だれもが一様に関心を持たざるを得ない世代を超えた社会的な主題が現在の日本に一つとして存在していないんです。全員が各々違う方向を見て、違う職場で働き、忙しい毎日をやりくりしてなんとか生活しています。つまり日本では、だれでもが『じぶんのことでせいいっぱい』なんです。これが、いいことなのか悪いことなのか、判らないんですけどね。
 もう一つ理由を挙げれ、様々な政治的、社会的な問題は続出して社会に現れてきますが、妥当な線でそれなりに良い方向へ日本は向かっているんじゃないか、そう日本の大衆は考えています。つまり「仕方がないけど、ま、いいか」っていまの社会状況を半ば諦め認めているんです。
 こういう状況が、日本では大台本作家が生まれ難い理由の一端だともいえます。現在ほんとうに考えなければならない社会の問題や芝居の問題がどこにあるのか、ぼくたちは少しずつ見失いかけているんです。もちろんぼくもその例外ではありません。実際の物質的な生活の上でも、心の生活の上でも、なにが大事、かなにが小事か、取捨選択がわからなくなっちゃったなあオレは、というじぶんとじぶんの周辺のことを話したにすぎません。この不安定な状況はまだ長く続くと思っています。
 でも考えようによっては、じぶんたちの家庭の諸事情を個別に考え、じぶんたちなりの未来の行動をそれぞれの家庭の事情に合わせて人びとが自由に選択でき、行動できるようになったんだと考えれば、それなりにですが社会は半分ほど良い方向へ向かっている、ぼくはそう考えます。
 これが現在の日本の芝居を基底の方から支えてくれている社会的な情況であり、母胎です。
 したがって、ぼくらのような台本作家や劇の小集団さんたちのできることは、いましばらくは『チマチマとした、だれにも判ってもらえないようなマイナーな作品、それも<受容性>の作品』を個別的に作り続けるしかない状況といえば、いえます。
 
FOYLE  菅間さん、ありがとうございました。少し休憩をとりませんか……、
 
 
 
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      ★ この稿、続く。       ★ aboutの頁へ戻る。
      ★ 参照文献=故吉本隆明氏の「解体論~マス・イメージ論」。
      ★ 参照文献=村上春樹氏の「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」より。