日付:2020年12月20日 

  2020年10月30日、舞台照明家:吉嗣敬介さんにお訊きしました(1)

 

10月30日のZOOM映像、左上:菅間、左下:稲川実代子、右上:市川敬太氏、右下:吉嗣敬介氏。  
ZOOM設定・録画:市川敬太。  

 

照明家としてのコロナ対策の現状の講演:吉嗣敬介氏へのインタビューです。
            
 
 吉嗣敬介さんのこと  (吉嗣敬介:龍前正夫舞台照明研究所)

 
 吉嗣さんは、舞台照明家であると同時に九州太宰府の石穴稲荷神社(イシアナイナリジンジャ)の宮司さんです。
 吉嗣さんには、もう十年ほど前から馬鈴薯堂の芝居の照明をお願いしています。
 彼は、全国各地を歩き、照明家として活躍しております。また太宰府に帰れば、宮司さんとしても活躍しておられる方です。
 わたしは、吉嗣さんの舞台照明家としての深い見聞と独自の視点から、現在のコロナ禍の中で悪戦苦闘している大小様々な劇団の現状の困惑ぶりをお訊きしたくて、インタビューをお願いいたしました。
 
 吉嗣さんにお訊きしたいこと。
 
 (1)吉嗣さんが目の当たりにしてきた「コロナ禍」のなかでの大小劇団の稽古のあり方や公演システムの困惑ぶりとその対策への吉嗣さんのご感想。
 
 (2)「三密」回避の社会的な制約のなかで、馬鈴薯堂が今後本格的に取り組まなければならない、大きく変えてゆかなければならない馬鈴薯堂の稽古・公演システムの課題について。
 
 (3)コロナ禍のなかのスタッフの処遇への吉嗣さんの意見。  以上、三つです。
 
 でも、講演・対談・インタビューは、聞き手である菅間が初体験(その上、菅間、稲川には、はじめてのZOOM体験です。はじめてづくしばっかりの体験!)ですので、上のようなどうしてもお訊きしたいことを中心に、あとは話がどこへ展開されるかまったく解らず不明で心細いばかりです。結果、楽しいインタビューになればいいなと思っています。吉嗣敬介さんならではの本音の話をしていただいて、「この話はOFFね」というかたちに行けるところまで行ければ、大変に有り難いと思っています。
 
 
▼  第一話   録画時間:12分49秒
 
 では、はじめます。
 
   

 
● 菅 間    お願いします。
 
● 吉嗣敬介氏    じゃ、あれですかね、ぼくがどんどん喋っちゃっていいんですかね。
 
● 菅 間    それで、お願いします。
 
● 吉嗣敬介氏   はい。コロナのあれ(問題)で最初訊かれてた「小劇場の現状」みたいなのは正直言って「小劇場の現場」もなにも、舞台がそもそも動いてないので、ぼくは小劇場の現場に行ってないので「現状」はよく解りません。八月に劇作家協会の仕事で「コロナを考えましょう」みたいな、それもオンライン配信したんですけど、その時に座・高円寺に入りました。そん時高円寺に入った状況だと、あっちこっちに消毒液が置いてあって、仕込みからなにからとにかく消毒液の前を通ったらプッシュして(消毒)やってくれと。当然みんなマスクして、というカタチになりましたんで、なかなか大変だなあって思いましたけど、でも、いろいろそれで気を付ければできることはあるんじゃないかなあって思いました。
 
 現状は、ぼくも12月にならないとぼくの現場がなかなか再開しないというか、そこまでのやつ(仕事)がすべて全部公演キャンセル・中止になっちゃったんで現状はよく解らない。見通しも正直来年いっぱいまでぼくはいつも通り予約入っちゃってますけど、この先はどうなるかどうかは正直言って解らないので、来年いっぱいまでオレ大人の夏休みしてようかなって思ってます。
 ぼく自体は、いままでに無い休暇というか、いままでが凄まじい忙しさだったんで、個人的には廻りから<大人の夏休み>って言われてますけど、この夏休み思う存分楽しんでいます。そんなんなんで、今年いっぱい(仕事)は要らないという感じです。
 
 で、このコロナのことがあっていろいろやっぱり考えました。1月にそういうニュース(外国の新型コロナウィルス感染問題)があって、2月にだんだん日本にも入ってきて「おお、やばいんじゃないか」って思って、3月ほんとにまずいとなってきて、でもいろんな団体と協議してその時はぼくとしては3月4月~5、6、7月くらいまでの公演はとにかく延期、あるいは中止しようって方向でぼくの方からかなりもっていきました。どうしてもその時、なんとかやりたいとか、やれるとか、そんな政府や東京都に言われるように従いたくないとか、そういう意見もいろいろあったんですけど、ぼくからするとやっぱりね、<公共の安全>って大事だと思うんですよ。
 
 丁度今年の上半期にコロナの問題でゴタゴタしてた時に演劇というものの、演劇だけじゃなくて芸術の公共性みたいなものが凄く訴えられている、パブリック性と言ったらいいのかな、芸術のパブリック性、演劇とかの公共性、そういうものを非常に打ち出して話されたり、書いたりしている方たちもいらっしゃったんですけど、そこを考える、演劇っていう芸術って公共としても意味があるでしょうって凄く訴えてたんですけど、そこを考えるときに、だったらやっぱり演劇っていうものをやるときに<公共の安全>を脅かしてまでやることは果たしてどうなの、っていうのがぼくのなかにかなりあって、なので、演劇の公共性とか考えたときに、ぼくは演劇は公共の中に在るとね、公共のパブリックの中から生まれる、公共の中から、いわゆる民衆の中からって言ったりしていいんですかね、公共の中から演劇を観たいとか、やりたい、表現したい、そういう欲求が沸々と湧いてきて、それではじめて生まれる、観たいっていう欲求、やりたいっていう欲求、そこからはじめて生まれるものだと思っています。
 
 ですので、芸術は公共に対して別のところにあって、公共に対峙するものではなくて、公共の中にあるものじゃないとおかしいと思う。なので、それで考えるとやっぱり<公共の安全>を脅かして公演をやるとか、それはちょっとおかしいんじゃないの、っていうのを随分その頃にいろんな、それでもやっぱり公演をやりたいとかっていう、舵取りをしようと、ま、舵取りをと言おうか、どうしてもねみんななかなか諦めきれないんで非常によく解るんですけど、なんとかしてやれないか、まだこの日程だったらやれるんじゃないか、みたいなのを凄く模索してた時期に、ぼくは結構早いうちから「もうこれはもうできない、やっちゃダメだよ」というの凄く言いました。
 
 なんて言うのかな、劇場に来るだれかの安全だったり、出演している役者、スタッフさんたちも含めてそういう人たちの安全もだけど、そういう人たちの家族だったり、知っている人たち、周囲に生きている人たち、一緒に生きている人たちの安全、そしてお客さんの安全、お客さんの家族の安全、そういうのまで天秤にかけて、そういうところまで脅かしてまで、演劇ってやる必要ある? っていうのをぼくの中ではね、いや、それは大人しくしてこうよ、大人しくしとけばいいんじゃないっていうのをとても思いました。なので消極的な考え方かもしれないですけど、ぼくはもうあの頃には、4月、3月の終わり頃には、ほんとに沢山の団体と話して、ま、そういう風に言いました。
 
 で同時にですね、いろんな方たちがメディアにもいっぱい出ましたけど、演劇ってやっぱり継続していかなければいけない、なかなかできない芸術なので、政府の方から劇場を、劇場だけに限らず人が集まるイベントも含めてスポーツなんかも含めて中止して下さいという達しがあったときに、演劇とか芸術を守ろうという、それはわかるんですよ。演劇は止まってしまうと、継続していかないとできない芸術なんだっていろんなメディアでも報道されていましたし、ぼくからするとですね、無くなんないですそんな簡単には。芸術は、演劇はそんな簡単に死なないのっていうのが、ぼくの意見でした。観たいっていう欲求、やりたいっていう欲求、作りたいっていう欲求、それがある以上、やれるようになったときに必ずやる人間出て来ます。何年後かわからないですよ、何十年後かわからないですよ、十年後かもしれないですよ。そのときに確実にやりたいという欲求とか、そういうものを観たいという欲求とかが無くなんない以上、必ずやる人間は出てきます。それはいまやっている人たちがやれなくはなってるかもしれないですよ。ぼくだって廃業してるかもしれないです。コロナは大変な国難でしたけど、これで演劇が死んでしまうとか、芸術が死んでしまうとかいう論調は、ぼくはちょっと違うなあと思いました。
 
 
★ ZOOM映像設定・録画:市川敬太。
★ 映像音声のテキスト化作業:西山竜一(タテヨコ企画)、村田与志行(ボタタナエラー)。
★ 映像・対話編集雑務:菅間勇。
 
 
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    ★ 2020年10月30日、舞台照明家:吉嗣敬介さんにお訊きしました(2)
 
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